第248話 味見
「質問、ちょっと良いかな?」
「うん?」
マリアの自己紹介の直後、フレンドリーな口調でそう彼女に問いかけたのは、他でもないシンであった。警戒は解いていないが、自ら銃口を下げ、最低限争う姿勢を伏せようとしているようだ。
「私の名前はシン・レニィハート。まずは、さっきはすまなかったね。できればアンタという大物を、この世界に召喚させたくなかったんだ。ほら、パワーバランス的にさ」
「あー、その辺は別に気にしなくて良いよ~。ちゃんと謝ってくれた訳だし、妾の心は空や大海のように広いからね」
「それは凄い、助かるよ。それで、アンタ…… ええと、マリアちゃんと呼んでも?」
「可愛い呼び方なら、妾的に基本何でもオーケー!」
「あ、そうなの? くふふ、ありがたいもんだよ、いや、本当に。ああ、それで質問についてだけど、まずはこの状況を確認しておこうと思ってね。首根っこを掴んでるその堕天使、それと足元に転がってる派手なのが、マリアちゃんを召喚しちゃった訳なんだけど」
「みたいだね。ところでこの天使さん、お名前は何て言うの?」
「名前? あー、女の方がルキルで、男の方が、ええと―――」
「―――パトリックだよ!」
「……だ、そうだ」
明らかに瀕死なルキルと比べ、パトリックはまだまだ元気そうである。
「で、さっきも言った通り、その二人がマリアちゃんをこの世界に召喚した諸悪の根源だ。私はその二人と対峙している立場に居るんだけどさ、率直な話、こっち側についてくれないか?」
「あ、それは狡いな。その言い方、僕達の印象を悪くしようとしてない? というか、僕らの目の前で大胆なヘッドハンティングをしないでほしいんだけど」
「私達は敵対しているんだ。相手の嫌がる事をするのは当然だろ? それに、マリアちゃんは召喚されたばかりで、まだ自分の立場を明確にしていない。私の敵でもないし、アンタらの味方でもないんだ。なら、率先してスカウトするのが礼儀ってもんだろうさ」
「な、なら、僕達にもスカウトするチャンスはある訳だ! マリアちゃん、僕達の味方になってくれたら、三食・おやつ・お昼寝付きの好待遇だよ! 事が済んだら元の世界に戻れるチャンスまで付いてるかも!」
「お前、絶望的なまでにスカウトの仕方が下手だな……」
どうやらパトリックは、未だにマリアの容姿に印象が引っ張られてしまっているらしい。
「妾って吸血鬼だから、元々お昼に寝てるんだよね~。お昼寝は要らないかなぁ?」
「なら、お夜寝は!? お夜寝はどうだ!?」
「いや、問題はそこじゃないって。つか、元の世界に帰る帰らないの選択自体、マリアちゃんは自力で何とかできるんじゃないか? さっき旅行とか何とか、不穏な台詞を喋っていただろ」
「えっ、そうなの!?」
「んー、正確には妾の力じゃないけど、まあ何とかはなるかな? だから、別に帰りの心配はしなくても良いよ」
「……ル、ルキル、そうなんだって」
「………」
衰弱している為なのか、ルキルはもう殆ど言葉を発しようとしていない。ただ、彼女の目は今もマリアが自らの味方になると、そう信じているようだった。
「それで、私がどっちの味方につくかの話に戻るけど…… そもそも妾、他世界では基本的にお淑やかにしているんだよね~。ほら、旅行先で暴れるなんて、レディのする事じゃないでしょ? だから、争いなんて野蛮な事はちょっとどうかなって。観光がてら、遠目で見物するのがベターな対応かな?」
「マ、マリアさん!?」
「へえ、なるほどね。私はそれで構わない、むしろ大歓迎したいくらいだよ。何なら専属のガイドに案内させて、最高の旅を―――」
「―――あ、でもちょっと味見はしたいかな?」
そんな会話が成された直後、金属がぶつかり合う激しい音と、強烈な衝撃波がパトリックに襲いかかった。
「何々、何事ッ!?」
パトリックはその衝撃波に吹き飛ばされながらも、いつの間にか宙に放り投げられていたルキルを根性でキャッチ。そして、今何が起こっているのかを、更なる根性で必死に確認しようと頑張った。
「ルキル、これって僕達にとって、ホントに良い方向に進んでいる?」
「良い方向に…… 決まって、いますよ……」
ルキルは相変わらず、己の運命を信じて疑わない。そんな彼女はさて置き、パトリックは嵐の中心を注視する。その視線の先にあったのは――― 間近にまで接近し、得物をぶつけ合うシンとマリアの姿であった。
「いやいや、冗談キツイっての。唐突に人に斬りかかるなんて、レディのする事じゃないと思うよ? うん、レディのする事じゃないって。もっと淑女然とした方が良いって」
「そう言うお姉さんも、結構簡単に人に斬りかかりそうな感じがするけど?」
マリアはスカートの中に隠していた悪魔の尾を、鞭の如くしならせ、距離を詰めると共にシンに叩き付けていた。一方のシンは両手に持っていた得物の銃身をクロスさせ、その攻撃を受け止めている。攻防は拮抗しているようで、衝突時の姿勢のまま、両者とも動こうとしない。が、尾と銃はぶつかり合う度に火花と衝撃波を激しく撒き散らしている為、二人の周辺は悲惨な状態と化していた。最早この儀式場も、他と同じく安全な場所ではなくなっている。
「生憎、元々私は…… 淑女とは程遠い人間なもんで、ねぇっ!」
二丁の銃を同時に薙ぎ払い、半ば刃物と化している尾をマリアごと跳ね除けてみせるシン。
「わあ、凄い凄い! 妾の不意打ちを受け止めて、その上押し返しちゃうなんて!」
その反動を利用しての宙返りで後退し、その上でパチパチと拍手をするマリア。その表情には喜びの感情しかなく、完全に遊んでいる様子だ。
「お褒めの言葉、ありがとよ。おもっくそ手加減されてるのが分かるから、こっちとしては複雑なんだけどね。私の銃、思いっ切り破損してるし…… まあ、それは良いや。で、味見をした感想は?」
「うん、とっても気に入っちゃった。お姉さんとは、もっと本気でぶつかりたいかも」
「それ、吸血鬼ジョーク?」
「半分くらいは」
「「………」」
片や新しい武器を取り出して、片や妖しい微笑みを顔に張り付けて、シンとマリアの睨み合いが続く。ピリピリとした空気で周辺が満たされ、嫌な緊張感が伝播していく。
「……うん、良いね。とっても良い。けど一応、妾を召喚したご主人様の意見も聞いておこうかな? ねえねえ、あのお姉さんって、ルキルちゃんの敵なんでしょ? 倒しちゃっても良いの? 良いよね? 責任はルキルちゃんが取ってくれるよね? 責任さえ取ってくれれば、あのお姉さんの相手は妾がやってあげても良いよ?」
「え、ホントに!? ルキル、僕達に思わぬ幸運が舞い降りたよ! ここは彼女に任せてるべきだ! それ以外に選択肢はないって!」
「いえ、それは、駄目です…… 倒すのは、駄目…… 協力関係で、いるうちは、もちろんの事…… その後も、話し合いで協議、する事に…… なって、います、から…… 約束は、絶対……」
「「よっし、そう来なくっちゃ――― って、ええっ!? 話し合い!?」」
何とも珍しい事に、マリアとパトリックの声が綺麗にハモった。




