第87話 要塞化
―――エルフの里・長老の家
母方だけではあるが、エフィルの出生について知ることができたのは予想外の収穫だった。だが、俺達がここにやってきた目的はあくまで里の防衛。そろそろ本題に移行するとしよう。
「長老、里の周辺地図はありますか?」
「地図ですか? ええ、ございますとも」
長老が給仕の女性に地図を用意するようにと指示を出す。女性は慌しく部屋を出て行った。別にそこまで急がなくてもいいのだが。
「依頼の情報では、新種のモンスターは手下を連れてエルフの人達を攫っていくと聞いています」
「はい。森には厳重に方向感覚を狂わせる結界を施しているのですが、お恥ずかしながら、モンスター達は里の位置を正確に把握しているようでして……」
まあ、その類の結界ならスキルの運用次第で何とでもなるからなー。俺達でも突破できたのが何よりの証拠だ。モンスターでも可能ではあるだろう。
「モンスターの襲来はこれまで3度ありました。不思議なことに、モンスター達はこちらから攻撃を加えない限り我々を襲いません。その代わりエルフを数人捕らえると、そのまま何処かへと帰っていくのです」
「……モンスターにしては組織的ですね」
余計な手出しをしなければ殺生はしない。目的はエルフを攫うことに一貫している訳か。
「もちろん、抵抗はしました。ですが、我々の力では手下のモンスター達にでさえ、全く攻撃が通じなかったのです。ガウンが派遣した兵士達も同様に…… 私達にできることは無駄な犠牲を出さぬよう、ただ悪魔が過ぎるのを待つことばかり……」
このままでは、また里を捨てることになってしまう。長老は言葉にはしなかったが、もうその決断を迫られている段階だろう。
「長老、安心せい。それを阻止する為のワシらじゃ」
「そうですとも。必ず私達があなた達を護ります」
「僕とアレックスも頑張るよ!」
「ワォン!」
頼れる俺の仲間達はやる気十分。ここがエフィルと縁のある地ってのも原因だろうな。ま、俺もだけど。
「ははは、ってな訳で長老、私の仲間も士気高揚しています。そこで相談なのですが、この里を少々改造する許可を頂きたい」
「改造、ですかな? 迎撃用の罠でも設置するのですか?」
「まあ、そんな所です。その許可を頂ければ、あなた方をモンスター共から指一本触れさせないとお約束します」
「……どちらにせよ、このままでは犠牲者をいたずらに増やすばかり。分かりました、ケルヴィン殿の言う通りに致しましょう」
「ありがとうございます」
よし、何とか許可を得ることができた。これからちょいと忙しくなりそうだ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
―――紋章の森・エルフの里
「長老、冒険者様の指示通りにしましたが……」
「ケ、ケルヴィン殿、これは一体?」
俺達が行動を始めて半日、エルフの里の大改造が完了した。我ながら良い仕事をしたと思う。長老やエルフ達も感動で震えているようだ。
「次のモンスター襲来の対抗策ですよ。思っていた以上に上手くできたと自負しています。説明は…… そうだな、メル、頼めるか?」
「分かりました。僭越ながら、私が解説致します」
メルフィーナがニコニコと笑みをこぼしながら、ふたつ返事で前に出る。
先ほどエルフの郷土料理を引かれるほど何杯も食した為かご機嫌だ。今ではすっかり食いしん坊キャラとなって馴染んでしまったな。彼女の召喚が旅の序盤で成功していたら、我がパーティは財政難必至であった。成功したのが最近で本当に良かった……
「まず里を囲っていた木製の防壁ですが、これではB級モンスターの侵攻は微塵も防げません。加えて防壁の高さも不十分でした」
長老にモンスターの話を詳しく聞いたところ、大部分はサイクロプスやオーガなどの巨人系モンスターが占めるとのことだった。現在の防壁では強度的にも高度的にも足りていない。現に前回の傷跡が彼方此方で見られた。
「そこで現在の防壁の外側に、緑魔法で新たな防壁を作り上げました。高度は3倍、A級モンスターの攻めだろうとビクともしません。この黒壁は内側の階段から登ることができ、最上階から弓や魔法を放つことも可能です。更に、壁の外側は外堀で覆われており、正門に架けられた橋からでしか渡ることができません。ちなみにこの橋も防壁と同質の素材です。当然ながら外堀の水は普通の水ではないので、決して触れないようご注意ください。死に至る可能性がありますので……」
「え、ええ……」
「ああ、事が終わりましたら元に戻しますのでご安心を。環境に影響もありません」
要は俺の絶崖黒城壁を里を囲うように作り、メルフィーナが生成した外堀の水にセラの黒魔法を施したただけである。まあ、これはあくまで保険だ。実際に近づかせる気は微塵もない。
「そ、それでは、この櫓は…… 櫓ですよね、これ?」
「ええ、少々高めですが」
長老が震える手で里の広場に建設した、エフィルの為の特製櫓を指差す。これも絶崖黒城壁の応用で建造した、防壁よりも更に高い櫓、最早塔と呼ぶべきか。それにしても絶崖黒城壁は便利だな。壁に見立てれば基本何でも作れそうだ。
「こちらはエフィル専用の弓櫓となっております。私の青魔法、虚偽の霧の効果により防壁より外側からは櫓が視認できない仕様です。元より里には幻影系の結界が施されていますから、効果は倍々ですね♪」
「ハ、ハハハ…… し、しかし、これだけ高い櫓ですと、流石に狙いを定められないのでは? 弓術に長けた我々エルフでも、これは―――」
「問題にもなりません。後方支援はお任せください」
「エフィルがこう言ってるんで大丈夫ですよ。試験的に放った矢も百発百中でしたし」
森の中をうろついていた兎型モンスターと木に実っていた果実を見せてやる。モンスターの眉間、果実のど真ん中に矢が刺さっていた。当然ながら、この弓櫓からエフィルが撃ったものだ。
おお……! と周囲のエルフ達から感嘆の声が上がった。
「モンスター襲来時は私とエフィルがこの櫓で戦闘区域全域を支援します。ジェラールが渡り橋の防衛を、セラ、メル、リオン、アレックスが防壁の外で迎撃を担当します」
クロトはいざという時の隠し玉だ。状況に応じて各場所に直接召喚して遊撃させる。
「ああ、後は念の為にゴーレムを何体か設置しておきましょうか。A級モンスター程度の実力はありますから何かの役には立つ―――」
「……ケルヴィン殿おぉー!」
「は、はいっ!?」
長老が俺の手をいきなり両手で掴んできた。何事!?
「あなたは、本当にこの里の救世主なのではっ!? いや、そうに違いない! おお、レオンハルト様! ケルヴィン殿を遣わしてくれたことに感謝致しますぞ! 皆の者、今夜は宴だぁ!」
「「「おおー!」」」
気が沈みきっていたエルフの里に活気が戻った…… と言えばいいのか。それにしたってテンション上がり過ぎだろ、長老。
エルフ達から最大限のもてなしを受け、後はこの里を防衛するのみ。おそらくはこの件に絡んでいるであろうトライセン、エルフの里を荒らした罪は償ってもらうぞ。




