第237話 矛盾
これが正真正銘、最後の仕切り直し。ハオがギチギチと全身の肉を引き締めながら構えの体勢となり、彼と対峙しているゴルディアーナも自らの構えを取り始める。ゴルディアーナの後方上空に控えるドロシーは、背に憑いた彼と共に、戦場全体を見渡しながらの支援に努める様子だ。
「別に合図はいらないわよねん?」
「ああ、互いに自由に始めるとしよう。ドロシーとやらも、好きに振る舞うがいい」
「ええ、邪魔をしない程度に自由にやらせてもらいますよ。隙を見せたら容赦なく魔法を叩き込みますので、精々注意しておいてください」
「フッ、それは怖いものだな」
とは言ってみたものの、臨戦態勢となったハオ達に、そのような隙がある筈もないのだが。二人は構えに入ったまま機を窺い、ドロシーもまたその時を待つ。
(敵を倒すのに一番手っ取り早い方法は、『禰視線』で黄泉帰化すを叩き込む事、なんでしょうが……)
彼女の言う固有スキル『禰視線』は、神威の儀で同じ神柱である神霊デァトートより受け継いだ能力だ。この能力の発動時、デァトートの姿を模した守護霊がドロシーの背後に現れ、彼女と敵対する者に対し熱い視線を、いや、背筋が凍りつくほどに冷たい視線を送り続ける。その視線は大変に不快なもので、大小の精神的な不調を引き起こし、無意識のうちにそちらへとヘイトを向けてしまう、という特性があった。
しかし、『禰視線』の真骨頂は別にある。それこそがその視線に、魔法を乗せるというものだ。先のハザマ戦において、ドロシーは『禰視線』に黄泉帰化すの時魔法を乗せる事で、ハザマの肉体から多くの命のストックを削り取っていた。
(黄泉帰化すは効果範囲を限界レベルにまで狭める事で、範囲内の時の流れを早くするのに特化させた魔法――― この魔法で流れる時の早さは、相手を腐食させる事で使っていた黄泉飛ばすや腐り堕ちるも比にならないほどです。但し戦闘時にそのまま用いるには、適用される範囲が狭過ぎて、とても実戦向けと呼べる代物ではありません。けど、デァトートから受け継いだこの能力と併用して使用すれば、視線をぶつけた敵に直接効果をそのまま発揮させる事ができます)
本来の効果範囲は米粒ほどの広さでしかない黄泉帰化すも、『禰視線』と組み合わせる事で殆ど必中の、それも視界に入った全てに効果を適用させる事が可能となる。どんなに逞しい肉体を持とうとも、どんなに強力な能力を持とうとも、生物である以上、数千年レベルでの時の流れに抗う事はまず不可能。たとえそれに匹敵する寿命を持つ種族が存在したとしても、食べる事も寝る事もせずに数千年放置されれば、寿命に関係なく死はやって来る。
狡猾かつ逃げ癖があり、数多の命のストックを持つハザマであったからこそ、黄泉帰化すからギリギリ逃れる事ができたが、そういった例外的な体質でも持たない限り、この戦法は絶対的な勝利を約束してくれるのだ。
(問題は『禰視線』の効果が、果たしてハオに表れるかどうか、という点ですが……)
が、ドロシーの言う通り、この力にも弱点がない訳ではなかった。守護霊の視線は視界に入る者全てに対し、平等に不快感を与えるが、魔法を乗せて放つという行為には、とある条件が付与される。その条件とは魔法を送り付ける対象に、ドロシーが一定以上の憎しみや恨みを抱いているかどうか、であった。まあ言ってしまえば、『禰視線』は五寸釘を藁人形に打ち付けるが如く、視線を通して呪いを憎き相手に押し付ける能力なのだ。ただ敵であるというだけでは条件が達成できない為、強力ではあるが微妙に使い勝手の悪い能力…… なのかもしれない。
恨みつらみが発動のキーとなるのであれば、先のハザマだってドロシーとは初顔合わせとなる相手で、特に彼女との関係性があった訳ではなかったのでは? と思われるかもしれないが、彼の場合はその言動がドロシーを苛立たせ、怒りを買うような行為を繰り返してくれていた。その為、条件を達成させるのに苦労する事はなかったのだ。だが今回の場合、能力の対象にしなくてはならないのは、あのハオだ。これまでのハオの言動を鑑みるに、彼を能力の対象とするのは難しいように思えるが―――
(ハオの人格はさて置き、肉体はハザマと共有しているようなので、いけそうですね。ハザマの肉体、死すべし、絶許……!)
―――ハオの人格云々は関係なく、ハザマ憎しで能力の対象には十分になり得ると、そう判断されてしまったようである。恨みの必要値はドロシーの気分次第で上下するらしく、意外と判断基準が雑であった。
(条件は恐らく問題ないでしょう。ただ、今回あの肉体を動かしているのは、アホのハザマなどではなく、あのハオです。下手をしたら、視線をぶつけるという行為そのものを躱されてしまう可能性がありますね……)
権能顕現状態のハザマは、命のストックを前提とした戦法を取っていた。どんなに攻撃を受けようとも、それ以上の物量で押し返し、力づくで勝つというものだ。あれだけ巨大化してしまえば、回避という選択肢は最初から除外されている為、黄泉帰化すを乗せた視線をぶつけるのは容易であった。
しかし、今のハオはハザマほど鈍重ではないだろうし、人の身に似せたからには極限にまで極めた武術を使ってくる可能性が非常に高い。滅びの視線を察知し、躱す。そう、相手はあのハオなのだ。ドロシーのイメージは、決して起こり得ない事ではなかった。
(対抗戦でのケルヴィンの件から考えるに、堕ち尽く発動からの視線も、最悪の場合、躱される可能性がある。ケルヴィンとは比較にならない身体能力を誇るハオであれば、尚更注意が必要でしょう。だからこそ、転生神ゴルディアーナに一瞬でも彼を止めてもらう必要があります。視線を確実にぶつける事ができる、そんな一撃を与えてもらう必要があるのです)
ドロシーが狙うは、ゴルディアーナの渾身の一撃がハオに当たった、その瞬間である。ゴルディアーナが肉体を破壊する事でハオを倒し、ドロシーが命のストックを消す事でハザマを倒す――― 二人の戦いに敬意を払い、この形で収めるのがベストであると、彼女はそう判断した。
(お願いしますよ、新時代の転生神様……!)
(こ、今度こそ、この目に焼き付けるぜ、プリティアちゃん……!)
ドロシー(と殆ど根性で目を見開いているダハク)が見守る中、二人は今も沈黙を続けている。眼前の好敵手との読み合いの中で、どのようなやり取りがなされているのだろうか。
「「………」」
そのやり取りさえも楽しんでいるのか、両者ともどこか笑っているようで、決して視線も逸らさない。滝のような汗と幾分かの時が流れ――― いよいよその時がやって来る。
「「ッッッ!」」
二人の姿が消え、刹那の間に拳がぶつかり合う。繰り出した技は双方とも先と同じ。ゴルディアーナの『怒鬼烈拳』、そしてハオの『畢竟』。但し、疲労のない新たなる肉体に変化した為か、生き急ぐによる早送りの補助が働いた為なのか――― 前後のどちらの技も目に焼き付けていたダハクには、今回の方がより鋭く、より破壊力の増したものへと技が進化しているように思えた。事実、ダハクのその見立ては正しい。今の二人であれば、砕けないものはこの世になく、どのような攻撃も拳のみで払いのける事ができただろう。二人の拳は最強の矛であり、最強の盾と化したのである。
だが、矛盾という言葉がある通り、最強の矛と最強の盾は、古来より両立なんてしない事が決まっている。ならば、それらが衝突した場合は、双方とも壊れてしまうのだろうか? ……いいや、それは違う。もっと単純な話で、もっと当たり前の事が起こるものだ。要は、アレだ――― より強い方が、勝つ。
「……最期に戦えたのが、貴殿で良かった」
「光栄、ねん……」




