第315話 再就職
ケルヴィンとシュトラの婚儀、その当日。このめでたき日を祝うべく、国中からトライセンの人々が首都へと集っていた。王族が結婚をする度に行われるこの伝統的な儀式は、元々トライセンでは人気のある行事である。しかも、今回の主役は国民達から絶大な人気を博しているシュトラだ。その為、過去に類を見ないほどの大混雑が発生。更には国外からの観光客や招待客もそこへ加わり、警備や誘導の者をいくら増員しても追いつかない状態になっていた。
「街の外に特設会場を用意しておる! そこでも挨拶やパレードの映像を流すから、ここからはそちらへの移動をお願いする! 本日の主役の一人である王――― ではなく、『死神』ケルヴィンが魔法で生み出した会場じゃ! 見学できるのは今日限定なのじゃよー!」
「だぁー! 無理に押すなっての! おら、そこも喧嘩すんじゃねぇっ! 記念すべき日に水を差す気かこの野郎共!」
「お、おで、こんな大勢の前だと、緊張して……」
「ボガ、肩に乗らせて。代わりに私が誘導するから、肉体労働の方をお願いする」
と、式を見に来ていたジェラールや竜王ズが、急遽ヘルプに入るほどの混雑振りである。しかし、彼らの助けは百人力以上のものを発揮し、何とかこの人口過多を解消するのに成功。パレードを行う為のスペースも、無事に確保されたのであった。
そんな中でまず行われたのは、新郎新婦による挨拶だ。お披露目の意味も含まれたこの儀式であるが、国民達は新たなる夫婦を、いや、どちらかと言えばウエディングドレス姿のシュトラ姫を一目見ようと、王城のテラスの周囲に集まりに集まる。ゼルが魔王と化していた際、国民の支配をする為に演舌が行われたこの場所であるが、今日の雰囲気はその時のものとはまるで違っていた。人々には活気があり、誰も彼もが笑顔で満ち溢れていたのだ。
「シュトラ様ー! こっちを見てくだされー!」
「ひ、姫様の笑顔で心が浄化される……」
「フッ、俺なんて日頃の疲れもすっかり取れちまったぜ」
「ワシなんか持病の腰痛が完治しちゃったもんね」
「爺様はまだ甘いのう。ワシなんて、寿命が十年くらいは伸びたぞい」
「うう、いつもお綺麗だけど、今日のシュトラ様はいつにも増してお綺麗だ……! 眩し過ぎて前が見えないけど、多分そうなんだ……!」
「アンタ、何もったいない事を言ってんだい! あのドレス姿のシュトラ様は、今日しか目にできないんだよ!? 目ん玉が焼き切れるくらい、記憶に焼き付けときなさいって!」
「万歳! シュトラ様、ばんざーい!」
「ケルヴィン様ー! シュトラ様を泣かさないでねー!」
「泣かしたら恨むからねー!」
「絶対幸せにしてくれよー!」
想像よりも距離感が近く、それでいて温かみのある声援は、如何にシュトラが国民達から愛されているのかを、分かりやすく表していた。
「ははは、これは責任重大だな……」
「ええ、私を幸せにしないと、トライセンの国民全員が敵に回りますからね」
「お、おいおい、あまり怖い事を言わないでくれよ?」
「何を仰っているのですか。逆に考えてみてください。私を幸せにすれば、国民全員が味方になるという事でもあるんですよ? であれば、最早これは勝ち戦のようなものです」
「おっと、そこまで信じてくれちゃうのか。その信頼に応えないと、やっぱり後が怖いな」
「もう、ケルヴィンさんったら」
テラスで手を振りながら、そんな会話を交わす新郎新婦。ちなみに後が怖い為なのか、ケルヴィンは自分の挨拶時、絶対にシュトラを幸せにすると、そう強く念押ししてコメントしていた。
また、ケルヴィンとシュトラがそんな風にお披露目をしている一方で、招待客用の特別席では、明日以降の式を待ち侘びる他の花嫁達が、その様子を遠目に眺めていた。
「シュトラちゃん、あんなに綺麗になって…… う゛う゛う゛、正妻であるメル様が隣に居るこの状況ではありますが、お似合いであると言わざるを得ません……!」
「むむむむむ…… 挙式の一番槍を取られてしまったのは、やはり正妻として悔しい気持ちになってしまいますね。明日の式、私の順番に変わらないでしょうか?」
「ハァ、ハァ……! 嫉妬するメル様もまた趣深い……! リ、リオン様、どうか御一考のほどを……!」
「駄ー目。いくらメルねえやコレットのお願いでも、それだけは譲れないよ。でも、シュトラちゃん本当に綺麗だね! ケルにいも格好良いし!」
「フフッ、ケルヴィンは私の夫になる男だし、シュトラはそんなケルヴィンに選ばれた一人だもの。どっちも至極当然の事よ」
「わっ、セラさんったら凄い自信。まあでも、ケルヴィン君に目を付けた早さって点なら、私もこの中でナンバー2に入る訳だし? アンジェお姉さんの人を見る目も、なかなか馬鹿にならないよね?」
「こ、恋心を抱いたという話であれば、私も負けていないかと……!」
「もー、アンねえもエフィルねえも負けず嫌いなんだからー」
「あの、体臭の嗅ぎ分け対決であれば、このコレットにも勝機が幾分かはあると思うですが、どうでしょうか……?」
「安心なさい。その勝負で貴女に勝てる者は、恐らくこの世に存在しませんから」
「や、やりました! メル様からのお墨付きを頂いてしまいました!」
「コ、コレットも負けず嫌いだよね、あはは…… 取り合えず、おめでとうだね!」
祝福の仕方は実に様々だが、ともあれ祝福は祝福。純粋な気持ちでケルヴィンとシュトラを祝う花嫁達は、二人の未来に幸あれと祈るのであった。尤も、一番幸せになるのは自分であると、そう信じて疑わない心が前提にありはしたのだが。
(あれ? メル様とリオン様が幸せになって、シュトラちゃんも幸せになる。その光景を目にしながら近くにも居て、更にはケルヴィン様と結婚もできる私、ひょっとして一番幸せなのでは……?)
……尤も尤も、このタイミングで一番幸せなのは自分なのでないかと、そう自覚し始めたデラミスの巫女も居たりするのだが。
「ところでさ、ちょっと気になっていたんだけど」
「ん? 何が気になっているのよ、リオン?」
「いやさ、シュトラちゃんってセルシウス家に嫁入りして、シュトラ・セルシウスになるでしょ? それって、もうトライセンの王族ではなくなるんだよね? 今までシュトラちゃんがトライセンでやっていた仕事とか、大丈夫なのかな? ほら、前までは次の王様はシュトラちゃんだって、そんな期待もされていたし」
「なるほど、当然の疑問ですね。ですが、その辺りを心配する必要はないと思いますよ」
「コレットは何か知っているの?」
「ええ、それでは手短に説明を致しましょう。リオン様の仰る通り、今後シュトラちゃんは姓を変え、トライセンの王族からは外れる事になります。ですが、シュトラ・セルシウスとしてトライセンに再就職する予定になっていますから、特に問題はないのです」
「さ、再就職!?」
「それって王族とは関係なしに、トライセンに一般公募するって事? 理屈はまあ分かるけど、嫁入りしたお姫様がそんな事をするのってアリなの?」
「他国の王の下へ嫁ぎに行くのであれば、普通は許されないでしょうね。しかし、今回のパターンは別です。嫁ぎ先であるセルシウス家、そのご当主様であるケルヴィン様は、何よりも自由を愛される冒険者――― つまり、シュトラちゃんも家の名に縛られる事なく、自由に動く事ができるのです!」
「わっ、結構な暴論な気がする! けど、居候していた今までとそう変わらないし、別に問題はないのかな?」
「トライセンとしても、国の根幹を担うシュトラ様の続投は、歓待すべき事柄でしょうからね。あの通り、国民の皆様にも喜ばれそうですし」
「あー、他の国々からしてみても、シュトラの続投を認めた方が情勢の安定に繋がりそうよね」
「そうでしょうそうでしょう。ちなみにこの不肖コレットも、同じような手法でデラミスの巫女を続ける予定です。ただ今までとは違い、祈りを捧げる時間はメル様の目の前で! 間近で! 直接させて頂く予定ですが!」
「……えっ?」
そんな話、聞いていない。か細い声と共に、メルは真顔になっていた。




