第323話 覆される戦場
「あの頃のシュトラ様は本当にお転婆でな。悪戯をしてはゼル前王に叱られ、よくワシやアズグラッド様に泣きついて来たものだった」
「はえー! 聡明である事で有名なシュトラ様にも、そのような時代があったのですね! 意外です!」
一方その頃地上では、実況担当のロノウェと解説担当のダンによる、シュトラに関する思い出話が展開されていた。打ち上げられた氷星が随分な高さにまで至ってしまった今、地上からは戦闘の様子が確認できず、最初こそ物珍しかった氷星も、ただ見ているだけってのもちょっと…… と言うような空気が蔓延し始めて、何とかトークで場を繋ぐ事にしたようだ。
しかしトークと言っても、ダンが話すのはシュトラが幼かった頃の思い出ばかりで、話の幅は皆無――― が、意外にも需要は高かったようで、皆が皆、集中してその話に耳を傾けていた。最早、頭上の氷星の様子を確認している者の方が少ないくらいである。
「何よりも思い出深いのは、シュトラ様がワシの誕生日にと編んでくれた、超将軍ダンちゃんヌイグル―――」
「―――ああっと!? ダン将軍、上空を見てください! どうやら戦闘に変化が起きたみたいです! これは私の実況力が漸く試される時が来たのかぁーーー!?」
ロノウェのその声を聞いて、会場の皆の関心が再び空へと移る。するとどうした事か、先ほどまで球状を維持していた氷星が、真っ二つに割れているではないか。高度が高度である為、氷星が割れた今も舞台上の様子は確認できないが、それでも分かりやすい視覚的な変化が起こったのは確かだ。これは観客にとっての良き知らせである。
「……うむ、そうだな。真っ二つであるな……」
但し、話を中断させられたダンの表情は、少しだけ悲し気だった。
「ケルヴィーン! シュトラー! 頑張んなさいよー! 一つ目の“ちょっと待った”で負けましたーは許さないからねー!」
「ハッ、赤毛が何か言ってやがるぜ。この一年でシルヴィアがどんだけ強くなったのか、全然理解していやがらねぇ!」
「ああん!? って、いつぞやの狼男じゃないのよ! アンタこそ何の事情も知らない癖に、そんないい加減な事を言わないでよねッ!」
「あ゛あ゛ん!? いい加減な事じゃねーよ! シルヴィアはマジで強くなったんだよ、こんちくしょうが!?」
「ちょっとナグア、こんな所でまで喧嘩腰にならないでよ!」
「喧嘩を売ったのはあの赤毛の方だッ!」
「セラさんも落ち着きましょう。ここで言い争いをしても仕方ありませんよ」
「でもこの馬鹿狼がッ!」
「あはは、二人とも全然変わらないね…… って、んんっ? ねえねえ、何だか様子がおかしいよ? あの破壊された氷の塊、全然落ちて来ない」
「「えっ?」」
一部の元気の在り余った者達が喧嘩を始めようとしていたが、どうやら戦場の様子がおかしいらしい。リオンの指摘を受けた直後、出る寸前だった拳を止め、二人も上へと視線を移すのであった。
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再度の注目を浴びる上空、四人の戦闘が繰り広げられている戦いの場は、現在大変な荒れ模様となっていた。二分割された氷星や舞台は、今やそれ以上に分割されてクラッシュアイス状態である。しかし、それら氷の瓦礫はそれ以上落下する事なく、その全てが空中にて静止した状態にもあった。もう氷星は上昇する事なく墜落する一方だと、そんな節の話をシルヴィアがしていた筈だが、これは一体どういう事だろうか?
「ん、私の氷が全部止められた…… 何、あの糸?」
「私も全てを把握している訳じゃないけど、あの蜘蛛を通して色々な能力を糸に付与できるみたい。今回のは多分、糸の強度を上げているんだと思う」
全ての氷が停止しているように見えたのは、黒土傀儡像の糸が張り付いていたのが原因であった。エマの推測通り、これら糸に付与されたのは、氷星の総量をも支えてしまうほどの耐荷重性能だ。シュトラはこの性質を帯びた魔糸を、戦場の外側にあるコレットの結界にも張り付ける事で、周囲一帯に巨大な蜘蛛の巣を形成させていたのである。第二ラウンド中にケルヴィンが舞台と氷星を更に細かく砕き、シュトラがそれらを糸で巻き込む――― 言うなればこれは、新たなるバトルフィールドの共同製作なのであった。
「もう見破られてしまいましたか。エマ、流石の慧眼ですね」
「そう言われても、本質を見抜く力はシュトラの足元にも及ばないんだけどねー」
「ん、目の良さだけじゃない。シュトラは本当に強くなった。ケルヴィンと比べても、正直遜色ないくらい」
「そ、そうですか? それはちょっと、フフッ、嬉しいかもですね」
戦闘中の彼女にしては珍しく、シュトラは破顔していた。ケルヴィンと対等の立場で、共に並んで戦いたい。かつてそんな想いを募らせていたシュトラにとって、今のシルヴィアの言葉は純粋に嬉しいものであったようだ。
「おっと、良い笑顔を発見。シルヴィア、ナイス」
「別に褒められるような事はしていない」
「そうか? じゃ、代わりにこのバトルフィールドを褒めてくれないか? 結構会心の出来だったりするんだけど、どうかな?」
「まだよく分からないから、褒めようがない」
「そ、そうか……」
ちなみにこのフィールドが完成するまでの間、僅かではあるが落下時間を挟んでいる。その為に観客との距離が縮まり、氷が分割されてもいるので、地上からの見通しも随分と改善されていた。そんな訳で観客目線からすれば、優しい作りになっているとも言えなくはない。機能性だけでなく、その辺りもしっかり評価してほしいと、ケルヴィンは暗にそう言いたいようである。
(……ケルヴィンさんが会心の出来と言うだけの事はある。実際、このフィールドは厄介だ)
そんなケルヴィンの想いが伝わったのか、言葉にこそ出さないが、エマはこの即席のバトルフィールドを高く評価していた。
アイスブロックの足場を取り巻く蜘蛛の糸が、二重三重という言葉では足りないほどに展開されいる。このフィールドを縦横無尽に駆け巡る蜘蛛型ゴーレムが、今も尚、巣の拡張を図っている。魔糸の通り道を使うそれら人形は超高速で移動している為、この張り巡らされた魔糸を躱しながら、或いは破壊しながら追いつくのは、困難を極める。増してや、この場にはケルヴィンやシュトラも居る為、そんな事をしている暇は、そもそもないに等しい――― 等々、軽く観察しただけでも、これだけの要素が考えつくのだ。
ならば蜘蛛型ゴーレムを放置して、ケルヴィンとシュトラのどちらかを倒す事に集中すれば良いのだろうか? その選択も微妙なところで、延々とこれら魔糸が量産されるのは、エマ達にとって不利を強いられる事となる。魔法を無力化できるシルヴィアは別かもしれないが、何の能力が付与されているのかが不透明な魔糸がそこかしこにあるこの状況は、敵対する者として喜ばしい事では決してない。エマも状態異常の無力化こそできるが、彼女の知るシュトラであれば、必ず能力の穴を突いてくる。不用意に触れるのは以ての外だろう。
(私が攻めあぐねるのに対して、シュトラとケルヴィンさんは、その糸さえも足場として利用する事ができる。んんっ、周囲環境から制するつもりが、すっかり逆転されちゃったな。ちゃっかりケルヴィンさん、『緑魔法』も全部使えてるみたいだし)
考えを巡らすエマの視線の先には、周囲に三本の漆黒の大剣を展開させるケルヴィンの姿があった。最早隠す必要はないとばかりに、先ほどから大地系統の『緑魔法』もガンガン使っているところである。
「ハァ…… もう嫌になるなぁ! 獄炎山壁!」
「不意打ちをした私達が言えた事じゃないかも? 激流鉄泉」
無数に張り巡らされた魔糸も、煩わしい蜘蛛型ゴーレムも、倒す目標であるケルヴィンとシュトラも、全てを纏めて屠る――― そんな勢いで放たれたのは、超広範囲に影響の及ぶ、超攻撃的な魔法であった。
『迫り来る巨大な炎の壁に、煮え滾った赤湯の激流……! 『赤魔法』に『青魔法』、どっちもS級相当だな、これは! シュトラ、魔糸で止められそうか!?』
『魔糸自体が耐えられたとしても、あれだけの規模の炎と水流では、魔糸の間を素通りしてしまいます。それに、ケルヴィンさんならもう気付いていると思いますが、あの派手な魔法を隠れ蓑にして、何やら次の手も打とうとしているようです』
『だな。こんな状況になってしまった以上、時間を掛けるだけ自分達が不利。であれば、とっておきの手で逆転を図る、か。理に適ってる。うん、理には適ってるけど…… もう少し、戦っていたかったなぁぁぁ……』
『残念がるのは勝ってからにしましょう。それで、どうします?』
『聞くまでもないだろう? この戦い最後の共同作業だ』




