第295話 対戦相手②
―――神皇国デラミス・デラミス大聖堂
デラミスの巫女が祈りを捧げる神聖なる場、デラミス大聖堂。聖域は静寂に包まれ、今日も厳かな雰囲気を醸し出している。
「こ、これは、一体……!?」
しかし、その静寂は他でもないこの場の主、コレットによって破られる事となる。メルやケルヴィンと接触さえしなければ、或いはそれに類似する出来事が起きなければ、基本的にコレットはパーフェクト聖女で居る事ができる。そんな聖女モードの彼女から、このような動揺の声が漏れるのは、非常に珍しい事である。なぜコレットは、これほどまでに動揺しているのか? その原因は他の皆々にも送られた、ケルヴィンからの念話にあった。
デラミスで行うコレットとケルヴィンの結婚式、“ちょっと待った”をされるのはこの式も例外ではなく、選考にて見事勝ち残った強者が、その役割を担う事となっている。そこまでは良い。当然コレットもその事は知っているし、自ら承知もしている。しかし、その“ちょっと待った”をする者の名前、そこに問題があった。
「い、いえ、見間違いかもしれません。落ち着いて、もう一度確認してみましょう。私の式で“ちょっと待った”をされる方は、謎の剣士Sさんで決まったと――― 謎の剣士Sって誰です!?」
そう、念話で知らされた相手の名は、本名ではなく二つ名的なものだったのだ。他の皆の相手はしっかりと本名が記されているのに、コレットの相手だけは『謎の剣士S』である。これでは知らせの意味がなく、相手の正体も不明のままだ。
「れ、冷静になりましょう。ヒントがない訳ではないのです。謎の剣士、それにS…… その条件で最初に思い浮かぶのは、やはりSilviaさんでしょうか。しかし、彼女はシュトラちゃんの式で参加予定の筈。それに、このような回りくどい事をするような方でもありませんし…… となれば、あとは……」
コレットは一通り頭を抱えた後、現状判明している要素で相手を推測する事にした様子だ。情報はごく限られている。が、“ちょっと待った”の本決まりにまで残れるような人物もまた、この世界には限られている。シュトラと並ぶほどの聡明な頭脳を持つ彼女であれば、その答えに行き着くまで、そう時間は掛からなかった。
「……まさか」
「おっと、何かお悩み中かな? 私で良ければ話を聞くぜ、コレット?」
コレットの背後から、不意に何者かの声がした。しかもその声は、丁度コレットが脳裏に思い浮かべていた人物のものでもあった。あまりにもタイミングが出来過ぎている為、コレットの疑念は確信へと変わる。
「……巫女が祈りを捧げるこの時間帯、大聖堂への立ち入りは禁止されています。貴女もご存じの筈ですよね、セルジュ様?」
コレットが振り返ると、そこには予想通りの人物が居た。セルジュ・フロア、元『守護者』にして自称最強勇者であり、実際にその地位を欲しいがままにする自由人である。
「えー、そんなお堅い事を言わないでよー? 私、一応はデラミスの関係者なんだからさ。それよりも、私に何か聞きたい事があったんじゃないの? そんな顔をしている気がするなぁ~?」
「ハァ、あまりに怪しくて、むしろ違うんじゃないかと思えてきました。 ……では、率直にお伺いします。私の式で“ちょっと待った”をする予定の、謎の剣士Sを名乗る人物――― ズバリ、これは貴女なのでは?」
犯人はお前だとばかりに、ビシッとセルジュを指差すコレット。
「……ふーん? 何でそう思うの?」
「なぜ名前を伏せているのかは分かりませんが、セルジュ様は世界屈指、いえ、世界最強の剣の使い手です。参加に至るまでの実力を疑う者は皆無でしょう。また、お名前もSergeとイニシャルがSと一致しています。更にはこのタイミングで私の目の前に現れる不自然さ――― 何から何まで、要素を満たしていますよね?」
「ほうほう、確かに確かに、納得のいく素晴らしい推理だね」
セルジュは不敵な笑みを浮かべながら何度も頷き、流石だとばかりに軽く拍手まで披露し始める。だが、しかし。
「フフフ、実はね~…… 残念! 違うんだなぁこれが! 戦うのは私じゃないよ!」
「そうですか、やはり貴女が謎の剣士Sで――― って、ええっ!? 違うんですか!? ここまで匂わせて引っ張ったのに!? じょ、冗談でもなくって、ですか!?」
「ここまで匂わせて引っ張ったけど、冗談でもなく私じゃないよ? いや、本当に。けど、折角だしコレットにだけはヒントを教えてあげようかな? 実はさ―――」
―――迷宮国パブ・冒険者ギルド本部
「いやいやいや! ……いやいやいやいや、何で私の相手がそこなのぉ!?」
セルジュがヒントを明かしていた丁度その頃、冒険者ギルド本部のギルド総長室にて、アンジェのそんな叫びが轟いていた。パブでの挙式を断る為にシンに会いに来た、そんなタイミングでもあった為、一瞬部屋の空気が凍る。
「……おいおい、唐突に何事だい? 世界の終わりでも予見しちゃったのか? やばいな、どうしよう?」
アンジェの真向かいに居たシンが、葉巻に興じながら当然の疑問を口にする。
「う、ううーん、私にとってはそれに近しい出来事? かもです! ちょっと聞いてくださいよ、シン総長! 私の“ちょっと待った”の相手、あのマリアさんに決まっちゃったみたいなんですけどッ!」
「ほう、そいつは良かったな。アダムスに並ぶ当たりくじを引いた訳だ」
「当たりじゃなくて、歴とした外れくじ! 意味不明な不死性を持つマリアさんが相手じゃ、私の能力を活かし切れませんよ~! 首をいくら狩っても再生するだろうし! 私との相性最悪です! 絶対暗殺対象に向いてない!」
「まあ、あの怪物なら秒でするだろうね。つか、首を狩られながら反撃してくる姿が容易に想像できる」
話を聞きつつも、他人事のようにスパスパと葉巻を吸い続けるシン。
「もう! 総長ったら完全に他人事じゃないですかッ!」
「いや、実際他人事だし」
「ブーブー!」
「あー…… 分かった分かった、そう喚くな。こうも騒がれちゃあ、たまの仕事も進むに進まん。仕方ないから、そのマリアと実際に刃を交えたこの私が、少しばかりのアドバイスをしてやろう」
「わあ、さっすが総長! 頼りになる~!」
待ってましたとばかりに、アンジェが表情を一転させる。こいつ、これを狙って騒いだな? なんて事を考えつつ、シンは吸い終わった葉巻を灰皿に置くのであった。
「マリアとの戦闘、そこで気を付けるべき事はね…… 奴と戦わない事だ!」
「へえ、そうなんですね! 為になるなぁ! ……で、冗談ではない本当の助言の方は?」
「……? 別に冗談なんて言っているつもりはないが? 冗談でも何でもなく、素直に諦めるが吉だ」
「そのアドバイスこそ、冗談じゃないんですけど!?」
アンジェ、絶望味が一気に増す。
「そうは言ってもな、アレは常識外に生きる怪物だ。いくらダメージを与えたところで、瞬時に、それも自動で回復されたらどうしようもない。仮に奴のHPを一撃で削ぎ落とせたところで、どこかに肉片の一つでも落ちていたらアウトだ。かと言って持久戦もお勧めしない。何日何十日と戦い続けたとしても、奴のスタミナとエネルギーが切れる光景なんて、全く思い浮かばないだろう? まあ、そんな手自体、結婚式の余興向けじゃないと思うが」
「うっ……」
「それに加えて、こっちは一撃でも奴の攻撃を食らったら、それまたアウトだろう。マリアは未だ力の片鱗しか見せちゃいないけど、それでも十分やばい。奴が軽くはたいただけで、私自慢のジルドラグッズが壊されちゃったんだぞ? アレが本気を出して動いたら、一体どれだけ速くてどれだけやばいのか…… フッ、想像するだけでもグロい! やっぱり諦めるが吉!」
「ううっ……」
シンの話を聞けば聞くほどに、余興の勝利が遠のいていく。アンジェもそろそろ、本気で泣き出したい気分になってきていた。
「以上が私からのアドバイスだ。で、どうする? 諦めるか? 潔く諦めるのなら、残念賞として葉巻を一本プレゼントしよう」
「うううっ…… うん、やっぱりそうですよね! 分かってました!」
「おろ?」
が、次の瞬間に顔を上げたアンジェは、なぜかやる気に満ち満ちているようだった。瞳が死んでいない。挑戦的な笑みさえ浮かべている。
「マリアさんがどんだけやばい存在かなんて、戦力分析に長けた私が一番分かってますよ! けど、私とケルヴィン君はこれっぽっちも諦めません! むしろ、やってやろうって感じで燃えます! 前評判を覆して勝ってこそ、式も盛り上がるってものですからね!」
「……へえ、リオルドも諦めの悪い後輩を持ったものだ。まあ、先輩の先輩として応援はしてやるよ。精々頑張る事だ」
「そうさせてもらいます。じゃ、私はこれから対策を練らなくちゃなんで!」
そう言って、アンジェはギルド総長室を飛び出して行った。言葉通り急いでいたんだろう、能力を使って壁を透過しての退出である。
「……仕方ないな。我が儘を言って目をパクった借りもあるし、ほんの少しだけ、リオルドの後輩ちゃんを手助けしてやるか」




