第338話 ゴリゴリ
「やあやあ、本日僕の愛娘とめでたく結婚をするケルヴィン君じゃないか。朝一番にここに顔を出すなんて、なかなか殊勝な心がけだ。ささっ、そんなところに突っ立っていないで、ここに座りなさい。君って朝は何派? ちなみに僕は最近コーヒーとやらに凝っていてね。西大陸のグラノラ王国から良い豆を仕入れているんだ。今日なら特別に僕が直々に挽いてあげるけど、一杯どうだい? まあまあ、そんな遠慮する事はないよ。ほら、もう僕らは家族な訳だし、何も隠し事をする必要もないからね。何なら、僕の事はお義父様と呼んでくれても良いんだよ?」
「えっと、いや、あはは……」
翌日、早朝のうちにデラミスの宮殿をお邪魔した俺達は、まずは挨拶をと、コレットの父親であるフィリップ教皇に会いに行った。で、これである。美男子の笑顔に迎え入れられ、いつの間にかハグされ、あれよあれよという間にコーヒー豆が挽かれている。何と言うか、グスタフ義父さんとは違う意味で絡み辛い相手だ。あ、でもこのコーヒーはマジで美味いです。
「お父様、お戯れもそれくらいに。ケルヴィン様が困惑なさっていますから」
と、そんな風に俺に助け舟を出してくれたのは、本日のもう一人の主役であるコレットだ。今日のコレットは朝から聖女モードを継続しており、俺やメルと顔を合わせても、その姿勢を崩していない。 ……まあ、人目のないところで匂いを嗅いだり、熱い視線を俺に浴びせる事はあるけれども、少なくとも人前では崩していないから、それはもう聖女そのものと言っても過言ではないだろう。コレットなりの頑張りが伺える。
「いやいや、別にケルヴィン君を虐めている訳じゃないんだよ? むしろ、緊張をほぐしているんだ」
「それこそ要らぬ心配でしょう。ケルヴィン様はこの二日間、立派に新郎としての務めを果たされています。特にトライセンでの活躍は、お父様の耳にも入っている筈です」
「まあね~。直接目にする事ができなかったのが残念だったけど、まさかあのとんでもパレードをやり切っちゃうとはね~。ねえねえ、どんな感じったの? 特に羞恥心とかその辺の話を詳しく聞いてみたいな」
「フィリップ教皇、申し訳ないんですけど、その話の深掘りは避けて頂ければなと……」
「………」
「……? あの、教皇?」
「………」
どうしたのだろうか? 先ほどまで流暢に喋っていた教皇が、全く口を開かなくなる。が、表情は相変わらずニコニコ顔。いや、黙ったら黙ったで、ちょっと怖いんですけど。
「ケルヴィン様、恐らくお父様は呼び名を気にしていらっしゃるのかと」
「呼び名? ……えっと、もしかしてさっきのお義父様云々の話?」
「です。大変恐れ多いのですが、どうかお父様の願いを叶えては頂けないでしょうか? こうなったお父様は、セルジュ様が匙を投げるほどに頑固になりますので……」
あのセルジュが? そ、それは非常に面倒臭いですね…… いやまあ、その程度で叶えられる願いなら、いくらでも応じますが。
「コホン…… フィリップお義父様、これで良いでしょうか?」
「おっとケルヴィン君、今、お義父様と言ったね? つまり、僕の事を真の意味で父親と想ってくれた訳だ。嬉しいなぁ、ケルヴィン君にそんな風に想われていただなんて、想像もしていなかったよ。どうだい、更に親子の仲を深める為にも、今度は君がコーヒーを淹れてくれないかい? ああ、何も緊張する事はない。僕はただ君の淹れたコーヒーが飲みたいだけで、完璧なものなんて全く期待していないから。ほら、誰しも最初は初心者なんだ。大事なのは最初の一歩を踏み出す事、これに尽きるよ」
「あ、はい(ゴリゴリ)」
気が付けば、俺はコーヒー豆を挽いていた。おかしい、俺はただ教皇をお義父様呼びしただけの筈、それがなぜこうなる?
「とまあ、義子とのコミュニケーションもこの辺にしておこうか。そろそろコレットの機嫌も悪くなりそうだしね」
「教皇、悔い改めるのが大分遅いです」
「わあ、お父様から教皇呼びになっちゃったよ。参ったね」
美男子の魅力を最大限発揮させ、やっちゃった☆ みたいな表情を作るお義父様。あの、コーヒーはどうすれば良いんスかね? 俺、まだ挽いてる最中なんですけど? ゴリゴリいってますよ?
「まあ過ぎた事を悔いても仕方ない。気を取り直して、今からは有意義な話をするとしよう。今日執り行われる二人の式についてだけど…… ケルヴィン君、その内容については把握しているかい?」
「ええ、まあ(ゴリゴリ)」
「それは重畳。君が思い描く通り、今日の予定は大聖堂での祈りから始まる。まっ、リンネ教の伝統的なやり方を踏襲して、色々と儀式に参加してもらう訳だ。面倒かもしれないけど、デラミスの巫女と結婚するのだから、この辺りは我慢してほしいな」
「我慢だなんて、そんな(ゴリゴリ)」
「いやいや、こういったものは信仰心がないと、退屈の極みみたいなものなんだよ。君が持つメルフィーナ様に対する感情は、僕達のそれとは全く違うものだからね。君が敬愛するお義父様として、その点は十分に理解しているつもりだよ」
おかしいな、知らぬ間に敬愛している事になってしまったぞ。
「どの儀式も基本的に君は座っているか、祈りの体勢を維持してもらうだけだ。だから、特に難しい事は要求される訳じゃない。その代わり、挙式や披露宴もそういった儀式に含まれてしまうから、通常の結婚式とは大分毛色の違うものになってしまうんだが……」
「大丈夫です。それらを全部含めて、俺とコレットは納得していますから(ゴリゴリ)」
「ええ、むしろコレットは光栄です。信徒の前で伝統ある儀式に参加できる事を、心から誇りに思っています」
コレットは落ち着いている。ゴリゴリやってる俺の真横に座っていると言うのに、この場において取り乱す様子は一切ない。それが覚悟の表れのように感じられて、俺も同じように気が引き締まる。
「……うん、ならこれ以上、僕の口から言う事はないかな。二人とも、今日一日を乗り越えて、お似合いの夫婦になってくれ。教皇としてではなく君達の父親として、そうなる事を心から願っているよ」
「お、お父様……!」
「はい、必ず……!(ゴリゴリ)」
「うん、二人とも良い表情だ。それじゃ、時間まで僕は宮殿の奥に引きこもっているね。これ以上一緒に居たら、嬉しくてまた悪戯をしてしまうそうだし」
フィリップお義父様が立ち上がり、部屋を出て行こうとする。が、その途中で立ち止まり、思い出したかのように俺達の方へと振り返った。
「ああ、そうそう、言い忘れていた。儀式の一つに、唯一ケルヴィン君にも苦労をかけるものがあったんだ。それは肝試しと言うか力試しと言うか、二人揃ってある場所に向かって、また戻って来てもらうだけの儀式なんだけど――― これ、場所的に警備の目が甘くなっちゃうんだよね。信徒も居ないし、例の“ちょっと待った”、宣言されるとしたらここが狙い目だと思うから、一応頭に入れておいて」
「……了解です(ゴリゴリ)」
「ご安心を。誰が来ようとも、私達は負けません」
「そっか。いやはや、頼りになる娘と息子だよ、本当に」
そう言って部屋を出るお義父様の背中を見送りながら、俺は思った。この大量に挽いたコーヒー豆、どうするよ?




