第341話 復古神域
彼は遠い昔、前々世の俺と共に旅をした勇者だった。彼が残した佐伯の姓は現代にまで続き、そのバトンをリオンに渡した。彼は転生した後、クロメルが率いる神の使徒、その腹心とも呼べる『選定者』となった。彼はその第二の人生の全てを賭け、クロメルの我が儘に付き合ってくれた。だからこそ、彼は俺やメル、リオンと様々な意味で縁深く――― その上でもう会う事は叶わないと、そう思っていた。
「お前、舞桜か……!?」
「ええ、そうです。どういう訳なのか、現世に戻って来ちゃいましたよ、たはは」
それが俺の目の前に居る人物、佐伯舞桜だ。正直に言って、俺は結構動揺していた。舞桜はクロメルとの戦いの際、『選定の間』でリオン達に討たれた筈なのだ。再会できた事自体は喜ばしい。願わくば舞桜とも生きた状態で再会したいと、そんな風に話していたが、結局はそれが今生の別れになってしまったからな。
……が、この状況はあり得ないんだ。どんなに高位の魔法を使おうとも、死者は蘇えらない。『反魂者』時代のエストリアだけは例外だったが、その能力も今は失われてしまっている。セルジュが新たにそういった類の白魔法を編み出したのか? いや、舞桜の姿になる直前、シスター・エレンの役割が云々とか言っていたような…… つまり、シスター・エレンが何かをした?
「シスター・エレン、もしや巫女の秘術を使っているのですか?」
「ッ! ……流石は現代のデラミスの巫女、この一瞬でそこまで見抜いてしまいますか」
どうやらコレットもシスター・エレンを怪しんだようで、と言うよりも更に深いところまで見抜いていたようで――― 待て、今何て言った? 巫女の秘術? 彼女はもうその力を使えないんじゃ?
「同じ御業を扱う者として、本能で近しい何かを感じましたので。ですが、死者を復活させるなんて秘術の存在は、私にも心当たりがありません。現在までは伝えられていない、外法に類するもの……? いえ、違いますね。蘇生させたのではなく、過去を再現させているのでしょうか」
「ええっ、何でこの一瞬でそこまで分かっちゃうの? いやー、今代の巫女様も凄まじく優秀ですね、ケルヴィンさん」
「あ、ああ……」
俺は未だによく分かっていないのだが、舞桜の反応から察するに、コレットの推測は正解であるらしい。で、過去の再現ってどういう事よ? それ以前に、何でシスター・エレンが秘術を使っているのよ?
「あはは、『代行者』――― ああ、いや、今はエレンさんだったか。ケルヴィンさんが混乱されているようなので、改めて説明をした方が良いのでは?」
「そうですね。“ちょっと待った”を始める前に、その辺りをすっきりさせておきましょうか。時間もある事ですし、ね?」
コホンと軽く咳払いをした後、シスター・エレンが俺達の方へと向き直る。
「まず、私がどのような巫女の秘術を使っているのか、その疑問についてお答えしましょう。今私がセルジュに使用しているのは、『復古神域』と言う名の秘術――― かつて舞桜がこの世界に転移して来た、その時代の巫女であるセシリア・デラミリウスのみが扱えた、一代限りの御業です」
「セシリア様…… お父様が生まれるよりも以前、本当に大昔に活躍されていた巫女の名ですね」
まあ、メルが神となる以前、それこそエレアリスがこの世界を統治していた頃の話だからな。と言うか、名前を聞いただけでパッとそこまで特定できてしまう、コレットの記憶力がすげぇ。
「一代限りの秘術か。確かにそんなものがあったとすれば、現代には伝わっていなくても不思議ではないか。けど、肝心なのはその内容だ。コレットはさっき、過去の再現と言っていたが…… 一体どういう事なんだ?」
「それについても今から説明致します。この秘術は人々の記憶を基にして、結びつきの強い方を対象として行う、疑似的な降霊術の一種なのです」
降霊術…… イタコさんが亡くなった人の魂を口寄せして、その上で憑依させるイメージだろうか?
「疑似的な降霊術と称したのにも理由があります。顕現するのは、あくまで記憶を下地とした幻――― 死した本物の魂が、本当に復活した訳ではないのです」
「えっと、つまり今俺達の目の前に居る舞桜も……?」
「はい、実は本物じゃないんですよ。いやあ、参りましたね、たはは」
舞桜よ、他人事のように笑っているが、それで良いのか?
「今回の場合、私の記憶にある『選定者』サキエル・オーマ・リゼアを基盤とし、同じ勇者であるセルジュの身体を触媒兼対象として、『復古神域』を発動させました。性格や振る舞いは私の記憶の中にある彼そのものですが、戦闘能力などはセルジュのそれに準じているとお考えください」
「な、なるほど……」
「次に、なぜ力を失った私が巫女の秘術を、それも失われたセシリアの力を使う事ができたのか、と言う疑問についてですが…… この地に残った、彼女の後悔の念を利用させてもらいました」
「後悔の念?」
「はい。まあとは言え、呪いの類などではありませんので、その辺りはご安心を」
安心して良いのか、それは?
「実はこの階層の近くに、亡きセシリアの墓がありまして。尤も『英霊の地下墓地』はセシリアの時代よりも後に建造された場所なので、実際の墓とは違うのですが」
「……その墓には、ご本人の代わりにセシリア様の遺品が埋葬されていた筈です。セシリア様に強い後悔があったとすれば、その気持ちがここに残っていたとしても、何ら不思議ではないでしょう」
「んっと、詳しくはよく分からないけど…… 兎も角、シスター・エレンはそのお墓周りから力を借りた訳なんだな? それで巫女の力が復活したのか?」
「復活ではありません。先ほども申し上げた通り、お借りしただけ――― と言っても分かり辛いでしょうか。そうですね…… 巫女の力を失った私ですが、その力の扱い方は今も覚えています。言ってしまえば、魔法系統のスキルを習得せず、その操作方法を知っているような状態です」
「ああ、そう言われると分かりやすいな」
俺から『緑魔法』や『白魔法』のスキルをなくしたような状態か。スキルの扱い方は知ってるけど、その使用権限がないみたいな。
「要するに、です。巫女の秘術を持たない私の代わりに、セシリアの残留思念を力の発生源に使用。逆に命を失い術を使う事のできない彼女の代わりとして、私が術を発動させた。そういう事なのです」
「そういう複雑な経緯があって再現された俺です。いやあ、参りました。まさかケルヴィンさんとまた再会できるとは。正直、結構動揺しているんですよ、俺?」
「あ、ああ、俺も予想外の展開でかなり動揺中――― いや、でもそれ以上に嬉しいかな、やっぱ。たとえ記憶の再現であったとしても、またこうして舞桜を言葉を交わせるのは、うん、本当に嬉しい」
「ケ、ケルヴィンさん……! ええ、もちろん、俺だってそうですよ! でも、それはそれとしてですね…… その結婚“ちょっと待った”です!」
「………」
突如として、そして爽やかに宣言される“ちょっと待った”。うん、舞桜よ、もう少し場の空気を、なあ?
「まあでも、それはそれとして…… 喜んで受け入れよう、その宣言!」




