第208話 思わぬ援軍
大輪の青薔薇がまだ健在であり、シュトラが作戦について二人に打ち明けた時にまで、時は遡る。あの時に明かされた策とは、一体どのようなものだったのだろうか?
『うん、実は敵を欺いた上で、あの子の近くにまで安全に移動できる方法があるの。メルお姉ちゃん、諜者の霧を唱えてもらっても良いかな? 私、今は冱寒の死糸を使うので手一杯だから』
『それは構いませんが……』
シュトラに言われた通り、メルが諜者の霧を即座に展開。これにより辺りに濃い霧が立ち込め、外部からは青薔薇の下で何が行われているのかが、一切視認できなくなる。
『うん、ありがとう。クロト、ゲオルギウスを『保管』の中にお願い。あと、代わりにアレを出してもらえるかな?』
シュトラの呼び声に応じ、彼女に預けられていた分身体クロトがひょっこりと顔を出す。それから名誉の負傷者であるゲオルギウスの真上へと飛び移り、彼を『保管』の中へと回収。また入れ替わりとなる形で、とあるものを取り出すのであった。
『それは…… 携帯用の小型転移門、ですか?』
『そう、これが今回のキーアイテム!』
『はえ~、遂に転移門も携帯する時代か…… そんな便利なもの、初めて目にしたよ。けどさ、転移門って事は、別の門と道を繋げる為のものだよね? この白翼の地に、と言うかレムちゃんの近くに、他の転移門が都合良くあるとは思えないけど?』
『ええ、その通りです。外界との接点を極力減らすという名目で、白翼の地に転移門は存在していなかった筈。逃走経路用に使うと言う事なら、まあ理解はできるのですが……』
小型転移門をどこかの門と繋げれば、少なくともこのピンチから脱する事はできるだろう。それこそ、かつてゴルディアーナが十権能達から逃げ切った、あの時のように。だが、忘れてはならない。この小型転移門は行きのみの一方通行で、再びこの場所へ戻って来る事はできない、そんな仕様があるのだ。
『ううん、そんな事には使わないよ。時間もないし、説明するよりも実際に見てもらおうかな。クロト、事前に打ち合わせした通り、転移門の設定をお願い!』
だろうと思って、もう調整は終わらせておいたぜ! と、そう言わんばかりに、分身体クロトが器用にサムズアップしてみせる。どうやら本当に設定を完了させているようだ。縁の下の力持ち、ここに極まる。そんな仕事人クロト、いや、仕事スライムクロトのお陰もあって、小型転移門は早速起動を始め、数秒ほどでどこかの門と道が繋がるのであった。
『無事に繋がったみたいだね。で、ここからは? 私、まだまだ暴れ足りないから、ここで逃げるのはちょっとなぁ。あ、でもシュトラちゃんが全力でお願いしてくれたら、一緒に門の中へランデブーしちゃっても良い―――』
『―――さっきも言ったけど、逃げる為なんかには使わないよ。この門を開いたのは、行く為じゃなくって、迎える為だから』
『迎える為? 誰かが応援に来るって事?』
『いや、ですがそれは……』
前述の通り小型転移門は、入口として使う事はできても、出口として使う事は仕様上できなかった筈だ。つまるところ、どこかの誰かを戦力として迎え入れる事は不可能なのである。それについて理解しているメルは、当然の事ではあるが、かなり困惑している様子だ。だが、そうこうしているうちにも、起動した小型転移門から、何者かが現れようとしていた。
『皆、今日の決戦の為に、ずっと努力を続けてきたよね? それは私だって同じよ。自分にできる事を精一杯考えて、精一杯準備してきたの』
『ま、まさか…… この小型転移門に改良を加えたのですか!? 通常の転移門と同様に、行き来が可能となるように!?』
『その通り! すっごく大変だったけど、私、とっても頑張ったの!』
『え、それって何処から誰でも、簡単に応援が呼べるって事? おー、やっべー装置じゃん、それ!』
『やっべーどころじゃないですよ! 転移門は神代の遺物の中でも、特に扱いの難しい代物なんです! それを復元するだけでなく、改良まで施すだなんて!』
『クフフ。まあ起動に際する魔力の燃費は頗る悪いもので、私一人が門を潜るので精一杯でしたけどね』
独自の笑い声と共に門の中から現れる、魔王グスタフの側近、悪魔四天王の一人ビクトール。彼の登場はメルだけでなく、セルジュにとっても予想外のものであったようで、彼女は珍しく目を白黒させていた。
『おやおや、これは酷い。お借りしたクロトの分身体から状況はお伺いしていましたが、まさかここまで壮絶な戦場だったとは。これはのんびりしている暇はなさそうですね。おっと、自己紹介が遅れてしまいました。私、グスタフ様に仕える悪魔、ビクトールと申します』
ビクトールが礼儀正しく頭を下げ、自らの名を告げる。一方で、彼を見るセルジュの心の内はかなり複雑そうだ。
『……応援って、この悪魔が? それに、魔王グスタフって―――』
『―――そこまでです。先ほども申し上げました通り、無駄話をしている暇はありません。勇者セルジュ・フロア、貴女と私達悪魔は複雑な因縁がありますが、今ばかりは捨て置きましょう。そこのお嬢様と、そういった契約をしていますのでね』
『……そういう事なら、私は従うまでかな。シュトラちゃんの邪魔にはなりたくないからね』
『素直で結構。転生神メルフィーナも、いえ、セルシウス家の奥方様もそれでよろしいですか?』
『お、おくっ―――!? ……コホン! 貴方がそこまで仰るのであれば、私から言う事は何もありません。セラが慕う貴方の事です、むしろ心強いと思うくらいですよ。 ……フフッ、奥方様』
その言葉がよほど気に入ったのか、メルは急激にご機嫌になっていった。
『うわ、引くほどチョロいなぁ。まあ奥方様はさて置いてさ、こっからの作戦は? 何か策があるから、彼が来たんだよね?』
『うん! ビクトールおじさんなら、この状況にピッタリなの!』
『ビ、ビクトールおじさん……』
先ほど納得したばかりの筈だが、なぜか羨望の眼差しがセルジュからビクトールへと向けられる。お願いせずとも親しみを込められて呼ばれたのが、よっぽど羨ましかったようだ。こちらはこちらで、呼び名を酷く気にしていらっしゃる。
『地上は敵の大群に囲まれている。更に空も同様に危険であると…… クフフフフ、確かに私に打って付けのシチュエーションかもしれません。それならば、この地の下を使えば良いだけの話ですからね』
『地の下? ……それってもしかして、『土潜』のスキルを使う気?』
『ふむ…… 言われてみれば確かに、ビクトールはそういった戦法を得意としていましたね。ですが、その能力に適用されるのは、ご自分だけになるのでは? 貴方は大丈夫でしょうが、私達は土の中で窒息してしまいますよ?』
『クフフ。その点は私も日々成長し、不可能を可能にしたと、そうご理解ください。後は私の言葉を信頼して頂くしかないですね』
『そういう言い方は怪しまれるから駄目だよ、ビクトールおじさん! い、一緒に潜っても大丈夫だから! 私が太鼓判を押すから!』
そう言って、瞬間的にエアハンコを押してみせるシュトラ。職業柄慣れた動作だでもあったので、糸を操る最中にも、そんな仕草を取る事ができたようだ。
『か、可愛い……! っと、違った違った! ふ、ふーん? まあシュトラちゃんがそこまで言うなら、私は構わないよ? 最悪、地面の中だろうと自力で脱出できるもん』
『私も言わずもがな、です。そうと決まれば即行動――― と行きたいですが、敵陣に出た時の役割を決めておきましょう。あと、現在展開している氷女帝の荊、タイミングを合わせて破壊しましょうか? 敵の気を引けるでしょうし、霧と合わせて状況確認を遅らせる事ができると思います』
『あ、それなら私はガードを何体か残して行くね。迎撃が急に全部なくなったら、あの魔導士さん達に怪しまれると思うから。段々と苦戦を強いられる感じになるように、遠隔操作で頑張ってみる!』
『であれば、私はシュトラお嬢様の脚となりましょう。さあ、背にお乗りください』
『うん、乗るー!』
『お、おんぶ、だと……!? 良いなぁ、羨ましいなぁ……!』
『セルジュ、欲望が声に出ていますよ』
かくして、四人は地下からの奇襲を仕掛けるに至った訳だ。




