第348話 別れは唐突に
「お、おい、舞桜……!?」
「たはは、参ったな」
顔の亀裂が酷い事になってるってのに、舞桜はやけに晴々とした表情をしていた。
「こんなめでたい瞬間に、そんな酷い顔をしないでくださいよ、ケルヴィンさん。大丈夫、俺と言う幻が一時的に消えるだけです。ですがご安心を。その気になれば、エレンさんが何度だって―――」
「―――いえ、無理ですよ? 今回はセシリアが手を貸してくれましたが、彼女の後悔はこれで完全に消失しました。更に言うと、私の中に僅かに残っていた力も、これにて完全消失です。『復古神域』はもう二度と使用できないでしょう」
「……すみません、やっぱ永遠の別れみたいです。いやあ、流石にそんなうまい話がある訳ないか~」
と思ったら、今度は若干当てが外れた様子。ったく、こいつは最後まで……
「そうか、時間か…… 素敵な組手相手ができたと思ったのに、残念だよ」
「ええっ? それだけですか?」
「いいや、んな訳あるか。戦いを抜きにしたって、こんな別れは不本意でしかない。今日という節目に舞桜を会えた奇跡を、俺は一生忘れないだろう」
「……ハハッ、嬉しい事を言ってくれますね。その言葉を聞けただけでも満足ですよ。幻でしかない俺を全力で倒し、こんなにも満たしてくれた。ええ、本当に満足です。最高の気分だ」
「おいおい、それは俺の台詞だよ。俺だって最高の気分なんだ」
こんな会話を交わしている最中にも、舞桜の肉体の崩壊は続いている。いや、元のセルジュの姿に戻っていると言うべきか。
「エレンさん、俺の為にここまでしてくれて、本当にありがとうございました。いくら感謝しても足りないくらいです」
「感謝をするのであれば、どうかセルジュに言ってやってください。何と言っても、発案者はあの子なんですから」
「もちろん、セルジュさんにも感謝してもますよ。と言いますか、恐らく俺の見ている景色や記憶は引き継がれるので、言うまでもなく伝わっていると思います」
「そうですか…… 舞桜、言うのが遅れてしまいましたが、長い間ご苦労様でした。勇者として、人々の希望として、そして何よりもケルヴィンさんとメルさんの良き理解者として、貴方は本当によく尽くしてくれました。天に召した貴方の魂に、神の祝福があらん事を」
「あはは、元神様のエレンさんにそんな事を言われたら、意地でも祝福をもぎ取らないといけませんね。責任重大だなぁ」
「あ、あのっ!」
それまで俺に抱き着いていたコレットが顔を上げ、何かを決心した様子で舞桜に話しかけた。
「私、今後も秘術の勉強を続けます! そしていつか、『復古神域』も使えるようになりますから! だから、ええと……!」
「おっと、また嬉しい言葉を頂いてしまいました。俺は本当に幸せ者だなぁ。けど、気持ちだけ貰うに止めておきますね。さっきはああ言いましたけど、今を生きるコレットさんの負担にはなりたくないので」
「し、しかし!」
「コレットさん、とっくの昔に死んだ俺の事なんかよりも、大事にするべき人が傍に居ますよね? どちらを優先すべきなのか、賢い貴女になら分かる筈だ。まあ、どうしても何か力になりたいと言うのなら、俺のところに来るその時にまで、ケルヴィンさんの笑い話を沢山仕入れておいてくださいよ。それが俺にとっての最高のお土産になりますから」
「待て待て、笑い話限定なのか?」
「ポエムよりかはマシでしょう?」
「お、おまっ!? その話をどこから――― セルジュの記憶かこの野郎!?」
俺、大変に遺憾。が、体が動かない。クソっ、大声を出すだけでも辛い……!
「……分かりました。デラミスの巫女として、そして何よりもケルヴィン様の妻として、このコレット、多くの土産話を持参する事をここに誓います。ケルヴィン様とメル様とリオン様との神聖なる生活を、私の脳に刻み込み後世の聖書としてしたため、舞桜様にきっとプレゼント致します……!」
「え? いや、俺が希望しているのは笑い話で―――」
「―――この聖書を読めば、誰もが笑顔に幸せになる! そんな聖書をお持ちしますのでッ! 何十何百冊になるかは分かりませんが、必ず全部お持ちしますッッッ!」
「あ、はい、期待してますね」
「待て舞桜、勢いに押されるな。お願いだからもっと粘ってくれ」
んな聖書を何百も後世に残したくないんだが?
「あっ、そろそろ本気でタイムリミットっぽい…… じゃ、そんな感じでお二人とも、お幸せに―――」
―――パキィン!
突如聞こえて来たのは別れの合図。幻は砕け、消え去ってしまった。
「あっ、ちょっ!? このタイミングでお別れ!?」
俺がそう叫ぶも、時既に遅し。何とも言えぬ表情の舞桜の姿はそこにはなく、代わりに肉体の元の所持者であるセルジュの姿へとチェンジ。
「「………」」
しかし、向いている方向などの体勢は諸々維持されている為、意図せず目が合ってしまう。き、気まずい。凄く気まずい。あんな別れ際だったし、今の俺がどんな顔になっているのか、ぶっちゃけ想像できない。
「……あ、終わった? ふわぁ、つっかれた~。幻とは言え、人に体を貸すのはこれで最後かな。何かめっちゃ疲れたしって、うわ、立ち上がるのもやっとじゃん。人の体なんだから、もっと丁寧に扱ってほしかったなぁ」
が、そんな俺も顔も別れの余韻も関係ないとばかりに、セルジュは欠伸をしながら立ち上がった。彼女なりに気を遣ってくれたんだろうか? そういや、舞桜との再会の機会を企画してくれたのも、セルジュだって言っていたっけ。
「セルジュ、色々と苦労をかけた。そして、ありがとう。いくら感謝してもし切れないよ」
「おいおい、またお礼の言葉かい? 一応、私の意識も彼の中で覚醒していたんだ。そんなのもう聞き飽きたって」
「そうか? それでもさ、直接言っておきたかったんだよ。こんな格好で申し訳ないんだが」
「……君って意外と律儀だよね? 戦闘狂の癖してさ?」
「理知的な戦闘狂だからな。人として礼は言うさ」
「ハハッ」
あ、何か鼻で笑われた!? 俺、別におかしな事は言ってないよね!? 何で!?
「まあ、アレだよ。本当に礼を言われる筋合いなんてない。私はただ、過去も未来も、もうデラミスの巫女には苦しんでほしくなかっただけなんだ。悲劇よりも喜劇、人生そうありたいものだろ?」
「……?」
「あっ、でも私に全くメリットがないって訳でもなかったり? ほら、過去の勇者が私の力を使って、どんな戦い方をするのかを間近で見物できた訳じゃん? あれってそのまま、私の可能性を増やす事に繋がっていたりするんだよね~。いやあ、まさかウィルで惑星を模しちゃうなんてね。そんなのアリ!? って、素で驚いちゃったよ。今度真似するから、次に戦う時はよろしくなんだぜ」
「そういう事かよ。ったく、ちゃっかりしてんなぁ」
舞桜を通して戦術の強化を図ったのか。セルジュが更に強化される、その事実は俺としても嬉しい限りだ。よし、もっと強くなれ! 頑張れ頑張れッ!
「そんな事よりもさ、儀式本来の目的はやらなくて良いのかな? “ちょっと待った”に結構な時間を使ったみたいだけど、大丈夫?」
「あっ、そうだった!? クッ、動け、俺の体……!」
「ケ、ケルヴィン様、私が支えますので! 合法的にケルヴィン様の体に触れ――― いえ、支えますので!」
「その台詞には気乗りしないけど、頼んだコレット……!」
「ばいば~い、頑張ってね~」
「徘徊するモンスターに不覚を取らないでくださいね?」
セルジュ、そしてシスター・エレンに見送られながら、俺達は目的地へと向かうのであった。
「……『選定者』もセシリアも、これで少しは報われたかな?」
「ええ、きっと」




