第292話 天才
「ふう、結局俺のやれる事はあんまりなかったな……」
ララノアを抱っこしながら、休憩がてらに里の中を散策する。どうやら式についてのハッキリとした構想は、既にエフィルの中で出来上がっていたようだ。で、張り切るエフィルがトントン拍子に準備を推し進めてくれたお陰で、準備の出だしは順調そのもの。そこに俺の出る幕はなく、相槌マシーンと化す事しかできず――― うーん、尽力するとか言っておいて何だが、基本的に皆この流れになっちゃうんだよなぁ。まったく、本当に頼りになり過ぎる嫁さん達である。まあ、ウィアルさんと一緒にお茶をしている今くらいは、ゆっくりしていてほしいものだ。
「あう!」
「お、どうした、ララノア? お腹でも減ったか?」
「うー……」
っと、違いますかそうですか。んー、オムツが汚れている訳でもないし、さっき起きたばかりだから、眠い訳でもないよな? ララノアが目を覚ました瞬間、またネルラス長老やウィアルさんが魅了されちゃって、色々と大変だったっけ。ああ、いや、今はそんな事よりもララノアだ。
「別に不機嫌そうでもない、むしろ…… 興味津々?」
「まっ!」
何やら里に興味を持った様子だ。ええと、赤ちゃんの視界って、生まれて暫くは殆ど見えていないんだよな? それなのに、木やら建物やらを頻りに気にしている。ララノアに流れているエルフの血がそうさせているのかな?
「本能に訴える何かがあるのかねぇ…… 何はともあれ、興味津々なララノアもかわゆいなッ!」
「ぱっ!」
「あぶっ」
ララノアにペシンと顔を叩かれてしまった。今のはツッコミだったのかな? なるほど、この歳でツッコミという概念を理解し、その上で俺に不意打ちを成功させたのか。 ……やはりこの子は天才か!
「ご主人様~、さっきからずっとニヤニヤしているけど、大丈夫?」
「えっ? ……リュ、リュカ!? いつの間に俺の背後に!?」
突如として聞こえてきたリュカの声に、俺は驚愕する。まさか、リュカにまで不意打ちを許すとは。しかしながら、驚愕しつつもララノアには一切の衝撃を与えない。ララノアの為ならば、心は驚いても体は不動を貫くのだ。
「ずっと後ろに居たよー。と言うか、分かって言っているよね?」
「ハッハッハ…… ちょっとした息抜き的な冗談として受け取ってくれ」
今回の式準備の旅、実はリュカも同行していたりする。エフィルはあの通り仕事に燃えている訳だが、今は式の準備で忙しいのもまた事実。信頼の置ける部下が近くに居れば、負担は軽減されるだろうという目論見だ。まあ、今までずっとパーズで留守番を任せていたから、たまには付き添いとして、外に連れ出したいという魂胆もない訳ではないのだが。
「それで、どうかしたの? まあ、聞かなくてもララノア様関係って事は分かるけど、一応聞いておくね」
「あ、ああ、よく分かってるじゃないか…… それがさっきから、里に興味津々な様子でさ。まだ目もよく見えてないってのに、よく分かるもんだよ」
「そうなの? わ、本当だ。メイド長の『千里眼』が遺伝してるとか、そんな事もあるのかな?」
「うーん、どうだろうな? それはスキルの力だし、ステータスにもそんな記載は今のところない筈だが…… まあスキル云々ではなく、元々備わっている力って事なら話は別だけどな。ほら、『剣術』みたいなスキルがなくても、地力の能力が高いパターンとかはあるからさ」
「じゃあ、可能性は十分あるって事だね? ララノア様、まだ赤ちゃんなのに将来有望だね~」
「だろう?」
フフンフフフンと上機嫌な俺。
「で、そんなララノア様が特に興味津々なのは、あそこっぽいね」
「ん?」
リュカが指し示した先にあったのは――― 弓の練習場、だろうか? 指南役らしきエルフの男性が、何人かの子供達に弓矢の使い方を教えているのが見える。
「ほう、流石はララノアだ。この歳から弓に興味を持つとは、向上心の塊過ぎてパパ泣きそう……」
「ご主人様は情緒不安定が過ぎるね~。それで、どうする? 流石に射るのは無理だけど、弓だけでも触らせてもえないか、お願いしてみる?」
「あっ!」
「凄い勢いで肯定してきたな、やはり傑物……!」
とまあ、最近ちょっと義父さんに似てきたのが悩みの種な俺だが、今はそんな事はどうでも良い。ララノアがそれを所望するのであれば、俺が喜んで頭を下げて来よう。お願いします! お願いしまっす! ちょっとで良いんで、ララノアに体験学習をさせてやってください!
「あ、あははは…… え、ええ、もちろん構いませんよ。練習用の弓なので、矢には鏃も付いていませんし」
「俺、こんなに必死な大人の人、初めて見たかも……」
「私も……」
初手土下座(ララノアの抱っこ役はリュカに移動)を決行したのもあって、指南役は快く弓と矢を貸してくれた。若干どころか相当に引いている気がしたが、気がしただけのでノーカンである。子供達からの視線も痛いが、きっと気のせいだ。
「ララノア様、これが弓だよ~。ご主人様が恥も外聞も捨ててまで借りた、ある意味で貴重な品だよ~」
「あー、うあ!」
「おお、ご満悦になってる……!」
嬉しそうに弓と矢に触れるララノアを見て、俺の心もまた飛び跳ねる。土下座した甲斐は十二分になったが、飛び跳ね過ぎて心臓がもたないぞ、これは。
「わうー、あうー」
「へへっ、この子、俺達の真似をしてるぜ? おませさんだなー」
「サイズ感が全然違うから、流石に無理だよー」
「でもでも、こんなに小さいのに真似ができるって凄くない? ひょっとして、すっごく頭が良いのかも?」
どうやらララノアは子供達にも人気のようである。当然と言えば当然の事なのだが、何だかほっこりしてしまう光景だ。そんな光景の中心がララノアであれば、それは尚更で―――
「―――ぱうっ!」
ララノアの可愛らしい声がした後、ヒュッ! という風切り音が、練習場の的の方から不意に聞こえてきた。何事かと的の方を見てみると――― おおう、こいつは……
「な、何だ? 独りでに的が、真っ二つに割れた……?」
そう、木製の的が綺麗に両断されていたのだ。まるで剣の達人が斬ったかの如く、断面も非常に滑らかである。
「ねえねえ、あの的って古いやつだったっけ?」
「駄目だよ先生! 備品はちゃんと管理しておかないと、長老に怒られるよ!」
「お、おかしいな。前の的が駄目になって、今年作り直したばかりの筈だったんだけど…… 一つだけ古いのが残っていたのか、かな? ハハ、ハハハ……」
子供達の質問にそう答えるも、指南役の顔は引きつっている。どうやら、彼はたった今ララノアがしてしまった事を、何となく察しているようだ。
「ご主人様、今のって……」
「ああ、間違いなくララノアの仕業だ。たった今『緑魔法』を習得して、見様見真似で風の矢を放ったんだ」
「はぶはぶっ!」
キャッキャッと喜ぶ我が子の手を覗く。ああ、やっぱりそうか。ララノアの手には、一瞬だけ弓の形に魔力が変容した名残があった。恐らくはF級緑魔法の【風刃】を、コントロールしやすいように改良した上で放ったんだろう。また、ララノアのステータスを確認してみると、スキル欄に『緑魔法』の文字も確認できた。
「さて、一体何から驚くべきかな? 誰に教わるでもなく、自分でスキルを覚えてしまった事からか?」
「それもそうだと思うけど…… 初めての魔法って、あんな風にできるものなのかな? 何だかご主人様の魔法とメイド長の弓を併せたみたいになってたよ?」
「そうなんだよな。けど、常識的に考えたら無理だよ。俺だって最初はおっかなびっくりだったし、指導もなしに改良だなんて、夢のまた夢だ。普通はな」
「普通って言うと…… えっと、つまり?」
「つまり…… ララノアが軽くそれを実現させてしまう、超のつく天才だって事だ! ラーラーノア! ラーラーノア!」
胴上げの代わりに高い高いをして、ララノアを心から称える。
「え、何々?」
「何だかよく分からないけど、楽しそう!」
「ラ、ラーラーノア!」
その後、そんな俺の声を面白く思ったのか、エルフの子供達も声援に参加し始め、最終的には結構な規模のエールに至るのであった。
「「「「ラーラーノア! ラーラーノア!」」」」
「まっ!」
盛大に褒められて嬉しいのだろう。ララノアも今日一番の笑顔を浮かべ―――
「あの、的の弁償をして頂いても……?」
「あ、はい。大変申し訳ない気持ちで一杯でして……」
―――俺は心からの謝罪と、特注の的を作る事でこれを弁償するのであった。




