第281話 ちょっと待った
「……それはどういう意味です? 私に詳しく教えてください。直ぐに、今直ぐに」
「ルキル、まずは落ち着こうか。折角のお土産が冷え冷えだよ」
ルキルの発する凍てつくプレッシャーは、精神だけでなく物理的にも作用していた。その証拠に先ほどまで温かだった筈の焼き鳥が、今は冷凍状態にまで追い込まれている。
「あ、ごめ~ん。これってルキルちゃんの地雷だったっけ? 妾、うっかり♪」
「うっかりで地雷を踏み抜いたら、普通命はないと思うんだけど…… で、実際それってどういう事なの? あの死神がルキルを焚きつける目的で、そんな事を提案したって訳ではないよね?」
「当たらずと雖も遠からず?」
「パトリック、今直ぐ退院の手続きをしてきてください。あの色ボケ死神をこの手で葬ってきます」
「いやいやいやいや落ち着いて! マリアちゃんも紛らわしい言い方をしないで!?」
「てへぺろっ♪」
その後、パトリックはこんな時の為に用意していたメルのハンカチ(白翼の地で運良く拾った)を使い、何とかルキルを落ち着かせるのであった。
「うう、メルフィーナ様…… とても良い香り……」
「今度は泣き出しちゃったよ。どうするのよ、この惨状?」
「うーん、流石の妾も罪悪感で一杯な気分? じゃ、そろそろ真面目に話をしよっかな」
「最初からそうしてよ……」
病室に備え付けられた丸椅子にちょこんと座り、改めてマリアが語り始める。
「結婚式をやるって話は本当。でも、その形式が普通とはかなり違うんだよね」
「形式? どういう意味だい?」
「そもそも、ケルヴィンと結婚する子ってメルフィーナだけじゃないの。メルフィーナ含めて全員で七人、その人数分の結婚式を連日に亘って行うんだって。単純計算で一週間くらいかかるのかな?」
「うわー、そりゃまたハーレムって感じだねぇ。まあ元神だった僕からすれば、特段珍しいって印象ではないけど、下界の人達からすれば異例なのかな?」
「ギリギリギリギリ……! ケルヴィン、何様……!?」
「……異例みたいだね」
歯が砕ける勢いで歯軋りをするルキルの姿を見て、パトリックは静かに悟った。そろそろ本当に砕けそうなので、追加のメルフィーナの私物を与えて抑える。
「ふぅ、助かったよ。死神さんのお屋敷で久遠ちゃんがくすねた女神様グッズがなければ、今頃ルキルが大変な事になっていたよ」
「普通に泥棒だから、クオンにはかなり無理を言ってやってもらったんだけどね~。まあ、お代として妾の限定グッズを置いてきてもらったし、トータルでは向こうが得をしているんだけどね!」
「ハ、ハハッ、限定グッズ、ね……」
ちなみにケルヴィンとメルが私物の入れ替わりに気付くのは、もう少し後の事になる。
「話を戻すけど、その連続結婚式は日によって挙げる場所も変わるらしいの。七人のお嫁さんが居るとすれば、一日ごとに担当のお嫁さんが移り変わっていって、そのお嫁さんの大切な場所で式を執り行うって感じみたい」
「はえ~、それはちょっとした旅行だね。あ、いや、場所によっては世界旅行になっちゃうのかな? 本人達も大変だろうけど、参加するゲストも移動が大変になるんじゃないの?」
「その辺はほら、担当するお嫁さんによってお呼ばれするゲストも変わる事だし、全部に全部参加する人は稀なんじゃないかな? よっぽど皆と仲の良い人じゃないと、流石に一週間ずっとは厳しいもんね。まっ、妾は全部に参加するつもりなんだけど!」
「……あの、それって僕達も一緒になる感じです?」
「ううん、まさか。そもそもルキルちゃんが興味あるのって、メルフィーナっていう元女神だけでしょ? パトリっちもそこだけ参加して♪」
「なるほど、それを聞いてちょっと安心―――」
「―――ケルヴィン、殺ス」
「……している暇はなさそうだなぁ」
こんな殺意を剥き出しにしているルキルを、そんなおめでたい場所へ本当に連れて行くの? と、パトリックは視線で疑問を呈する。彼女が他の結婚式に興味がない事は、そもそも初めから分かり切っている事だ。が、興味を持つメルフィーナの結婚式だからこそ、連れて行ったら不味い事になる。それもまた分かり切っていた。
「まあまあ、パトリっちもそう不安にならないでよ~。今回招待された結婚式の面白いところって、実はここからなんだよ!」
「これ以上どう面白くなるのか、僕のキャパ内に止まってくれる事を切に願うよ…… それで、何がどう面白いんだい?」
「それがね、この結婚式…… その結婚式、ちょっと待った! が、正式に認められてるの!」
「……う、うん? えっと、つまり?」
ガルルルと猛犬状態に陥っているルキルをあやし、腕を噛みつかれながらも首を傾げてみせるパトリック。
「だからさ、その結婚式に反対を表明できる場があるの! もちろん催し物の一環でなんだけど、中には真面目に反対している人も居るらしいんだよね。ケルヴィン的には、そんな人達とのわだかまりを解消する目的があるみたい」
「解消って、具体的には何をするつもりで?」
「そりゃあもう、青春の殴り合いだよ~。あ、斬り合いでも良いかな? 結婚式に殴り合い斬り合い殺し合いは、やっぱり切っても切れない関係だもんね♪」
「う、ううーん……?」
パトリックは疑った。これ、ひょっとして冗談なのかな? と。もちろん、そんな訳はないと理解はしているが、元神である彼の視点からしても、そういった青春を結婚式に織り込むのは、正直どうかと思ったのだ。
「言ってしまえばこの催し、新郎&花嫁と結婚反対勢力による連続バトルなんだよね。異論があるなら拳で示せ! その障害を乗り越え、逆に認めさせてやる! この儀式を通過する事で、俺達は本当の意味で皆に認めてもらえる夫婦になるんだ! ……って、そんなスタンスらしいよ」
「じ、実力行使にもほどがあるスタンスだねぇ。そういうのもあり、なのかなぁ?」
いくら腕っぷし主義な世界とはいえ、自らの結婚式にまでそんなスタンスを持ち込むとは。パトリックの心は呆れを通り越し、そろそろ尊敬の念に至りそうになっていた。
「マリアさん、そのお話は本当ですか? であれば、当然私はメルフィーナ様の式に参加し、その権利を行使したいのですが」
「うわっ、ルキル!? きゅ、急に冷静にならないでよ……」
怒りが一周回って冷静になったのか、先ほどとは打って変わって、ルキルは冷静さを取り戻していた。その静けさが逆に怖いのだが、パトリックの腕に噛みつく行為は止めたようだ。ルキルの歯型がくっきりと残った腕を擦りながら、パトリックは迷う。これは大丈夫な冷静さなのだろうか、と。
「うん、ルキルちゃんなら当然そこを希望するよね。ならさ、ここに結婚式の招待状があるから、そこに希望内容を書いておいて」
マリアから招待状を手渡される。そこには結婚式への出席・欠席確認欄、そして催しの参加希望があるかの確認欄があった。
「スケジュールの問題もあるから、一つの式に対して“ちょっと待った”をするのは一名限り。他に希望者が居なければ、このままルキルちゃんが挑戦する事ができるけど、後は他の参加者次第かな?」
「一名のみ…… 他にも希望者が居た場合はどうするのですか?」
「主催側が招待状の集計をして、被りがないかチェックするんだって。で、万が一希望者が被った場合、その希望者達に連絡が行って、当日までにどちらが“ちょっと待った”するかを決めるみたい。その方法をどうするかは希望者同士に任せるって事だったけど、まあ平和的に解決はしなさそうだよね。よっぽどの事情があって決まらなかった場合は、主催側が仲介するみたいだけど…… ううーん、妾、今からワクワクが止まらない! 絶対トラブるもん、この結婚式♪」
何でマリアはそんなに嬉しそうなのか、どうしてこの部屋はこんなに白いのか――― パトリックはそんな事を考えながら天井を見上げ、切ったリンゴを咀嚼するのであった。




