第93話 新型ゴーレム
―――紋章の森・上空
剛黒の黒剣を与えたゴーレムを引き連れた俺と、戦線復帰した女騎士達を背後に控えさせたクライヴが対峙する。
バリアを破壊されたことが完全に予想外だったらしく、クライヴは酷く動揺しているようだ。先程までの余裕はもうない。だが、動揺はそれだけが原因ではないだろう。
「それは…… 本当にゴーレムかい?」
「ああ、かなり改造しているが、歴としたゴーレムだ」
少々長くなるが説明しよう。
このゴーレムの土台は黒土巨神像なのだが、その面影はもうない。刀哉達との戦いで使用した際は無骨な巨大鎧と言った風貌であったが、今では一般成人のサイズにまでコンパクトにし、人間が鎧を着ているかのと見間違えるまでになった。
背丈こそは低くなりはしたが、その性能は比べ物にならないほど上がっている。
まず注目すべきは各部位に搭載した風牢石だ。この石は魔力を篭める事で強力な風を生み出す。その威力は過重なゴーレム達を空にまで浮ばせるほどである。A級であるが故に高価な鉱石であるのだが、この問題を解決したのはクロトの『金属化』スキルだった。
金属化はそのスキルランクに応じて体を金属に変化させるスキルだ。実際に使用者が触れた事がある物質でなければ変化させることはできないが、S級ともなればその条件さえ満たすことで、どんなものでも再現可能になるのだ。
クロトには店で目に付いた、或いは旅の最中に発見した鉱石・金属に触れさせ、金属化の幅を広げさせている。風牢石も同様に、竜海食洞穴で刀哉達を鍛えている最中に発見したものをクロトの保管に入れるついでに触らせているのだ。
ここで『分裂』スキルを持つクロトだからこそできる応用編。『暴食』によって吸収を続けたクロトの保管には、巨大化していく自分の体も収納されている。S級の保管だからこそ満杯になる事はないが、その全てを出すとなると、とんでもない事になってしまう。
そのクロトの有り余った体の一部を変化させ、固定する。これにより貴重な金属や鉱石を際限なく生み出すことが可能なのだ。このゴーレムだけでなく、俺の鍛冶作業でもクロトには影でとても貢献してもらっている。
そしてこのゴーレム第2の特徴が、スキルを持っていることだ。普通、緑魔法で生成したゴーレムはスキルを持たない(ただし、モンスターとして出現するゴーレムは別)。従ってゴーレムはスキルの恩恵を得られず、生まれ持ったステータスと素の実力のみで戦闘しなければならないのだ。剣を持たせたところで技術などなく、どうしても力任せな戦闘法となってしまうのが課題だった。
そこで思い付いたのがゴーレムへ魂を挿入する手法だ。
セラのA級黒魔法【高魂操憑依】はスピリット等の幽霊系モンスターを死体や鎧といった無生物に憑依させる魔法である。この方法でゴーレムに憑依させることで、その魂が持っていたスキルをゴーレムの姿で使用することができるようになったのだ。高位の魂をも憑依させることができるが、セラ曰く今は4体までが限界らしい。「魂とかの操作系魔法は苦手なのよ!」と本人は愚痴っていたが、その辺りは俺の召喚術のように何らかの制限があるのかもしれないな。
魂の憑依はセラに対して友好的な魂、更に同意した者にしか効力がないので、交友スキル持ちのリオンを仲介役として通し、幽霊と交渉(幽霊との対話に必要な翻訳スキルはメルフィーナが会得)する。魂とセラ、リオン、メルフィーナが無言で交渉していたシーンはなかなかにシュールであった。
そんな訳でゴーレムに合う理性ある魂を厳選し、戦闘を避けて交渉を続けた訳だ。相性が良かったのはダンジョンに落ちていた武器などを操って戦う『剣闘霊』とかだったかな。幸い、上級悪魔であるセラに仕えることはその種のモンスターにとって大変名誉なことらしく、理性のある幽霊ほどトントン拍子で交渉成立していった。そうして選ばれたのがこのゴーレム達に憑依している魂である。
憑依した魂はセラの配下となり、敵を倒すことで成長もする。仮にゴーレムが破壊されても魂が無事なのは確認済み。ステータス自体はゴーレム基準だが、スキルがランクアップするメリットはでかい。セラの配下は俺の配下という意味なのか、俺の経験値共有化もちゃっかり適用されていた。
このゴーレム4体を頂点としたゴーレム軍団を編成しようと密かな野望を企んでいたりもするのだが、それはまだ遠い先の話だ。さて、説明が長くなってしまったので場面を戻そう。
「……ふ~ん」
クライヴも緑魔導士、ゴーレムについての造詣もおそらくは深いだろう。ならば、隠蔽を使っている為ステータスこそは見えないにしても、この航空可能なゴーレムには警戒する。声は平静を装っているが、内心はどう思っているのかね?
「まあ、いいさ。子猫ちゃん達、あの木偶の坊の相手をしてあげて。僕はあの邪魔者を倒すから」
「お前ら、実力の差を分からせてやれ。ああ、女は殺すなよ? 後で魅了を解除するから。俺はあの自称主人公様を潰す」
女騎士が剣を抜刀し、ゴーレムが騎士のように剣を捧げる。
「その人形を倒して君も倒したら、エフィルちゃんを迎えに行かないとね」
「それ以上その卑しい声でエフィルの名前を口にするな。名前が穢れるだろ」
「「………」」
二人は笑顔だが、互いに怒筋を浮ばせていた。
「「行け!」」
下される号令。飛翔を使い女騎士が四方に散り、局部に搭載された風牢石から風をジェット噴射させながらゴーレムが追う。それから数秒後には辺りから剣戟が鳴り響いていた。
「いいの~? 普通とは違うみたいだけど、あれは所詮ゴーレム。あの子猫ちゃん達は僕の腹心でね。相当強いよ?」
腹心ってことはこいつの副官もいたってことか。まあ、俺から見ればどれも同じようなステータスだったが。
「他人の心配をする前に自分の心配をしたらどうだ、自称主人公様?」
「……そうかい」
クライヴは気障らしく前髪をかきあげる。
「優しくて温厚な僕だが、君にはお仕置きが必要なようだ、ねっ!」
何もなかったところから純白の杖を出現させ、広範囲に拡がる風の壁をクライヴが繰り出してきた。壁はその範囲を更に押し広げながら、こちらへと高速接近している。
(保管から武器を取り出したか。なら―――)
邪賢老樹の杖をクロトに出してもらい、狂飆の覇剣を施す。
「君も保管持ちか! それにしても随分と薄汚い剣じゃないか、まあ~君にはお似合いだね!」
取り出した瞬間に狂飆の覇剣を施した為か、少し勘違いしているようだ。まあ、教える必要はない。
迫り来る壁に対し、剣術を駆使して狂飆の覇剣を振るう。鑑定眼での判定ではこの魔法は範囲は広いがその分威力の劣るB級魔法。難なく切り裂くことに成功した。しかし、危険察知が攻撃がそれで終わりでないことを伝えている。
「僕自ら潰してあげるよっ!」
壁の直ぐ向こう、切り裂いた境目から猛突進してこちらに向かうクライヴの姿が見え、奴の周囲には螺旋護風壁が再展開されていた。それで俺を押し潰すつもりか。余程そのバリアに自信があるらしいな。
狂飆の覇剣でクライヴの螺旋護風壁を迎え撃つ。
「あはは~! さっきみたいに打ち破ろうとしても無駄無駄! この『極楽天』を装備した僕には通用しないよ!」
「……くっ」
狂飆の覇剣はまだ大丈夫だが、邪賢老樹の杖がギリギリと悲鳴を上げ始めてきた。奴の言う事は虚言ではなく、確かに先程よりも威力・強度と共に強化されている。
「うふふ~、勝利は目の前だよ~! エフィルちゃ~ん!」
―――ブチン!
頭の中で血管のキレた音がした。
「エフィルの名前を、呼ぶなっつってんだろうがぁーーー!」
怒りによる魔力最大出力。狂飆の覇剣が螺旋護風壁を突き破り、奴の頬に深く刺さる。またも回避行動を瞬時にとったようだが、狂飆の覇剣はチェーンソー状の動きをするのだ。痛みも尋常ではない。
「ああああーーー!? い、痛いいぃぃーー!」
「あーあ。折角のイケメン顔が台無し、だなっ! ……っと?」
間をおかず追撃。痛みで我を忘れる奴に対し、杖を振りかざす。が、それは命中しなかった。
「そうか、耐えれなかったか……」
頭の熱が一気に冷める。邪賢老樹の杖が折れてしまっていたのだ。螺旋護風壁との衝突、そして俺の最大値での魔力を受けた結果、耐久度の限界を超えてしまったのだろう。
長い間、俺の相棒として苦難を共にした邪賢老樹の杖。お疲れさん。よく今まで耐えてくれた。
「よ、よくも僕の顔を……」
「ああ、悪いな。楽に死なせてやるつもりだったんだが、こいつがもっと苦しませろって言うもんでさ」
破損した邪賢老樹の杖をクロトに収納する。
「はぁ!? 何それ、装備に感情移入しちゃってんの!? どんだけキモいんだよっ!?」
怒りを爆発させる奴がいると周りは冷静になるって本当だな。こいつを許すことはできないが、より冷酷に処理できそうだ。
「まさか螺旋護風壁が僕の必殺技だと思ってないよね!? あはは! いいよ、見せてあげるよ! 僕のS級魔法を!」
「そうか、期待してるよ。俺のより強力だといいな」
後にエフィルから聞いた話だが、この時の俺の笑みは今までで一番素敵だったらしい。
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