第318話 再現
「お、おお、これが噂に聞く“ちょっと待った”ってやつなのか!」
「試練のパレードだけでなく、自ら新たにこのような試練を課すなんて…… シュトラ様、本気の本気で、この国の未来を考えていらっしゃるのですね……!」
「ま、待て! あの方々は先々代魔法騎士団将軍のルノア様と、副官のアシュリー様では!? やむを得ぬ事情で軍を退役したと聞いていたが、シュトラ様の為に戻って来てくれたのか!?」
「いや、戻って来ただけではないぞ。未来に羽ばたく御二人の為に、このような演出にまで参加してくださっているのだ……! 何と言うサプライズ、何と言う友情なんだろうか……!」
「あれ? 何かS級冒険者の『氷姫』に似ているような……?」
ちなみにだが、トライセンの人々にも“ちょっと待った”についての告知はしている。俺達同様、いつどこで行われるのかが分からないのに加えて、誰が宣言するのかも秘密にした状態ではあるけどな。しかし、国民の大多数はシルヴィアの事をルノアだと分かっていない様子だ。将軍職を辞した後、トライセンには戻らずに西大陸に渡っていたから、まあ仕方ない事ではあるのかな? 俺の昇格式を見に来ていた観光客、頻繁に他国へ渡る商人など、その辺りでもない限りは見る機会がないだろうし。
「―――とまあ、戦いのルールはそんな感じ。要するに、昇格式の時と同じだね。どう?」
「うん、良いんじゃないかな? あの時と違って、コレットもその程度で吐く事もないだろう。問題ないと思う」
シルヴィアによる棒読みの口上を聞き終えた俺達は、その提案を快く受け入れる事にした。まあ、よほど無理のある内容でない限り、どんな“ちょっと待った”も受け入れる事にしていた俺達だ。2対2のタッグバトルは想定中も想定中、むしろよくそれを提案してくれましたと、そう言ってやりたいくらいである。
それよりも気になっているのは、戦いの舞台がどこになるかだ。この教会前の広場は広さこそ十分だが、耐久性という面において不安がある。俺やシルヴィアが全力でぶつかった場合、余波とか色々と危ないからな。昔はそうでもなかったんだが、今は戦う場所も気にしないといけないのが、最近の悩みの一つだったりする。
「じゃ、フィールドを作るね」
と、無表情のままそんな言葉を口にしたシルヴィアが、大規模な魔力を解放し始めた。殺傷性はない。しかし、普通に寒くて真っ白な冷気が一気に拡がり、辺りの諸々を飲み込んでいく。視界が白で覆われてしまい、最早一寸先も見えない状態である。今日の俺も白いんだけど、保護色になってない? 大丈夫?
「できた」
かと思えば、数秒もしないうちに冷気が晴れていった。開けた視界に入ってきたのは――― 氷でできた、真っ白な闘技場だった。獣国ガウンの円形闘技場によく似ている。広場の規格に合わせて作った為なのか、大きさはガウンのものより一回りほど小さいだろうか。しかし、昇格式の模擬戦の舞台となった簡易コロシアム、あのクラスの広さは十分に確保されている。なるほど、ここあれば存分に戦えそうだ。
「……驚きです。規模もそうですが、装飾などの作り込みも凄まじい。あの一瞬で作ったとなれば、ケルヴィンさんの展開速度にも匹敵するのでは……?」
恐らく、このコロシアムは青魔法で生成したんだろう。同じ青魔法の使い手であるシュトラも、これには素直に感嘆している様子だ。んでもって、俺も同じく驚いた。
「シルヴィア、これってもしかして……」
「ん、ケルヴィンの魔法を少し真似してみた。名付けてS級青魔法【白銀の闘技場】、色合いはケルヴィンのやつと真逆だけど、結構頑丈」
ああ、やっぱり。剛黒の城塞とかと使い方が似ていて、どこか馴染みがあると思ったんだよ。しかし、まさかそれを氷で再現してしまうとは。正直な話、シュトラの青魔法の師であるメルも、ここまで大規模かつ繊細な造りものは、瞬時に作れないんじゃないかな?
「でも、耐久性に関してはケルヴィンのに劣る。その代わり、白銀の闘技場の中では敵の動きを阻害できたりもするから、その点は便利」
「動きを阻害? 奈々の氷天神殿みたいなものか? その割には、あまり阻害されているようには感じないが……」
「フローズンヨーグルトテンプーラ? 何、その美味しそうな食べ物は?」
いや、そんな似て非なる言葉は言っていない。そもそも文字数が合っていない。おい、さっきまで無表情だったのに、途端に瞳を輝かせ始めるな。そんな悪魔合体したような食い物、少なくとも俺は知らないから、期待するような視線を向けるんじゃない。
「今は阻害効果をオフにしてる。ちなみに、オンにしたらこんな感じ」
「お、おおっ?」
体中が凍り付く、あの懐かしい感覚。これは間違いなく、奈々の氷天神殿と同じ効果が働いている。但し、補助効果が問題なく働いている感じ、打ち消しの力までは備わっていないようだ。それでも、仮にこの闘技場全域が効果範囲だとすれば、魔法としての完成度はこちらの方が確実に上だろう。頑丈だと公言している辺り、解除の点でも氷天神殿より難しそうだ。
「なるほどなるほど。俺達同様、シルヴィアの強さも以前の比じゃないって事か。戦闘中にこれを使われたら…… フフッ、本当に厄介だな……!」
「あ、戦闘中この効果はオフにしますので、その点はご安心ください」
そんな風に俺が心を躍らせていると、エマの口から信じられない言葉が飛び出した。は? 使わない? どういう事だ、正気の沙汰か!?
「いや、そんな顔をしないでくださいよ。対象が無差別なので、発動したらしたで私も面倒な事になるんですよ。まあ、『咎の魔鎖』で何とかする裏技もありますが……」
「エマが大丈夫でも、他の人達が困る。闘技場なだけあって、お客さんも入るから」
「なぬッ!?」
急いで周囲を見回す俺。シルヴィアの言う通り、客席にはトライセンの人々が、見晴らしの良い貴賓席には俺達の関係者や式の招待客が、続々と入場しているところであった。た、確かに無差別で効果を発動すれば、この場に居る全員が対象になってしまう。ならば、ううむ、仕方なしなのか……?
「さあ遂に始まりますS級冒険者同士による花嫁争奪戦! その名も“その結婚ちょっと待った”! 誰もが知る有名なシチュエーションですが、実際にそんな場面を目にした者は殆ど居ない事でしょう! ですが本日、その夢のような場面が現実となるッ! 実況は私、ガウン総合闘技場アナウンサーのロノウェがお送りします! 更に今回は解説ゲストとして、トライセン屈指の実力者として名高い、『鉄鋼騎士団』のダン将軍が来てくれました!」
「ダン・ダルバだ。シチュエーションとやらは兎も角として、純粋にこの戦いの行方に興味を持っている。ワシ個人としては、姫様を応援しているがな」
予めスタンバイしていたのか、実況と解説まで登場し始めた。特にダン将軍のまさかの登場は、トライセンの人々にとって良いサプライズになったようで、凄まじい歓声が闘技場に鳴り響いている。
「……ホント、昇格式時の再現みたくなってきたな」
「まあ多少は狙っていますからね」
「ん、主な企画はエマが担当」
「むう、その時に不在だった私は、何だか置いてけぼりにされている感じです……」
「ッ!?」
あっ、しまった! 正にそんな感じの表情になったエマは、何度もシュトラに頭を下げるのであった。エマさん、今のシュトラは策士モードですよ。心を乱してはなりませぬ。
「で、安全管理者も完全再現って訳か。作業量があの時の倍の人数になっているけど…… コレット、行けそうか?」
「もちろんです。ケルヴィン様、シュトラちゃん、コレットの雄姿を見ていてくださいね……!」
声に呼応して、俺の影より這い寄るようにして現れたコレットは――― ねえ、何でアレックスみたいに影から出て来たの? いつからそこに居たの? ……と、兎も角、コレットは自信あり気に『巫女の秘術』を使い始めるのであった。




