第328話 勝負は戦う前から始まっている
「“ちょっと待った”」
「……え?」
披露宴会場の確認に行こうと、俺とリオンが庭に出た、丁度その時の事である。それは唐突に起こった。
「あ、シーちゃん」
そう、シーちゃんことドロシーが完全武装状態――― まあ、対抗戦で俺と戦った時と殆ど同じ格好ではあるのだが、ともあれ、そんな万全の様子で俺達の前に立ちはだかり、俺達の結婚を阻止するべく、その台詞を口にしていたのだ。
……いや、いくら何でも、ちょっと早くない? まだ式が始まってもいないよ? と言うか、一体いつから玄関先でスタンバっていたんだ?
「ドロシー、おはよう。昨日は屋敷の留守番をしてくれて、本当にありがとな。家族総出で出払っていたから、凄く助かったよ」
「あ、いえ、それについてはメイドさん達がいらっしゃいましたし、私はただ屋敷に居ただけで、した事なんて何も――― ではなくッ!」
おお、ドロシーもノリツッコミに応えてくれるんだ。感心感心。
「あっ、それって学園の制服だよね? でも、あれ? 見た目は同じだけど、何かが違うような……?」
「それはですね、激しい戦闘にも耐えられるようにと、エフィルさんが制服を魔改造してくださったんです。制服の見た目はそのままに、ですが性能面は天地の差、月とスッポン、リオンさんとシャルルの馬鹿ほどに違いがありまして――― でもなくッ!」
最早美しささえ感じてしまう、流れるようなノリツッコミ。ドロシー、君って結構周りに流されるタイプだったのね。
「リ、リオンさん、今は真面目な場なので! 友人としての気安いノリは歓迎しますが、今だけはこの空気に乗ってほしいです……!」
「えと、僕としては真面目に質問したつもりだったんだけど……」
「流石はリオンさん、目の付け所が違いますね。ええ、その通りです。この制服は今までものとは一線を画す、驚きの性能を有していまして―――」
つい先ほどしたばかりの説明を、律儀にもう一度してくれるドロシー。なるほど、さっきの発言を強引になかった事にするつもりか。にしてもこの子、リオンが好き過ぎる余り、自分を見失ってきてないか?
「―――と、つまりはそういう事なのです。如何に私が本気で来たのかを、ケルヴィンさんも少しは分かってくれましたか?」
「あ、ごめん、聞き逃した。何だって?」
「~~~ッ!」
「いや、ホントにごめんて。別に俺らもふざけている訳じゃなくってさ、宣言が急だったから驚いちゃったんだよ」
「宣言が急ですか。フッ、バトル馬鹿の貴方らしくない発言ですね。貴方レベルの戦闘狂いであれば、本来はスタートの合図も必要ないでしょうに」
「まあ、確かにそれはそうだけど……」
もちろん、ドロシーが今日のどこかで仕掛けて来る事は分かっていた。しかし、お泊りと言いつつ殆ど居候状態の彼女が、このタイミングで宣言して来たのは、結構本気で意外だった。いや、だってついさっきまで、俺達と一緒に朝食を食べていたんだぞ? すっかり屋敷での生活に慣れてしまったのか、その時のドロシーはパジャマ姿だったし、ウトウトと眠そうにしていたし、頻りに目を擦っていたしで、完全に自宅での姿を晒している状態だったんだ。
「それが今になって決め顔で登場されても、なあ?」
「何がなあ? ですか! そうやってリオンさんに同意を求めないでください! これは、そう、仇敵であるケルヴィンさんを油断させる為の作戦だったのです。見るからに寝起きな状態を演出すれば、ああ、この様子だと暫くは勝負を仕掛けて来る事はないな、と錯覚させる事ができますからね。事実、ケルヴィンさんは私の術中に嵌り、完全に油断していました。フフフフフ、勝負は戦う前から始まっているのですよ!」
「お、おう……?」
何と言うか、随分と可愛らしい作戦を立ててきたものだ。しかし、なぜに物理的な不意打ちではなく、精神的な不意打ちを選んでしまったんだろうか? 仮にそれが成功したとしても、ああ、そうなんだぁ…… くらいの反応しか返せないぞ? 当然、この後に行う事になる戦いには何の影響も与えない訳で。対抗戦の時のドロシーなら、『時魔法』による奇襲を問答無用でやってきそうなものだったが…… ひょっとしてこの子、リオンが絡むとポンコツ気味になる?
「では、早速勝負といきましょうか。後で来るであろうシャルルの馬鹿に、リオンさんのドレス姿を見せる訳にはいきません。腐った視線を浴びれば、それ即ちドレスの死です! その前に終わらせてみせます……!」
「え、そっちが本当の目的……? ま、まあ別に良いけどさ、この場で始める訳にはいかないぞ? ここは俺達の本気の戦いに耐えられるつくりじゃないし、周りに迷惑が掛かるからな」
「そ、それくらいの事、私だってちゃんと考えています。部屋を貸して頂いている恩を、そのような仇で返すつもりはありませんからね。何よりもリオンさんやメイドさんの迷惑になりますし」
「うん、俺に対しては?」
「……ケルヴィンさんの場合、むしろ喜ぶんじゃないですか? それはそれで嫌と言いますか」
「おい」
俺の事をよく分かっているじゃないか。あ、いや、屋敷を荒らされるのは頂けないけどな? あくまでも戦いにのみ限定した純粋無垢な喜びで、俺だって色々と考えているから、さっきの発言があるんだからな? その辺を誤解しないように!
「戦いの場はお屋敷の地下鍛錬場を使わせてください。そこであれば目立ちませんし、耐久性の問題もクリアしているでしょう」
「地下鍛錬場か、確かにそこなら大丈夫かな。見学席も多少はあるから、一足先にうちに来てくれた招待客も見る事ができる。了解、それじゃあそこでやろう」
「うんうん、無事に決まったみたいだね。あ、今日の“ちょっと待った”は僕が出るね、ケルにい!」
「「え?」」
俺とドロシーの声が綺麗にハモる。 ……えっ? リ、リオン、お前は何を言って……?
「え、じゃなくてさ。ケルにい、昨日かなりギリギリの戦いをして、まだ疲れが残っているんでしょ? シーちゃんとの戦いを抜いても、“ちょっと待った”はまだ五回もあるんだから、無理をしちゃダメだよ!」
「え、ええっと、リオンの愛情溢れる提案は本当に嬉しいんだけど、別に昨日の戦いの疲れなんて―――」
「―――ケルにい、こんな時に強がりはダメだよ? 朝から様子が変なの、僕はしっかり見ていたんだからね!」
「………」
ち、違うんだ、リオン。その疲れは昨日の戦いによるものじゃなくて、シュトラの頑張りが影響しての事で――― って、リオン相手に何て説明すれば良いんだ!? つか、結局それはそれで疲れている事に変わりはないから、何の説得力もない……!
「い、いや、エフィルの料理を食べれば回復すると言いますか……」
「ダーメ! エフィルねえの料理に頼らなくちゃいけないくらい疲れているのなら、万全の僕に任せるのが筋ってものでしょ!?」
「う、ううっ……」
正論と純粋な愛情で武装したリオンに、俺はそれ以上何も言う事ができなかった。
「リオンさん、時にはケルヴィンさんの意見を尊重する事も必要なのではないでしょうか? こんな頑なになって戦いたいと言っているのです。自分の体は自分がよく知っているとも言いますし、ここはケルヴィンさんを信じるのも一つの道なのでは?」
よし、思わぬところからの援護射撃を確認! そうだそうだ! ドロシー、もっと言ってやるんだ!
「シーちゃん、本心ではどう思ってる?」
「……リオンさんではなく、ケルヴィンさんをぶっ飛ばしたいです。木っ端微塵にしたいです……!」
「うん、やっぱり僕が戦うって事で」
「「あ、はい……」」
俺とドロシーは一緒になって項垂れるのであった。




