第215話 食は神を凌駕する
念話での瞬間作戦会議を終えたシュトラ達は、早速行動に移った。ビクトールが皆の先頭に立ち、シュトラは彼の背に乗ったまま、何やら魔糸を周囲に展開させている。そしてその更に後方では、セルジュが変形させた聖弓を構え、メルはそんな彼女を支えるように、セルジュの背後に控えていた。それはまるで、勇者を陰から抱擁する女神のようで、大変に美しい光景である。ただ、まあ、案の定と言うべきか―――
『私、思うんだ。何でここに、弓の名手であるエフィルちゃんが居ないのかなって。何が嬉しくて、メルフィーナなんかと一緒になって、弓に矢をつがえているのかなって。シュトラちゃんのお願いがなかったら、絶対こんな事しなかっただろうなって』
『ちょっと、私の何が不満なんですか!? 貴女を満足させる気はサラッサラありませんが、そこまで言われると私も一言口にしたくなりますよ!? あ、でもそれよりかは、エフィルの手料理を口にしたい気分です! クッ、静まれ! 私の空腹感!』
―――そんな美しい光景の裏で、二人は仲良く口喧嘩(?)をかましている。
『セルジュお姉ちゃん、念話で喧嘩している場合じゃないよ! 数秒だけで良いから、敵に集中して!』
『はいっ! セルジュお姉ちゃん、君の為に頑張っちゃいます!』
『メルお姉ちゃんもこれが終わったら一杯食べて良いから、頑張って『自食』のストックを残らず使って!』
『むう、シュトラにそう言われてしまっては、頼りになる姉として、一肌脱がなければなりませんね。覚悟なさい、支配の神とやら。私の胃に収まった食料の数々は、キングの質量を凌駕する……!』
勇者としてどうかと思う反応、天使としてどうかと思う発言は兎も角として、これ以上ないほどに二人の士気は高まったようだ。
『セルジュ、今から世界樹の湖の魔力と同等以上の魔力を渡します。一滴も残さず、しっかり受け取ってくださいよ?』
『自食』から生み出したメルの魔力が、セルジュのつがえた矢へ次々と流れていく。メルの言葉に嘘はないようで、その魔力量は出鱈目なものであった。あのウィルから悲鳴めいた軋みが絶えず鳴るほどで、一歩間違えれば攻撃を放つ前に、自爆を引き起こしてしまいそうである。
『誰に向かって言ってるつもり? この程度の魔力を操るなんて、朝飯前なんですけど? むしろ、もっと欲しいくらい、だよ……!』
そんな言葉を口にしながらも、矢をつがえるセルジュは大分無理をしているように見える。莫大な魔力を扱うだけでも危険なこの協力作業は、如何にセルジュと言えども、出たとこ勝負で挑むのは困難な事であるらしい。しかも今回セルジュは、もう一段階攻撃のギアを引き上げる為に、ある特別な矢を用いていた。魔力が渦巻き騒々しいこの最中であるが、よくよく耳を澄ませば、鏃の方から機械音が聞こえて来るのが分かる。と言うか、こちらもこちらでブゥオンブゥオンとかなり煩かった。騒音と騒音が重なる、とんだデュエットである。
『お姉ちゃん達、何とか協力し合ってくれそうかな。ビクトールおじさん、私達も頑張ろうね!』
『ええ、もちろんです。ですが、本当に先ほどの作戦でいくのですか? 私を信頼してくださるのは嬉しいのですが、成功する保証はありませんよ?』
『ううん、きっと大丈夫。ビクトールおじさんはとっても強くて頼りになるって、セラお姉ちゃんからよく話を聞かされていたもん』
『セラ様がですか? ううむ、その言葉は何ともこそばゆい。ですが、素直に嬉しいですねぇ』
嬉しそうに口角を上げるビクトール。どうやら、彼もまた士気を高められたようだ。
『ケルヴィンお兄ちゃんも褒めてたよ。ビクトールおじさんとまた戦いたいなぁって、たまに呟いてたもん。あとあと、どうやって戦いの新しい口実を作ろうか、絶賛考え中とも言ってた!』
『いえ、そう何度も戦いに来られても困るのですが……』
嫌そうに口角を下げるビクトール。どうやら、死神は余計な事をしてくれたようだ。
『……それに何よりも、私の頭がビクトールおじさんなら問題ないって、そう答えを導き出しているもの。だから、きっと大丈夫!』
そう言って三度ビクトールを鼓舞し、気丈に振る舞うシュトラ。だが、ビクトールの背から伝わる彼女の体は、僅かに震えていた。頭上に見える明らかな死の形が、シュトラを恐怖させているのだろう。それでもシュトラはその恐怖心を一切表情に出さず、仲間達全員が全力を尽くせるよう、気を配り続けている。
(……まったく、他人を元気付けている場合ではないでしょうに。セラ様に負けず劣らず、聡明でお優しいお嬢様ですね)
在りし日のセラとその姿を重ねて、ビクトールはこれ以上ないほどに口角を吊り上げていた。どうやら、彼の士気は最上の状態にまで至ったようだ。
『ならば、その期待に応えなければなりません。ええ、シュトラお嬢様、きっと大丈夫です。この私が成功を保証致しましょう』
『うん!』
ビクトールの無骨な背が、先ほどよりも大きく感じられる。深い安心感からなのか、いつの間にかシュトラの震えは、ピタリと止まっていた。そして―――
「「「「「豁サ縺ャ縺後h縺」」」」」
―――数秒ほどの長い溜めから解き放たれ、遂に不適の王が動き出す。口から放たれたのは、白翼の地が消滅しかねないほどに強大なエネルギー砲。これが天罰だと言わんばかりに、シュトラ達の下へと一直線に降り注ぐ。
「シュトラお嬢様!」
「うん、行くよ! 蓑虫の補修糸!」
周囲に展開させていたシュトラの魔糸が、一瞬にして水色に染まる。更にそれらは魔人闘諍で形成したビクトールの巨腕に次々と巻き付き、その勢いのまま地面に突き刺さっていった。一見、魔糸によってビクトールの動きが封じられているにも思えるが、当然の事ながら、そのような状態になっている訳ではない。これは捕縛する為のものではなく、二人の安全を確保する為のものなのだ。よくよく見れば、水糸の魔糸はシートベルトのように、シュトラにも巻き付いている事が分かる。
A級青魔法【蓑虫の補修糸】、シュトラが唱えたこの魔法は触れた者に回復効果を施し、糸自体が非常に頑丈な性質を持つ。ビクトールは両腕に巻き付けたこの魔糸をしっかりと握り締め、寸前にまで迫る不適の王の攻撃を睨み付けていた。
―――『魔喰』、発動。
「ッッッ……!」
直後、ビクトールは強大なエネルギー砲を、あろう事か喰ってしまった。あれだけ視界一杯に広がっていた魔力の暴力が、今は欠片も残っていない。渾身の攻撃を放った不適の王本人も、状況を吞み込めないのか、口を開けたまま呆然としている。
(ぐうっ、流石の食い応え……! 私の胃の大きさには堪えますねぇ……!)
殺し切れなかった衝撃を受け、ビクトールは彼方まで吹き飛ばされそうになってしまう。しかし、彼の両腕には命綱代わりの魔糸があった。力の限り握り締め、何とかその場で踏ん張りを効かせる。背中に隠れているシュトラも、吹き飛ばされないように掴まるのに必死だ。
『……約束を違えずに済んだようですな』
『だ、だね、思った、通り……!』
結果として、ビクトールは魔人闘諍こそ破損させてしまったが、何とか不適の王の攻撃を耐え切る事に成功する。いや、耐えただけではない。敵の攻撃を、丸々パクる事に成功したのだ。それが示すところは、つまり……?
『お二方、準備は良いですか!?』
『モチのロン!』
『お餅食べたい!』
『了解! それじゃあ――― やっちゃえ!』
念話におけるシュトラの号令の後、後方にて今か今かとその時を待っていたセルジュが、命懸けで敵の攻撃を喰ったビクトールが、溜め込んでいたものを解き放つ。
「聖殺矢!」
「お返し、しますよ……!」
聖弓より放たれたのは、腹ペコ天使の食欲を魔力に転用した、神殺しの矢。そして、その矢を後押しするかの如く、不適の王のエネルギー砲が逆方向に再顕現するのであった。
活動報告にて17巻の書影を公開しております。




