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第88話 混成魔獣団

 ―――紋章の森・東端


 深夜、紋章の森は静寂を保っていた。元々森に棲むモンスターも大半は昼行性、このような時間に活動する者は数えるほどしかいない。


 だが、そんな森に異端となるモンスター達がいた。木々の高さに匹敵する巨体にも関わらず、野生では見ることはないであろう、統率された動き――― それは正に、モンスターで構成された軍隊であった。


「副官殿、準備が整いました」


 倒木に腰掛ける壮年の男に、その部下らしき若者が敬礼する。両者の腰には鞭が装着されていた。攻撃にも使用されるが、主な用途は躾を行き届かせる為。調教師が好んで扱う武器である。


「思ったよりも早かったな」

「当然ですよ。今日で侵攻も4度目、いよいよ亜人共を一掃できるじゃないですか! ガウンの奴らを誘き寄せる為とは言え、ちまちまと拉致するのも皆飽きてましたよ。副官殿もそうでしょう?」


 ニヤニヤと若者は口を歪ませて笑う。


 トライセンは人族至上主義を是とする。国民は幼少の頃よりそのように教育され、奴隷である亜人達を虫のように扱ってきた。この若者も例外なく当てはまり、モンスターや亜人を使役する『混成魔獣団』に自ら進んで志願した。若くして大隊長にまで昇格した有望株である。


「まあな。しかし、無抵抗のエルフ共には笑えたな。奴ら、抵抗しなければ殺されはしないと本当に思ってるだろうぜ」

「いやはや、行き着く先は人体実験か、兵を発散させる為の道具だと言うのに…… ああ、私は亜人を相手するなんて嫌ですよ?」

「お前は貴族の出だったか。そう言わずに試してみろ、結構良いもんだぞ?」

「遠慮しますよ。それよりも私の使役するモンスターと同じ寝床に入れさせた方が面白そうです」

「まったく、お前も良い趣味してるよ……」

 

 雲に隠れていた月が顔を出す。月明かりで辺りがぼんやりと照らされ、紋章の森に集結した勢力が姿を現した。その数はゆうに1000を越え、その全てがB級以上のモンスターであった。それも長老の話にあった巨人族だけでなく、ありとあらゆる種族のモンスター達だ。


 混成魔獣団に所属する人間は500人もおらず、トライセンの軍隊で最も少ない。だが、その500人は全員が調教師の職業を持ち、配下となるモンスターを使役する。調教師達にモンスターや奴隷に対する愛情などはなく、単なる兵器として扱う為に、最も代えの利く部隊として最前線にてその役割を担う。犠牲を厭わぬモンスターの進撃で、大戦時代は相手国を恐怖のどん底に陥れてきたのだ。


 何とこの場には混成魔獣団の半数ともなる兵が集結し、副官を筆頭に次なる戦に備えていた。


「ガウンに十分に情報を与え、討伐にやってきた戦力を叩く。トリスタン将軍が考案したこの作戦、3度目にして漸くガウンの軍がやってきたが、所詮あれは末端部隊だ。おそらくは次が本命だろう。まあ、いなければいないで悠々とエルフが手に入るだけだ」

「この戦力であれば獣王やその息子共が来ても勝てますよ。副官のそれだっているんですから」

「………」


 壮年の男の背後で跪く一際大きな巨人。その野太い首には古代文字が描かれた首輪が着けられていた。


「将軍もこの首輪をどこで手に入れたんでしょうね? お陰でモンスターの捕獲は楽になった訳ですが」

「これは噂だが、最近王城に出入りしている商人から仕入れたらしい。どこのどいつだか知らないが、これを装着させただけでモンスターが大人しくなっちまうんだからな、大したマジックアイテムだよ。特別製のこの首輪なんてS級にも効果がありやがる」

「特別製は全部で3つでしたか。何でも1つはアズグラッド王子に献上したとのことでしたが……」

「もったいないねえ。その1つでどれだけ部隊が強化できることだか。まあ将軍のことだ。何か考えがあるんだろう。王子に恩を売るとかな」

「恩を、ですか?」

「例えばの話だよ…… さて、そろそろ時間だ。お前は第4部隊を率いて正面から先行しろ。後発として大隊長のディルに第5部隊を率いらせる」

「副官殿は?」

「俺は状況を見極める。 ……では、蹂躙を開始するぞ」


 副官は高々と上げた腕を里の方向に向け振り下ろす。地響きを轟かせながら、魔獣の軍隊は行動を開始した。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ―――紋章の森


 第4部隊は森の中腹へと差し掛かる。絶えず飛行系モンスターを斥候として出しているが、今のところはガウンの軍隊がいる気配はない。


「大隊長、どうやらガウンの腰抜け共はいないようですな。もしや、我々に恐れをなして逃げたのでは?」

「ああ、これだけの大音を立てての行軍だ。気付かない訳はないだろうが…… 下劣な奴らのことだ、伏兵に注意して進もうじゃないか!」


 部隊の最後列で兵士達の笑いが爆発する。緊張感がないのは調教師である彼らが陣の後方、所謂安全圏にいる為だろうか。それとも、屈強なモンスター達が最前線で護りを固めながら進軍している為か……


 例えそうだとしても、絶対の安全など戦場にありはしないのだが、彼らは気にせず進軍を続ける。キルゾーンの境界線を踏み越えたことを知らずに―――


「ぐぁっ!?」


 突如、大隊長の前方でモンスターに騎乗していた兵士が仰向けに倒れ込んだ。


「どうした!?」

「わ、分かりません! 突然こいつが倒れてしまって……」


 周囲にいた兵士達が倒れた者を起こそうと駆け寄るが―――


「おい…… ひっ!」


 男の眉間には小さな穴が開いていた。つい先ほどまで何かが刺さっていたように、ハッキリとした穴が。そこから真赤な血がドロドロと流れている。素人目にも、彼は死んでいた。


「こ、これは矢の痕か?」

「馬鹿な、弓の風斬り音も何も聞こえなかったぞ!? 何より、斥候に出ているモンスターからも未だに反応がない! エルフの集落もまだ当分先の距離だ!」

「だが、現にこいつは―――」

「ぎゃっ!」


 少し離れた部隊から断末魔が聞こえてくる。どうやら次の犠牲者が出てしまったようだ。


「敵襲ー! 敵襲ー!」

「モンスターを壁にして身を守れ! 敵は見えない攻撃をしてくるぞ!」


 先ほどの空気が一転し、部隊は混乱に陥ってしまう。モンスターを、或いは木々を盾として兵士達は身を潜めるが、少しでも頭を出そうものならば即座に射殺される。


「こんな攻撃、今まで一度もなかったぞ……! この中をエルフの集落まで進むと言うのか? 馬鹿な……!」


 ジリジリと前に踏み出すも、正体不明の攻撃は休むことなく降り注ぐ。大隊長である若者の顔は見る見るうちに青くなっていった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ―――エルフの里・弓櫓


「エフィル、次はトロールの後ろに隠れたあいつだ」

「承知しました」

「あの階級の高そうな男は後回しな。捕まえて色々と吐かせる」


 トライセンの部隊がエフィルの射程範囲に入ってきてから数分、俺はエフィルの『千里眼』を借りながら侵入者の迎撃を開始した。


 見たところ、人間の兵士は全員調教師だ。戦法としてはモンスターを前面に押し出す力押しをセオリーとするのだろう。だとすれば、後方にいる調教師を先に倒せば部隊は自然と瓦解する。倒された調教師の配下であるモンスターの支配が解かれるからだ。トライセンの兵士達が配下のモンスターに対して親愛を持って接していれば、また違う戦略を取らざるを得なかったが、まあ、あいつらに限ってそれはない。


「その弓の調子も問題ないようだな」

「はい。魔力を篭めればどこまでも届きそうです。それに弓音も全くしません」


 エフィルに新たに贈った弓は隠密用のものだ。『隠弓マーシレス』は魔力を篭めることで矢が生成され、その魔力に比例して飛距離が伸びていく。何よりも特徴的なのは、弓を引く音、射る音が全くせず、放った矢に隠蔽効果がかかることだろう。効果は矢がぶつかるまで継続され、当たってすぐに矢は消え去る。証拠が何も残らないという怖ろしい弓なのだ。


『侵入者を確認した。各人の得た情報は随時ネットワークに更新していく』


 長老から貰った森の地図で、周囲の土地情報は既に分かっている。あとは敵の位置を書き込んでいけばいいだけだ。『並列思考』があれば指示を出しながらリアルタイムで更新していける。


『うむ。皆、ワシの分まで頑張るのだぞ』

『了ー解! ジェラールの出番はないから寝て待ってなさい!』

『セラ、皆殺しにしてはいけませんよ?』

『そうそう。メルねえの言う通り、偉そうな人は捕まえるんだよね?』

『可能であればな。あくまで目的は里の防衛だ。あまり森を荒らすような行為も禁止だからな』


 セラ達も森に散り始めたようだな。よし。


『それじゃあ、蹂躙を始めようか』

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