第306話 禁断の愛
誤解は解かれた。いや、正確に言えば、新たな誤解を生んでしまったと言うべきだろうか。リオンの結婚相手はエドガーではない。俺がそう言った際、例の彼はとても安堵したような表情を浮かべ、他の女生徒達は酷く落胆した様子だった。で、俺がその落差に苦笑いしていると、ある生徒がこんな事を聞いてきたんだ。
「それじゃあ、リオンちゃんは誰と結婚するんです?」
「俺だが?」
「「「「「……はい?」」」」」
その後、辺りは再度地獄と化した。意味不明な奇声を上げ始める例の彼、女生徒達は再び黄色い声で悲鳴を上げる。挙句の果てに事情を知っている筈のドロシーからは、俺を睨み殺すレベルの視線がお届けされてしまった。うん、殺気に満ちた視線が心地よい――― ではなく、流石にこれは俺が悪かったと思う。殆ど反射的に答えてしまった訳だが、今回は俺が迂闊だった。この子らは俺とリオンが本当の兄妹だと思っているのだから、驚いてしまうのも無理はないんだ。
「それって禁断の愛ってやつ!?」
「そうよ、きっとそうに違いないわ!」
「しかも奥様の前での堂々宣言よ! もう家族内でも了承されているんだわ!」
「まあS級冒険者なら、そういうのもアリなのかね? 同じS級冒険者の『女豹』なんかも、世界各地に男を作ってるって言うし」
「いやー、それでも妹を娶るってのは、相当やばい話なんじゃないか? 流石の王族貴族もそんな話は殆ど聞かないぞ?」
「貴方達、馬鹿ね。だからこその禁断の愛なんじゃないの。 ……盛り上がるんじゃないの!」
「「は、はぁ……?」」
「ど■■■事な■ぉぉぉ■■■!?」
とまあ、こんな風に好き勝手に言われてしまうのも、ある種仕方がないだろう。 ……こんな時に指摘するのもアレだが、ラストの例の彼、ガチ切れした時の義父さんみたいな声になっていないか? 何か血涙を流しているし、その量もついさっきまでの俺と義父さんの感涙並みだし、マジもんの呪いが発現しているような気もするし――― つまり、大丈夫だろうか?
「ケルにい! 誤解、誤解を解かないと! このままだとシャル君が死んじゃうよ!」
「っと、そうだったそうだった!」
改めて誤解を解くべく、俺とリオンは実は本当の兄妹ではない事を説明する。これにより、女生徒達の認識は近所の仲の良いお兄ちゃんと結婚する、くらいの認識に修正されたのだが―――
「どっちにしろ結婚するんじゃんかぁぁぁ! ■■■■■■■■!」
―――例の彼だけは勢いが止まらず、むしろ呪いの言葉が強化されている節があった。おいおい、まさか進化を経る事もなく、固有スキルを新たに習得してしまったのか? ひょっとして、彼ってば意外な才能があったりする? 鍛えれば強くなったりする? ……アリ、かもなぁ。
「ケルヴィン、無駄な妄想を膨らませるのは勝手だけど、そろそろ本当にシャルルがやばいわよ? 具体的に言えば、呪いの武器を大量に受けて進化した、あのクライヴみたいな方向で進化するかも」
「クライヴ君並み!? そんなに凄い呪いを自力で生成してんの!?」
ベルの言葉を受け、冗談ではなくマジでやばいのだと再認識。取り合えず原形を保っているうちに、魔法で気を失わせる。そしてリオンに軽く触れてもらい、『絶対浄化』で呪いを解除。暫くこうしていれば、いずれは完全に浄化できると思うが…… ちょっともったいないかも、なんて思いも実はあったり。いや、しないよ? 流石の俺もリオンの友達(?)に、こんな禍々しい力を開花してもらおうなんて、本気では思ってないよ? うん、ほんの少ししか思ってないってば。
ともあれ、歪なる進化先である『呪人』に至る寸前のところで、例の彼を救出(?)する事に成功した俺達。解呪の為にリオンが触れている為なのか、先ほどまで憎に塗れていた表情も、実に健やかなものへと――― いや、健やかを通り越して、何か煩悩チックな感じになってきていないか? ……リオン、そろそろ手を離して良いぞ。何々、まだ解呪し切ってないよって? 大丈夫、あとは俺の魔法で解呪するから。懇切丁寧に解呪して差し上げるから。
「「……ハッ! こ、ここは……?」」
それから暫くして、例の彼が義父さんと全く同じタイミングで目を覚ました。ふう、取り合えずはひと安心かな? これからのクロメルの学園生活を考えると、逆に安心できなくなってしまった訳だが。って事で、そろそろ本題に移ろう。
「うー、何だかハッピーエンドな雰囲気だけど、やっぱり私はリーちゃんとずっしょが良かったー……」
「落ち込んでいるところ悪い。雷竜王、個人的なお願いがあるんだが」
電気が伴った溜息を吐いている雷竜王に、タイミングを見計らって声をかける。雷竜王はリオンの親友であり、クロメルとも仲が良い。竜王だけあって実力面でも信頼ができ、正にクロメルの警護役に打って付けだ。是非とも、土下座してでもお願いしたい!
「あ、リーちゃんのおっとーぢゃん。って、ちょいちょーい、私の事をそんな堅っ苦しい呼び方をすんなし。気安くラミちゃんでおけ!」
「……ラミちゃん、お願いがあるんだが」
今更なんだが、この竜族の頂点、何でギャル口調なんだろうか? そもそも、この世界にギャルって概念あったっけ? ……いや、多分これ、深く考えちゃ駄目な類だな。スルーしとこ。
「で、お願いって何? 内容によってはメンディーなんだけど? 私今メンブレってるから、あんま期待しないでほしいし」
「う、うん……?」
スルーしようにも、ラミちゃんの言葉の意味が殆ど理解できない。辛うじてあんま期待すんなって事は分かったけど、やっぱり普通に喋ってほしいです……
「その、今年でリオンとベルが卒業するだろ? クロメルは心配するなって言ってるけど、それでも心配しちゃうのが親心ってもんなんだよ。でさ、クロメルに悪い奴が近付かないように、それとなく見守ってくれると嬉しくてだな……」
「あー、ボディーガードを頼みたいって事? 無理なやりらふぃ~が近付かんように、見守る的な?」
「や、やりら……? いや、うん、多分そう! そうなんだよ!」
「りょー」
「……え?」
「あ、いーよって意味ね。ま、おっとーの気持ち、分からん訳でもないし」
「そ、そうか、助かるよ……」
雷竜王ラミちゃん、至極軽いノリのまま了承。相変わらず言葉遣いは難解だが、今はそのフットワークの軽さが逆にありがたい。
「でもさ、私ってクロメルとは寮が別なんだよね。ほら、私はボルカーンで、クロメルはセルバの寮ぢゃん? そんなに心配なら、セルバの誰かにも頼んどいたら?」
「む、確かに…… けど、セルバに適任者って誰か居るのか? 恥ずかしながら、パッとは思い浮かばないんだが」
「居る居る、超居るよー。ほら、あそこの七三で眼鏡かつおっきいの。対抗戦でも見たっしょ?」
ラミちゃんが指し示した方を見ると、そこには七三の髪型で眼鏡をかけ、尚且つ見上げるほどの巨体を誇る男子生徒が居た。制服を纏っていなければ、むしろ教員に見えてしまいそうだ。確か、彼の名はグラハム・ナカトミウジ。ツバキ様の推薦を受けて学園に入学した、文武両道の好青年だ。対抗戦ではあのバッケと引き分けるほどの力を見せ、俺が密かにしたためている『いずれバトルしたい人物帳』にも、しっかり名が記されているほどの人物である。確かに彼であれば実力・性格と共に問題はなく、寮もクロメルと同じセルバという事で、適任中の適任だろう。シルヴィアやエマの弟分という事も分かっており、出自も盤石である ……が、しかし。
「むむむむむ…… 男なのがなぁ……」
「あ、そこも心配なんだ。草」
「フッ」
笑い事じゃないんだが? 子を持つ親心はどこまでも繊細なんだが? そしてベル、お前もこっそり笑っただろ? 笑い事じゃないんだが!?
「全く、貴方はクロメルの事になると、別人になるくらい心配性ね。別にあの子なら、そこまで心配する必要なんてないと思うけど? と言うか、全然必要ないわ。するだけ無駄よ」
「いやベルよ、そこまでクロメルを信頼してくれるのは嬉しいけどさ、実際問題、クロメルはそこまで強くは―――」
「―――フッ」
あ、また笑った! 笑い事じゃないんだが!?




