第210話 レム・ティアゲート
これはレム・ティアゲートが神となる前の、それはそれは大昔の話である。彼女はとある世界のとある国、その王族として生を享けた。偉大なる王族、ティアゲート家の第一子の誕生、それは国を挙げて祝福する事柄で、この日は大変に特別な日になる予定であった。だが、しかし。
『こ、これは……!? おい、これは一体どういう事だ!?』
『わ、私にそのような事を言われましても……』
レムが誕生した際、彼女の父である国王は驚き、動揺を隠せない状態にいた。出産の直後で疲れ果てていた、王妃である母にそう問い詰めてしまうほどに。その王妃も何が何だか分からない様子で、最早泣き出してしまう寸前のところだ。傍目からすれば、このめでたい時に何て事を言い出すのだと、国王を非難しているところだろう。だが、困惑の色を隠せなかったのは、何も国王だけの話ではなかったのだ。周囲の警護に当たっていた兵士、出産に立ち会った産婆やメイド、荒げる国王の声を聞きつけやって来た大臣らなど、レムの姿を目にした者達は、皆一様に自らの視認情報を疑ってしまった。
では、なぜ彼らはそのように思ってしまったのだろうか? 生まれたレムの健康状態に問題があった? いや、違う。彼女は赤ん坊らしく元気に泣いており、特に怪我をしている様子はない。もちろん、病に罹っている事もなかった。それでは王族の長子として、男の子が生まれてくるのを期待されていたから? いいや、それも違う。この国に男女の違いで王となる者を差別するような風習はなく、過去には女王として国を治めていた者も存在していた。生まれて来たのが女の子であったとしても、国王がこれほどまでに狼狽える事はあり得ない。ならば、なぜ?
『―――どうして、どうしてこの子はこんなにも小さいのだ!? これでは小人のようではないかッ!』
国王が泣きながら声を上げる。彼はレムを小人のようだと仮令ているが、人の赤ん坊として彼女はそこまで小さくはなかった。平均よりも小柄な方ではあるが、特に問題があるほどではない。但し、問題があるとすれば――― それは彼女が生まれたこの国が、巨人の国であった事だろうか。
巨人の父、そして巨人の母の間に人の子が生まれた。これは巨人族にとって前例のない事である。これを公表すれば最悪の場合、王妃が人間との間に隠れて子を作ったのではないかと、そう訝しむ者も現れかねない。
『申し訳ありません、申し訳ありません……!』
『……いや、謝るな。そして、声を荒げてすまなかった。ワシはお前を信用しておる。この場に居る者達だってそうであろう。だが、残念ながら国の中には、そうでない者が居るのも事実。一体、これをどうしたものか……』
時をおいて冷静になった巨人の王は、椅子に座り頭を抱えた。王妃が妊娠している事は、既に国民達に明かしてしまっている。今更なかった事にはできない。いや、如何に小さくとも、愛する妻が腹を痛めて生んだ、可愛い我が子である事には変わりないのだ。王は父親として、そこを偽りたくはなかった。
『……王よ、よろしいですかな?』
『どうした、大臣?』
『私も今冷静になりまして、改めて疑問に思った事があるのです。それが、ええと、その、大変に申し上げ難いのですが……』
『こんな時なのだ。遠慮をするな、申してみよ』
『ハ、ハッ! では…… 王妃様が妊娠されていた際、お腹は一般的な妊婦のそれと、同等の大きさであったと記憶しております。その際の腹の膨らみと、お生まれになられた姫君の大きさが、釣り合っていないように思えまして』
『む? ……それは、確かに?』
大臣の指摘を受け、国王は首を傾げる。夫である彼は、膨らんだ王妃の腹を誰よりも目にしてきた。今更記憶違いという筈がない。妊娠していた際、確かに王妃の腹は一般的な大きさまで膨らんでいたのだ。
『そ、そう言えば、私も出産の痛みを感じた時、レムがもっと大きく思えたような……?』
『それは真か? ううむ、一体これはどういう事なのだ?』
『……王よ、我々も意見よろしいでしょうか?』
そう言って次に手を挙げたのは、この国に仕える五人の王宮魔導士達だった。大臣らと共にやって来ていたのだろう。ただ、彼らは未だに酷く動揺した様子で、額から、いや、恐らくは全身から大量の汗を流し続けている状態だった。その様子があまりに病的なものであった為、彼らの体調こそ大丈夫なのかと、思わず国王はそちらの心配をしてしまう。
『お主ら、酷い汗だぞ? 大丈夫か?』
『正直なところ、大丈夫ではありませんが…… その前に姫君について、我々の見解を述べたいのです。我々の今の状態と、全く無関係な話ではないので…… どうか、許可を頂きたい』
『ふ、ふむ、何か裏のあるような言い方であるな? 分かった、この国の賢者たるお主らの見解、聞かせてもらおう』
『ありがとうございます。王妃様の出産時、我々はこの部屋には居なかったのですが…… その、姫君が生まれたその瞬間を、確かに感じ取る事ができたのです。ここに居る、五人全員が』
『うむ……? それはどういう意味だ? と言うよりも、一体何の話だ?』
王宮魔導士達の意図する事が分からず、再び首を傾げる国王。
『我々がこの場に馳せ参じたのは、実のところ王の声を耳にしたからではなかったのです。こう言っては変に思えるかもしれませんが…… 我々は、姫君に呼ばれました』
『レムに、だと?』
『はい。姫君が誕生された際、異常なまでの魔力の高まりが、この場所より発せられていたのです。魔法に精通している者であれば、恐らくは城下町に居る者も――― いえ、この国全土に居る者達が、その大いなる魔力を感じ取る事ができたでしょう』
『それはまるで星々が爆発するが如く、凄まじいものでした。この通り、我々の肉体が強制的に恐れ戦いてしまうほどに……』
『今、こうして対峙しているからこそ、我々は確信致しました。姫君は、レム様は選ばれし神の子であると。レム様は幼子にして、既に我々をも超える魔力量を有しているのです』
『な、なんと……!』
巨人族は屈強な肉体を持つ一方で、種族として魔力量は人間よりも劣っている傾向にある。だがそれでも、ここに集った王宮魔導士達は国を代表する魔法の使い手であり、人間の魔導士と比較しても、間違いなくトップクラスに位置する実力を持っていた。そんな彼らが口を揃えて、まだ生まれたばかりのレムを褒め称え、同時に恐れ戦いている。その必死な様子から、単にレムをおだてている訳ではないと、直感的に理解する事ができた。
『ここからは我々の推測になるのですが…… 姫君は巨人族としての肉体の大きさの代わりに、莫大な魔力をその身に宿したのではないでしょうか?』
『体の代わりに、魔力を……?』
『どういった原理なのかまでは、一切分かりません。ですが、そうとでも言わないと、この現象の説明がつかないのです』
『神の悪戯なのか、それとも救世主として選ばれたのか…… どちらにせよ、姫君は必ず大成されます。我々には、その確信があるのです』
王宮魔導士のお墨付き、それは大変に名誉な事で、我が子の将来が如何に明るいかを示すものでもある。だが、それでも国王は心配だった。巨人族として特異な体を持つレムが、国民から受け入れられるのかを。我が子として、信じてもらえるのかを。
『なるほど、な。神の悪戯か…… しかし、このような話で国民達は納得するだろうか? レムが今の話に相応する力を有していたとしても、国民は目に見える情報を優先するだろう。下手をすれば、ティアゲート家の信頼が失墜するぞ』
『……王よ、提案があります。我が国で魔法を扱える者は、そう多くはありません。しかし、だからこそその者らは尊敬され、発言が信頼される傾向にあります。ここは魔法に長けたその者らを招集し、姫君を直接目にさせるのは如何でしょうか?』
『彼らは魔導士としてのプライドが高く、堅物な者も多いですが、それ故に嘘を口にする事がありません。彼らが姫君を目にすれば、先ほどの魔力の爆発がレム様によるものだと、説明するまでもなく自ら知る事になるでしょう。そして、姫君の存在が如何に尊いものであるのかも、必ずや理解します』
『姫君を大いに敬った彼らは、各地に戻った後、自らの経験を流布するでしょう。多少の時間は掛かるでしょうが、これならば信頼は確実に高まっていきます』
『初めのうちは、疑いの目を向ける国民が居るやもしれません。しかし、彼ら魔導士達が――― いえ、我々も含め、あらぬ疑いを必ずや払拭致します!』
『ま、魔導士達だけではありませぬ! 我々も尽力致しますぞ!』
『そ、そうです! 私だって出産に立ち会ったんです! レム様が国王様と王妃様の子供だって、真実を知っています!』
『お、お前達……』
次々と上がる協力の声。国王は配下達の情愛に感動し、この時に大粒の涙を流したという。 ……しかしこの時、巨人の国の行方は既に決まっていたのかもしれない。




