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黒の召喚士 ~戦闘狂の成り上がり~  作者: 迷井豆腐
アフターストーリー2 白翼の地編
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第229話 二人の鬼

 ゴルディアーナが展開した慈愛溢れる天の雌牛ローズイシュタルは、最終形態ファイナルエディションでも軽量型マイルドでも片翼形態モードルシファーでもない、通常型とされるものだった。この期に及んでなぜ、という疑問が浮かぶかもしれないが、今のゴルディアーナはこれまでの何よりも力強く、それでいて流麗なオーラを纏っているようであった。つまるところ、恐ろしいまでに仕上がっている・・・・・・・


 対するハオが顕現させた権能は『魁偉かいい』、ルキル曰く、自身の筋肉を自在にコントロールする事ができる力。情報量が少なく、それでも彼女は見た目の変化はそれほどないと言っていたが、今のハオの姿は通常時のそれとは全く異なるものと化していた。確かに形状にこそ変化は少ない。が、全身の肌の色合いが黒鉄色に染まっており、形相も鬼のそれになっていたのだ。とてもではないが人とも、そして堕天使とも思えなかった。


「フゥゥゥ~~~……!」

「ハァァァーーー……!」


 双方の呼吸は深く、それほど大きな声量ではない筈なのだが、その声だけで空気と大地が震え上がる。そこに存在するだけで多大な影響を周囲に撒き散らす超越者達は、最早周囲への配慮など一切気にしていないだろう。そのような雑念を欠片でも持ってしまえば、その瞬間に目の前の好敵手に叩きのめされる。一度本気で死合った本人達だからこそ、二人はそう理解していた。


「クッ、これだけ離れているってのに、体の震えが止まらねぇ……! なんつう圧、なんつう強さなんだ……! まだ拳を交えてねぇっつうのに、自然の全てが悲鳴を上げていやがる……!」


 この大陸に住まう自然を守る為、ダハク達は彼方より戦いの様子を見守っていた。但し、いくら距離を置こうとも、前方から絶えず放たれているプレッシャーからは逃れられない。責務を全うしようとすると同時に、ダハク達は今も恐怖心と戦っている状態だ。


「へ、へへっ…… ハオの野郎、全然本気じゃなかったって事か。イラつくぜ……」

「ダハク、余計な事を考えている暇はない。この大地が崩壊するのを防ぐ為にも、固定用の植物を早く配合して。私とボガで、生育に最適な環境を作り出すから」

「言われなくても分かってる! 俺の固有スキル『生命の芽生』で、ただ今絶賛配合中だっての! けどよぉ、見てみろ! プリティアちゃんとハオの野郎、姿が対照的にもほどがありやがる! どっちも底知れねぇ力強さを感じるが、アレじゃあ女神と悪魔、いや、美の化身と鬼の化け物くれぇの違いがあるぜ!?」

「いや、普通に鬼と鬼にしか見えない。ゴルディアーナ、二つ名『桃鬼』だし」

「お、おでも、そう思っだ……」

「はぁっ!? いやいや、お前ら目が腐ってんのか!? もっとよく見ろ、全然違うじゃねぇか! 確かにハオの野郎は絶世の美男だが、それでもプリティアちゃんとはレベルが違うだろうがぁ!? あと、超品種の植物ができたぞ、おら!」


 むしろお前がよく見ろと、分かりやすく感情を表に出すムドとボガ。その後も三人は何かと言い争い、同様の空気のまま仕事に取り掛かっていた。


 このように一見ふざけた空気であるが、一応それにも訳がある。と言うのも、ダハク達を取り巻く環境が余りにも過酷である為に、こうでもしてふざけていないと、如何に竜王と言えども精神的に参ってしまうのだ。世界を滅ぼしかねない猛獣達が何の遠慮もなしに争う中、間近に居る自分達は何の命綱もなしに、その修繕作業に当たらなければならない――― とでも言えば、多少は三人の気持ちが分かるだろうか? 何かに熱中するにしろ酔うにしろ、素面しらふの状態ではとてもではないが、やっていられないのである。


 ―――ズズゥゥゥン!


「「「ッ……!」」」


 そうこうしている間に、遂にゴルディアーナとハオの戦いが始まった。得物は己の肉体のみ、魔法なんてものは不純物でしかないと言わんばかりの、純粋な肉弾戦である。鬼と化した双方は、これまで磨き上げてきた技術の粋を体現し、限界を超えて鍛え上げてきた肉体の全てを解き放つ。


(ま、まるで見えねぇ……!)


 空気を伝って、絶えず凄まじい衝突音が聞こえてくる。肌を切り裂くような、鋭い衝撃派も届いている。だが、今戦っているであろうゴルディアーナ達の姿が、ダハクは目で捉える事ができなかった。それはムドファラクとボガも同様であり、恐らくは超高速での移動をしながら、あちこちで格闘戦を繰り広げている――― などと想像する事しかできない。


「片腕とはッ! とてもッ! 思えないわねんッ!」

「貴殿こそッ! とてもッ! 人の身とは思えんッ!」

「そりゃあッ! 一応これでもッ! 人間上がりの女神様ッ! ですものォ!」

「奇遇だなッ! 俺もかつてはッ! 強さを追い求めるだけのッ! 人間であったわァ!」


 殴り、蹴り、投げ、決め、返し――― 一瞬のうちに数多の奥義を繰り出され、過ぎ去っていく。それは一手でも間違えれば、即死へと繋がる危険なやり取り。しかしそれでも、二人はどこか楽しそうに、このやり取りを続けていた。究極の武に至り、最早上を見る必要がなくなった者達が、その力を一切加減する事なく、己の全てを相手にぶつける事ができる。それは彼ら彼女らにとって、夢物語でしかなかった理想が叶った、歓喜の瞬間でもあったのだ。


「これも受け止めてくれるかッ! 甘美なひと時ィ! であるなァ!」

「ハオちゃん! 顔がァ! 笑っているわよぉん!」


 ハオの権能『魁偉かいい』は自身の筋肉量をコントロールするという、単純明快なものである。ハオがその気になれば今以上に筋肉を膨れ上がらせ、大きくする事も当然可能だ。しかし、ハオはそれを好ましく思わなかった。いくらパワーが上がったところで、技を行うに必要なスピードが肉体について来なければ、武を志す者として全く意味がなかったからだ。だからこそ、ハオはこの力で筋肉を増やすのではなく、同じ筋量でより優れたものへと、自らの成長を促す事・・・・・・・・・に使用していた。


 死も厭わぬ鍛錬、きょうしゃとの死闘、新たなる探求――― それらを繰り返し繰り返し行い続けた結果、彼の肉体には邪神の加護が宿り、鍛錬を重ね死地へ赴くほどに進化を重ねていく事となる。人の身でありながら神に選ばれ、悠久の時を生物としての昇華へと当てたハオの肉体は、最早最高位の神であったアダムスのそれと比べても、決して劣るものではなくなっていた。神の肉体から繰り出される究極の武は、最早同じ神にも止める事ができない。少なくとも、これまではそうであったのだ。


「この身がッ! 義体である事がッ! 口惜しいわァッ!」

「私はッ! 貴方が片腕なのがッ! 惜しいわんッ!」


 一方、通常型の『慈愛溢れる天の雌牛ローズイシュタル』を展開したゴルディアーナも、いざ戦いが始まってみれば、権能顕現状態のハオと拮抗した戦いぶりを発揮させていた。パワーもスピードも判断力も、何よりも武術においても一歩も引いていない。


 普通であれば発展型や最終形態とされる、他の型を使った方が良いと考えてしまいそうなものだ。が、ゴルディアーナは敢えてこの型を選択した。その理由も単純明快なもので、純粋にこの型のゴルディアが最も体に馴染んでいたから、であった。確かに最終形態ファイナルエディション片翼形態モードルシファーは、ステータスにおける能力向上値において、通常型のそれよりも大きく勝っている。しかし、その姿も通常のゴルディアーナの姿とは大きく異なるものである為に、ゴルディアーナが最も重要視する武術が、十全に発揮できなくなってしまっていた。特に片翼形態モードルシファーは開発からそう時間が経っておらず、調整期間もそう多くは設けられていなかった。もちろん、それは今も同じである。だからこそゴルディアーナは、最も練度と信頼性の高いこの型で、勝負をかけたのだ。


「「ふんッ……!」」


 戦闘開始から幾千回目かの武の衝突。双方の拳からビキビキと血管が浮き出て、それらが二の腕の辺りにまで及んでいく。やはり、実力は互角だ。


「おおぉい、拳一発で地表が捲れるぞ!? 俺の植物だけじゃ持たねぇ! ムドの氷で補強できねぇか!?」

「やってる! やってる傍から、氷ごと捲れてる……!」

「お、おでの火山、造った瞬間に吹っ飛ぶ……」


 ……ひょっとしたら、元気に戦っている鬼二人よりも、その周りで補強作業に当たっている竜王達の方が、力尽きるのが早いかもしれない。

活動報告にて18巻の書影を公開中です。

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