第339話 儀式のあれやこれや
生成した大量のコーヒーを飲み干した後、俺達はいよいよ大聖堂入りする事に。
「ではケルヴィン様、こちらのお召し物を」
「ありがとうございます」
そう言って係の人に手渡されたのは、今日の儀式における正装だ。俺が最初に思ったのは、羽織るものが沢山あって重い、だった。これはこれでリンネ教の伝統的な服装――― と言うのは建前で、実際は如何にして着た者を神々しく見せるか! に着目した服装であるらしく、そのせいで何枚も羽織る必要があるんだそうだ。うん、確かにこれを着ただけで偉い人になった気分だよ。でも普段はこんなに厚着をしないから、何とも慣れない。
「ケ、ケルヴィン様、何と神々しいハァハァ――― あ、いえ、とても似合っていると思います」
「……大丈夫か?」
一方のコレットはと言うと、何とか聖女モードの維持に耐え忍んでいるところであった。本当に大丈夫? 今のうちに堪能して、後に備えた方が良いんじゃない? と、今日は俺の方からそう思ってしまう。
「はて、何の事でしょうか? ……と、言いたいところですが、私の事は私が一番理解しているつもりです。いざとなったらお手製の匂い袋がありますので、それを隠し持った手より吸引し、脳を覚醒させます。恐らく、それで大抵の事は乗り越えられるかと」
「お手製…… えっと、興味本位で聞くけど、その匂い袋の中身って?」
「メル様ケルヴィン様リオン様のあれやこれやです。詳細をお知りになられたいですか?」
「い、いや、遠慮しておくよ……」
世の中には知らない方が幸せな事柄も存在するのである。もちろん、それは夫婦間の事でもそうだ。そうだと言ったらそうなのだ。
そんなコレットの本日の服装はと言うと、着慣れていない俺とは違い、いつもの巫女衣装のままである。何でもこの衣装、元より神へ祈りを捧げる際の正装であるらしい。尤も執り行われる儀式によっては、途中で何度か違う衣装に着替える必要があるんだとか。通常の結婚式とは異なるのかもしれないが、これも一種のお色直しなんだろう。ただ、うーん…… やっぱ、コレットのドレス姿を見れないのは残念かな。
「大丈夫ですよ、ケルヴィン様。儀式中は確かに着ませんが、そちらの手筈もつつがなく」
「えっ?」
「いえ、こちらのお話です。さっ、そろそろ第一の儀式が始まりますね」
「あー、リンネ教の関係者が沢山来るんだろ? 俺、どんな顔で居たら良い?」
「紹介された際は自然な笑顔で――― あ、いえ、無表情で居た方が良いかもしれません」
「……なあ、今笑顔って言いかけたところで、何か察しなかった?」
「いえいえ、私は信仰心が鼻から出るほどに愛していますよ、ケルヴィン様の笑顔」
いやいや、コレットが聖女スマイルをできるように、俺だって自然なスマイルができるから! あ、おい、私は分かっていますよ、みたいな感じで肩を叩くんじゃない! ホント、ホントだから!
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あっっっっっと言う間に午前中が過ぎ去り、気が付けば午後になっていた。いやあ、お陰で座りっぱなし祈りっぱなしの儀式を堪能できたよ。うん、一生分は堪能した。だから、もう許して? ずっと信者の皆さんと一緒にメルに祈りを捧げたり、どこかの偉人っぽい人から有難いお言葉を頂くのには飽き飽きなの。ぶっちゃけ、時間が亀の歩みの如く長ーーーく感じられたの……! あっという間なんて嘘なの……!
んでもって、皆の祈り先であるメルが、別にリンネ教の信徒じゃないからと言う理由で、現在街中で食べ歩きをしている事実がまた何とも言えない。まあ、午前の部は基本的にリンネ教関係者のみが参加で、他の皆が参列するのは午後からな訳だけど? そうであったとしても、メルは関係者として強引に投入されるべきだったんじゃないかな~と。あ、でも儀式中に腹の音を響かせてる可能性があるから、これで正解だったのか…… よし、許す!
『やった、許されました! あ、これおかわりお願いします』
おい待てお前おい念話の声おい。
「ケルヴィン様、大丈夫ですか?」
「え? あ、ああ、まあ大丈夫。心の中で勝手な事を言う元気はまだあるから」
俺とした事が、無駄に動揺してしまっているようだ。コレットが聖女モードで頑張っているってのに、その夫になる俺が愚痴ばかりでどうすんだって感じだよな。
『全くもってその通りですよ、ハグモグ!』
「………」
……けどまあ、正直に言ってしまうと、お色直しをしたコレットの姿を見る事だけが、俺の心の唯一の拠り所だったよ。コレットは現在、二度目のお色直しを終えているところだ。いやあ、神官服って結構バリエーションがあるもんだなと、ちょっと感心もした。特に二着目の衣装なんて、結構スカートが短くてデザイナーの趣味が出てる気がすると言うか…… 敢えて言おう、ナイスであると! まあ、お祈り中は正面しか顔を向けられなくて、隣に居るコレットを殆ど見る事ができなかったんだけどね! クソがッ!
「っと、違う違う、平常心平常心……!」
「?」
「そ、それよかコレット、例のアレが午後の最初に早速始まる訳だが、休憩はもう十分か? 信仰成分が足りないのなら、その儀式中にこっそり俺から摂取しても良いんだぞ? ほら、そこなら監視の目もないし」
午後一に始まるアレとは、フィリップお義父様が忠告してくれた例の儀式の事だ。そう、“ちょっと待った”を宣言されるんじゃないかと、皆が怪しんでいる儀式である。かつてエストリアの策略により、リンネ教団内でとある騒動が勃発した。枢機卿や古の勇者、先代光竜王をも巻き込んだ結構な事件だった訳だけど、その舞台となったのが『英霊の地下墓地』と呼ばれるS級ダンジョン――― まあ、言ってしまえば今回の儀式の舞台でもある訳だ。
彼の地はダンジョンでありながらも、デラミスの偉人達が数多く眠る超巨大カタコンベでもある。階層の浅いエリアはデラミスが徹底的に管理しており、モンスターが出現せず、普通にお墓参りをする事もできる。が、それ以降のエリアは危険地帯であり、当然の事ながら特別な許可なしには、立ち入りも許されていない。
で、そんなところで何をするのかと言うと、歴代のデラミスの巫女が眠るとされるエリアへ二人だけで向かい、そこに置かれている婚姻の印を拾って、地上にまで持って帰って来る――― ただそれだけの儀式であるらしい。ホント、肝試しみたいな儀式だよな。まあ、S級ダンジョンでやるのだから、肝試し以上に危険ではあるのだが。
ちなみに、この儀式を行う意味はこうだ。巫女の夫となる者はこの行動で勇気を、愛する者を最後まで守り通す事で力を示す。巫女はご先祖様に婚姻を結んだ事を報告し、この儀式が正当なものであると認めてもらう――― とまあ、そんな感じらしい。もちろん力を示せなんて言われても、普通はS級ダンジョンでできる筈もない。あくまでも建前の話だ。実際には裏で手を回していて、二人が通るルートの安全は予め確保されているらしい。そうでもしないと、巫女の夫はS級冒険者並みの実力者しかなる事ができないからな。当然だろう。
……まあ、なぜか今回の儀式では、そういった手回しが一切ないらしいんだが。いや、別に良いんだけどね? 勇気と力を存分に示してやるんだけどね? 誰に“ちょっと待った”をされようが、喜んで受けてやるんだけどね?
「お気遣いありがとうございます。ですが、今日一日は頑張りたいと思います。その、ケルヴィン様に私の覚悟を示す為にも」
そう言って健気に笑顔を振りまくコレットの在り方は、正に聖女そのもので――― 絶対に護る。元より鋼であった俺の意志は、更なる進化を遂げるのであった。




