第95話 反省
―――エルフの里・防壁
里の彼方、森の東端で発生する異変。天にも届くほどの巨大な竜巻が出現し、それが中心から断ち切られるのを里のエルフ達は恐怖を抱きながら見ていた。
竜巻が四散したことで引き起こった衝撃波は里まで到達。十分に発生地から離れている里に危険性はないが、近隣には竜巻に巻き込まれた木々が落下していく。そのこともまた、エルフ達に恐怖心を与えていた。
「お、おい、あの馬鹿でかい竜巻が消えたが、戦いは終わったのか?」
「私が分かる訳ないでしょ…… いくらエルフの目が良いって言っても、あんなに遠くまで見えないわよ」
防壁の上では里の中でも戦闘経験がありレベルの高いエルフ達が弓を得物にし、里の周囲を警戒していた。幸い今のところは出番はないが、何時何所で敵が出現するかは分からない。更に遠方に見えるは天災級の魔法、勇敢な彼らも恐怖心や焦りはやはり感じていた。
「だが、さっきのエフィルさんの弓は凄かったな。まだ耳が痛いぜ!」
「ええ。弓櫓からはあんな派手な音聞こえなかったから驚いたわ。あそこまで確り見えているみたいだしね」
「同じ弓使いとして憧れるわ~。すっごく綺麗だし!」
だが、そんな彼らを奮い立たせたのは同じ場所に立ち、見たことも聞いたこともない弓術で矢を放つエフィルの姿だった。可憐な容姿に反し、その華奢な手から放たれるは爆音轟かせる業火の矢。その眼は遥かな距離など歯牙にもかけず、正確無比の射撃を繰り出す。
実際のところエルフ達は本当に命中しているかどうかまでは分かっていないのだが、彼らにとってそんなことは些細なことらしく、エフィルが矢を放つ度に胸を高鳴らせていたのであった。胸キュンである。
「エフィルさん、戦いは終わったのでしょうか?」
「……あ、長老様」
防壁の階段を上ってきたネルラスがエフィルに問い掛ける。だが、エフィルはどこかぼーっとしているようだった。
「おや? エフィルさん、お顔が少し赤いようですが……」
言葉を言い終える前に、ネルラスがハッと何かに気付いた。
「ま、まさか、あの魔法による反動!? 救護班ー! 至急、ここまで来るんだぁ! エフィルさんが一大事だぁー!」
「ち、違います。違いますから!」
防壁の上から顔を出し里に向かって叫ぶネルラス。その声に里は一気に慌しくなる。
「エフィルさんが負傷したようだぞ! 白魔法を使える者は急行するんだ!」
「あなた、倉庫から一番上等な回復薬を出して。事は一刻を争うわ!」
「俺に任せろー!」
「み、皆さーん! 違うんです、私は五体満足ですー!」
エフィルの説得? により、混乱はほどなくして収まった。
「この非常時に、早とちりして申し訳ありません……」
「いえ…… それよりも、ご主人様の戦闘が終わったようです。今から里に帰還するようですね。他の者達も同様です」
「そ、それでは―――」
ネルラスの問いに、エフィルはニコリと微笑む。
「はい。敵は壊滅、里は護り抜かれました」
防壁にいたエルフ達全員が歓喜の声上げる。やがてその歓声は防壁内の里にも感染し、里全体が喜びの声に包まれた。
「エ、エフィルさん、本当にありがとう、ありがとう……!」
ある者はポロポロと泣きながら、またある者は興奮が抑えられぬように、次々とエフィルに感謝の言葉を述べていく。
(こ、困りました。感謝されるべき立役者はご主人様やリオン様ですのに……)
エフィルは身を引こうとするが、防衛戦においてはエフィルも多大な功績を残している。敵に正体不明の攻撃による恐怖心を植え付け、軍の進行を完全に止めることで里への被害は皆無。また、ケルヴィンを支援するその姿はエルフ達の励みともなった。十分に謝辞を述べられる資格はあるのだ。
(でも、さっきのご主人様のお言葉、嬉しかったな……)
『手を出すんじゃねえよ、じゃったか?』
―――ボン! 恥ずかしさ爆発。エフィルは頭から湯気を出しながらその場に倒れてしまった。
「エ、エフィルさん!? 救護班ー!」
再び引き起こる混乱。エフィル、リタイア―――
『む、限界を超えてしまったか』
ジェラールは正門を護っていた訳だが、防壁の近くにいた分、弓櫓から降りて来てからエフィルの雰囲気がおかしいことにも気付いていた。
『ジェラール、何してんだ…… 警戒しろと言っただろ?』
『いやな、あそこまで分かりやすいと茶化してみたいものでのう』
里に戻る最中であるケルヴィンから念話が届く。
『防壁に来てからずっとあの調子じゃったし、時折上の空になっておった。とくれば、櫓でのあの言葉しか原因はないじゃろう? 俺の女に―――』
『俺も本気で恥ずかしいから止めてくれ……』
『クク、まあ心配するでない。姫様達も帰ってきたようじゃ』
ジェラールが橋の向こう岸に目をやると、森から土煙が上がっているのが見えた。その元凶達が正門へと向かってくる。
「ゴールのジェラールが見えました! あと少しです!」
「うりゃー!」
「今度こそ負けてたまるもんですかー!」
体から電気をほとばしらせながら疾駆するリオン、魔人闘諍を翼に纏わせて飛翔しながら爆走するセラ、普通に全力疾走するメルフィーナの姿だ。また何やら競争でもしているようだった。
『……お主ら、何やっとるんだ』
『『『(ケルヴィンに)誰が一番に褒めてもらうかの勝負!』』』
『そ、そうか』
ワシ、ゴール扱いされてない? と心の淵でジェラールは一瞬考えたが、そんな事は前方から迫り来る3名の圧力に吹き飛ばされる。
リオンが僅かにリードしてジェラールの横を通り抜け、続いてメルフィーナとセラが同時にゴールする。
「やったー! 思い付きで作った魔法が上手くいったお陰だよ!」
「くっ、メルならまだしも、リオンに負けるなんて……」
「セラ、ここはリオンの成長を喜ぶところですよ」
「……そうね。おめでとう、リオン。悔しいけど、ケルヴィンに戦果を報告する一番手は貴女のものよ!」
「セラねえ、メルねえ…… 僕、頑張るよ!」
ガシッ! 3人は熱い友情の握手を交わす。
「横からすまんが、どんな流れじゃ、これ?」
「青春です」
「いやいや……」
話を聞くに、巨人の王を倒してから敵部隊は散り散りとなってしまい、それ以上反抗してくる者は殆どいなくなったらしい。大抵の者は投降もしくは逃走したそうだ。
「念の為に辺り一帯の調査を私達でしてたんだけど、途中から何人捕獲できるか! って勝負になっちゃって」
「道中で処理した残党の数はほぼ同数でしたからね。最後は里までの競争です」
「楽しかったね~。ね、アレックス」
リオンの影からアレックスが顔を出し、返事をする。
「お主ら、本当に頼もしいのう……」
「そう言えばジェラール、捕縛した敵をクロト達に先行して運ばせたんだけど、無事に到着したかしら?」
「うむ。先ほど最後のクロトが来たわい。もう牢がいっぱいじゃよ」
里の広場には大型の檻を設置しており、クロトに運搬されてきた敵兵達はそこに詰め込まれていたのだ。ある程度余裕を持った作りにしたはずなのだが、現在は満員電車のような状況だ。
「あっ、ケルにいも帰ってきたよ!」
リオンが東の空を指差す。空を飛びながらこちらに向かってくるケルヴィンの姿が見える。多少疲れているようだが、見たところ怪我をしている様子はない。
「よっ、俺が最後みたいだな。皆、お疲れさん」
「ケルにい、おかえり! あのね、僕すっごいモンスターを倒したんだよ!」
リオンがケルヴィンの前でぴょんぴょん跳ねながら自らの活躍を説明する。
「ああ、俺も見ていたよ。頑張ったな、リオン」
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黒髪を優しく撫でられ、リオンはご機嫌な様子。対してその後ろでは「うぐぐ」と無念そうなセラと、「あらあら」とにこやかなメルフィーナ。自分も頭を撫でたくてうずうずしているジェラールは視界の外にやる。
仲間が暖かく迎えてくれる、いつもの光景。それはとてもありがたく、嬉しいことだ。だが、敵将を逃がしてしまった俺の心は晴れない。ステータスやスキルに驕らずを信条とし、仲間にも周知してきたつもりであったが、俺自身がそれを理解していなかった。後悔ばかりが募る。
クライヴを取り逃がした代償はそれだけ大きい。プライドが高い奴のことだ、次はどんな卑劣な手段を使ってくるか分かったものではない。俺やエフィルの顔も見られている。国家間に関係なく、ターゲットにされる可能性も高い。
最悪の結果を防ぐ為にも、仲間に危害を加えさせない為にも、俺は自戒しなければならない。
(―――もう、後悔はしたくない)
「……後悔?」
心の底で、誰かの声が聞こえた気がした。
「―――にい、ケルにいってば! ねえ、聞いてる?」
「ああ、悪い。ちゃんと聞いているよ」
「もう、急に上の空になっちゃうんだもん。それじゃあ続きね。巨人の体がぶわって赤くなってさ―――」
まだまだリオンの武勇伝は続くようだ。さっきのが何だったのかは分からないが、今はリオンの話をちゃんと聞かないとな。それがお兄ちゃんの務めってもんだ。




