第251話 吸血姫の提案
天使達が住まう浮遊大陸、『白翼の地』の墜落。恐らくは各所で起きた戦いが、悪い形で大陸のコアに当たる部分に影響を与えてしまったんだろう。元神である十権能と正面からぶつかり合ったんだ。この結果も、まあ予想はしていた。天使達の取り纏め役であるラファエロさんからは、一応思う存分に戦って良いという許可を得てもいたが、それでも良い展開とは呼べないだろう。できれば無傷のまま、大陸を奪還したかったんだが、ううむ。
「つうか、その影響を与えた犯人も、大体は予想がついているんだけどな」
「何がだ、ケルヴィン?」
「ん? ああ、いや、うちのセラとジェラールがさ、存分に敵さんと戦えて、正直羨ましい気持ちで一杯なんだ。俺のこの気持ちはどこで発散すれば良い?」
「またそれか。知るか」
クッ、ケルヴィムが冷たい……! 折角良い能力を持っているんだから、俺がちょっと付き合ってやるよ! とか、そんな思いやる姿勢を出してくれても、罰は当たらないと思うよ?
「ん~……? お兄さん、こんな状況なのに戦い足りないの? アハハ、戦闘狂ってやつ?」
「いやいや、ただの戦闘狂じゃなくて、俺は理性的な戦闘――― いつの間に真横に居たのかな、お嬢さん?」
「もちろん、今!」
異世界の吸血鬼、マリアがニッコニコ顔で俺の隣に立っていた。追えない事はない、だがとんでもない速度での移動だな。しかも、全然本気を出していない。この小悪魔っぽい性格といい、底知れないな。
「あっちで神達と話したんだけど、一旦ここから退避しようって話になったの。お兄さん達も一緒に移動しないかなって、お誘いをしに来たんだけど…… ふんふん、やっぱりお兄さん、まだまだ不満そうだね?」
「だったら、どうするって言うんだ? まさか、君が相手をしてくれるのか? さっきは乗り気じゃなかったようだが」
「うん、妾自身は戦えないかな。そうルキルちゃんから念押しされてるもの」
「なら、変に期待させないでくれよ。やっぱり駄目じゃ―――」
「―――でも、妾が戦わなければオーケーなんだよね。お兄さんにピッタリな相手、作ってあげようか?」
「……は?」
これは予想していなかった展開だな。けど、俺の相手を作る? 作るって、どうやって? 俺が魔法で創造するゴーレムみたいな感じか? いや、吸血鬼だし、まさかそっち方面の意味で言っているんだろうか? だとしたら、うーん……
「……嬉しい申し出だけどさ、それを作る為に何らかの犠牲が出るのは、おもっくそエヌジーだぞ? 仮に美味そうな相手ができたとしても、後味が悪くなったら台無しだ」
「んん? 何を勘違いしているのか知らないけど、別に生贄とかそういうのは要らないよ? 妾の力のみで何とかなるもん。あ、強いて言えば、お兄さんの意志が必要ってくらいかな。お兄さんが作ってほしいと願うのなら、今この場で作り出してあげる。どうどう? どうかな?」
「………」
「おい、ケルヴィン。止めておいた方が良いぞ。俺の経験則から言って、このパターンで状況が良くなる事はまずない」
「ああ、知ってる」
やけにうまい話だもんな。ケルヴィムの言う通り、うまい話には何とやら。まあ、つまるところ知らないところで、何らかのリスクが伴っているのが基本だ。なるほど、これがリアル悪魔の囁きか。
「いや、うん、それが本当なら、マジでありがたいけどさ…… そんな事をして、そっちに何のメリットがあるんだ?」
「メリット、沢山あるよ? まず、見ていて楽しいでしょ? どこの世界でも基本的に闘技場は存在してるものだし、ここでも観戦は娯楽の基本だよね? それに、この世界のレベルを知る良い機会にもなるし、どんな戦い方を確立しているのか、見てるだけでも結構参考になると思うんだ~。魔法ひとつとっても、世界によっては在り方が大分違う場合があるんだよね。運営してる神とかシステムの違いって言うのかな? まあ、そんな感じ。要は見るだけでも、妾にとっては良い刺激にも情報にもなるの。こんな説明で良いかな、お兄さん?」
「お、おう」
隠す事なく、真っ正面からメリットを説明されてしまった。にしてもこのマリアって子、普段から別世界を渡り歩いているのか? 話し振りから察するに、俺達の世界以外にも結構な数を経験している風だけど。
「ものは試しだ。お言葉に甘えてみたらどうだ、ケルヴィン君? 私も安全なところで観戦しているからさ」
「必要であれば、美しい私が美しい戦闘曲を奏でようか? 恋愛と同じように、戦うにしても雰囲気作りは大切なものだよ」
「アンタら、すっかり他人事だな……」
まあ、確かに俺の我が儘から始まった事なんだけど。
「……分かった、お願いする。あ、一応確認だけど、墜落中とはいえ、これ以上この浮遊大陸を傷付けないようにって、そんなお願いをする事はできるかな? うちの嫁さんの故郷なんだよ、ここ」
「お嫁さんの? わっ、何だか複雑な事情がありそうだね。そういう事なら、うん、分かった。相手になる子達にはしっかり命令しておくから、安心して?」
「……アダムスといい、君といい、十権能と違って聞き分けが良いんだな。良かったような、ちょっと残念なような」
「おい、なぜ俺を見る」
「いや、だって…… ああ、下は見ないようにしているから、その辺は安心してくれ」
「何を安心しろと!?」
「……キャッ! そっちのお兄さん、何で裸なの!? やだ、変態!」
「今になってその反応!?」
明らかにさっきまで平気そうにしていたんだけどな、この子。聞き分けは良いが、キャラは作っていそうな感じである。
「今から何が始まるのだ?」
「ケルヴィンちゃんとマリアちゃんの使い魔がぁ、エキシビションマッチをするんですってぇ。使い魔って、どんな子なのかしらねん?」
「私、知ってます。こういった時は、ポップコーンを片手に観戦するものだと、リオンさんから教わりました。 ……ポップコーンって何なんでしょうか? 屋台で売っているもの……?」
「………」
「ルキル、辛いだろうけど、もう少し頑張って。僕もちょっと興味があるから、この観戦は外せないんだよね。ほら、これって未知の戦いだし。って事で皆、どっちが勝つか賭けないかい!? 当然、僕はマリアさんの方!」
知らないうちに、あっちの神組もすっかり観戦モードに入ってやがる。つか、仲良くなるの早過ぎだろ……!
「冒険者の長として、頂点のS級に立つケルヴィン君には負けてほしくはないかな。って事で、私はケルヴィン君に賭けさせてもらう!」
「ふむ、シンがそちらであれば、私は逆に賭けよう。何、深い意味はない。ただシンと同じにするのが嫌だっただけだ。だから、特に気にしないで戦ってくれ、ケルヴィン!」
シンとアートも賭けなんかに参加するなや!
「ったく、どいつもこいつも好き勝手言いやがって……!」
「なら、やっぱり止めとく? 妾はどっちでも良いよ?」
「……やる」
ここまでお膳立てされたんだ。たとえ罠であったとしても、断る選択肢など俺にはない。その時はその時で、罠ごと食い破る。
「えへへ、それじゃ決まりだね。じゃ、パパっと作っちゃうね~。よいしょ~」
―――バキボキバキッ!
可憐な笑顔のまま、何を思ったのか、マリアは自らの右腕をもぎ取り始めた。そう、血生臭い意味で、もぎ取ったのだ。彼女の肩の付け根から盛大に血が飛び散り、高級そうな衣服が紅で染まっていく。
「お、おいっ!?」
「ああ、気にしない気にしな~い。ちょっとショッキングかもだけど、全然大丈夫だから。続いてこっちも~」
再びバキボキと音が鳴り、血が舞う。マリアの奴、今度はもう片方の腕ももぎ取りやがった――― って、んん? もう片方の腕、左腕を、右腕でもぎ取った? ……おいおい、マジかよ。根本からなくなった筈の右腕が、もう完治していやがる。
「驚いたな。驚いている間に、左腕も完治、か……」
失った腕を蘇生させる事自体は、魔法を使えば俺にもできる事だ。けど、こいつの場合はレベルが違う。魔法を使う事もなく、呼吸をするようなノリで、瞬間的に再生させやがった。『自然治癒』の上位互換スキルでも持っているのか?
「どや! 妾、再生力にはちょっと自信があるんだ~。でねでね、この可愛い妾の両腕を依り代にして~…… さ、起き上がりなさい。『赫赫たる妾が右腕』、『燦燦たる妾が左腕』。その可愛い顔を、早く妾に見せて」




