第350話 発作
翌朝、俺の気力はとても充実していた。昨夜にぐっすり眠れた影響だろうか? これならば、今日も元気に“ちょっと待った”に参加できるというものである。なるほど、コレットはこれを見越して例のお願いをしてきたんだな。流石の先見の明である。よし、今日も俺、頑張っちゃうぞ!
「今日はケルヴィン、休んでいて良いわよ。私が戦うから」
「な、なんですとッ!?」
上機嫌に北大陸へ渡ったのも束の間、本日のメイン会場であるグレルバレルカ帝国のお城に到着した瞬間、セラにそんな事を言われてしまった。うん、うん――― 何でッ!?
「そんな予想通りの反応をしないでよ。連日の結婚式も今日で折り返し、それでもまだ四日もあるのよ? しかも後半になればなるほど、相手の強さもよく分からないものになっていく。聞いた話じゃ、昨日の“ちょっと待った”は相当に無理をしたっていうじゃない? なら今日は休戦日にして、明日以降の戦いに備えるのが賢いやり方ってものよ」
「そ、そんな休肝日みたいな…… セラ、気持ちはありがたいけど、昨日の夜はぐっすり眠れて、体力も全快して―――」
「―――愚息よ! セラの心遣いが理解できぬとでも言うつもりか!? それが正式にセラの夫になろうとする男が口にする台詞かぁ愚息ぅぅぅ……!」
うわ出た。
「と、義父さん落ち着いてください。俺はセラの負担を少しでも減らしたい一心でですね!」
「本心は?」
「……た、戦いです。俺自身の手で戦いたいですぅぅぅ」
素直に言ってしまった。いや、だってこの気持ちに嘘はつけないもの。セラに嘘はつけないもの……!
「うん、じゃあその気持ちだけ受け取っておくわね。ありがと、ケルヴィン♪」
「うわーん!」
俺は泣き崩れた。
「クフフ、死神もセラ様には形無しですな。良いもの見れました。まるで在りし日のグスタフ様と王妃様の姿を想起させるような…… くうっ……!」
「ば、馬鹿者、ビクトールよ! このようなめでたい日に、そのような事を…… ぐうっ……!」
ビクトールと義父さんも泣き崩れた。まだ式も始まっていないのに、既に全滅気味な俺達である。
「まったく、何やってんだか。まっ、そういう事だから、今日のところは安静にしていなさい。ただでさえ今日の相手は、ケルヴィンとの相性が悪いんだし」
「クッ、分かったよ。けど、今日の相手――― 久遠と相性の良い奴なんて、そもそもこの世界に存在しないだろ? あいつの固有スキル『波羅蜜』は、この世界のありとあらゆる力を無力化する。能力然り、魔法も然りだ」
現に模擬戦とはいえ、俺は久遠に敗北を喫している。どれだけ『魔力超過』を加えた魔法も、久遠の前では接触した瞬間に消えてしまうんだ。純粋な物理攻撃は通じるけど、そこは完全に彼女の土俵の上、俺の腕で格闘戦は正直話にならなかった。また、物理以外を封じられたこっちと違って、向こうは異世界の魔法を自由に使えるってのも厄介だ。あの魔法、『ベクタ』とか言ったっけ? あっちの世界では低級の魔法に属していて、久遠はそれしか使えないとか言っていたが…… うん、その魔法のみを極めているから汎用性が死ぬほど高くて、ぶっちゃけ対処がクソ難しい。ああ、今思い出してみても、本当に攻略のし甲斐がある相手だった。
「……あの、セラさん?」
「駄目だからね?」
「あ、はい……」
泣きの一回をお願いしようとしたが、秒で悟られ断られてしまった。クソッ、クソォォォ……!
「まあまあ、そんなに悔しがらないでよ。こんなおばさんで良ければ、いつでも相手になってあげるからさ」
「うおっ、マジか!? 久遠がそう言ってくれるのなら、俺の未来は明る――― いや、何でここに居るんだよ?」
さもここに居るのが当然であるように、俺の隣には久遠が居た。しかも、子供をあやすように俺の頭を撫でている。うん、君も実に唐突に現れるものだね? 一歩間違えていたら、俺の繊細な心臓が止まっちゃうところだったよ?
「受付にはまだ早かったかな? 今日の為に気合い入れて仕上げてきたから、随分と早めに到着しちゃったんだよね。いや~、年甲斐もなく昨夜はなかなか眠れなかったよ。あ、本日はおめでとうございます」
「ああ、これはご丁寧にどうも――― でもなくッ!」
久遠は前に会った時と全く同じ調子だ。嘘を言っている訳でもないようで、本当にこの日を楽しみにしていたっぽい。もうオレンジ色の戦闘着に着替え、いつでも始められそうな状態だし。
「セラよ、この小娘――― いや、御夫人が今日の相手か?」
「そうよ。すっごく強そうでしょ?」
「……うむ、強いな。これほどまでに洗練された肉体を目にするのは、これが初めてかもしれん。それに加えて、愚息の話が本当であるとすれば…… フッ、強敵どころの話では済まないぞ?」
「でも、だからこそ倒し甲斐があるってものでしょ?」
ああ、セラもセラで既に戦う気力に満ち溢れている。待ってくれ、ここでそんなやる気を出されると、また俺の欲求も高まってしまうじゃないか……!
「おお、そちらの彼女もやる気だね~。確か、セラさんだっけ? さっきの会話を聞かせてもらったけど、私との“ちょっと待った”は1対1でやるつもりなのかな?」
「当然よ。不利な条件を強いるつもりなんて、さらさらないわ」
「おっ、良いね~。勝利しか見ていない目だ。私とどう戦ってくれるのか、今から楽しみだよ」
「あら、別に私は今から始めてしまっても良いのよ? “ちょっと待った”のタイミングは挑戦者次第だし、貴女だってとってもやる気じゃないの」
「あはは、どうしようかな~?」
「「………」」
笑顔で視線をぶつけ合うセラと久遠から、無言の圧が放出される。ふ、二人して何て殺気で挑発し合っているんだ……! 不味い、これは不味いですよ。俺の理性という名のブレーキが今にも壊れてしまいそうですよ……!
「……なんてね! おばさん、これでもマリアより常識を弁えているつもりだから、こんなところで始めるつもりは流石にないよ~。セラさんと戦うのなら、それ相応の場所で戦うべきだからね」
あっけらかんと久遠がそう言った瞬間、先ほどまでの圧迫感が嘘のように消えてしまった。ああ、良い圧迫感だったのに……
「そう? まっ、さっきも言ったように、タイミングは貴女に一任するわ。お好きな時にどーぞ」
「お気遣いありがとう、花嫁さん。 ……ところで、さっきからケルヴィン君が無言で百面相しているけど、大丈夫?」
「持病がちょっとね。でも、いつもの事だから大丈夫よ」
「勝手な事を言ってくれるなよ。ただの軽い発作だ」
「それ、結局同じ意味じゃない?」
「同じ意味よね」
ええい、俺をダシに意気投合するんじゃない!
「つか久遠、今日になって漸く招待に応じてくれたんだな。昨日までの式には全く顔を出してくれなかったから、本当に参加してくれるのか、少し心配したぞ?」
「そう言えばそうだったわね。貴女のお友達のマリアとか、何となく結婚式が好きそうな感じがしたから、てっきり全部の式に参加するものだと思っていたわ」
「あー、その件についてはねー…… 確かにいつものマリアなら、全部の式に参加する事になっていたと思うけど、今回は外せない用事があってさ」
「……それ、アダムスとルキルも一緒か?」
「あはは、一応内緒って事で。マリアに限って言えば、今日の式も参加できそうにないかな? けど、明日以降は全部招待に応じると思うよ? うん、今の私に言えるのはそれだけ」
「ふーん?」
なるほど、明日以降は参加できる、か。それだけと言いながらも、結構なヒントをくれるじゃないか。何となく察しはつくってものだが――― いや、今日のところは目の前の敵に集中しよう。久遠は強敵中の強敵なんだ。セラ、その辺ちゃんと分かっているのか? 今からでも選手交代は遅くないぞって駄目ですかはいそうですか……




