第207話 策と策
「氷女帝の荊!」
爆撃の中心地、そこに大輪の青薔薇と無数の荊を模した、巨大な氷が創造される。この魔法を爆撃に対する傘とする事で、三人は何とか苦境を凌いでいた。
メルのS級青魔法【氷女帝の荊】は、拠点防衛に特化した魔法である。仮にこの頑丈な氷の薔薇を破損させる事ができたとしても、この花は常に成長を続けている為、瞬間的な修復が可能となっている。かつてのトライセンとの戦争の際、魔王ゼルの猛撃をも防いだ大魔法は、今日も大活躍中であった。
「へぇ、なかなか洒落た魔法を使うものなんだね。てっきり、魔法も食べ物に寄せるものかと思っていたよ」
「そんな訳ないでしょう! いくら私だって、食べ物と魔法は切り離して考えていますよ! まあ、食べられない事もないでしょうけど!」
メル、魔法も食べられる事が発覚――― とまあ、冗談を言っている暇は本当にないのだが、セルジュの性格上、ずっと真面目で居るのは非常に難しい、と言うか無理であるらしい。本当に難儀なものだ。
「じゃ、メルフィーナが空からの砲撃を防いでいる間に、私とシュトラちゃんはポーンとナイトの相手を! って、それじゃあジリ貧のままなんだよね~」
「私は回復薬でいくらでも魔力を補給できますが、小食のシュトラはそうもいきませんからね。セルジュはどうです? もう1本目、いっときますか?」
「いやいや、ごく平均的な女の子って、戦闘中にそんなに沢山飲めるもんじゃないからね? 私、世界最強で超つよつよだけど、その辺は普通の女の子なんだから。っと、また話が脱線だ! いやあ、会話が楽しいから仕方ないよね! 私、お喋り大好きだし!」
周囲を極大レーザーで薙ぎ払いながら、セルジュは全く同じ調子で喋り続けている。どうやら、まだまだ魔力の心配をする段階ではないらしい。それ自体は、一応の朗報であった。
ただ、良い話と悪い話はセットである事が付き物であるように、戦場の一部では悪い変化も生じ始めていた。シュトラが展開し続けている銀の糸が、一撃で敵を屠れなくなってきていたのだ。
(……ッ! 少しずつだけど、冱寒の死糸の効き目が鈍くなってる。考えられるとすれば…… うん、やっぱりあの魔導士の影、だよね。補助魔法で砲撃に対しての抵抗力を付与していたみたいだし、ひょっとしたら氷属性の耐性も付与できるのかも。いずれにしても、このまま放置するのは悪手でしかない。けど―――)
シュトラが改めて敵陣を確認する。魔導士達は敵本陣の正面に障壁を張っているらしく、先ほどのセルジュの魔法の直撃を受けた後も、ダメージを負ってはいないようだった。間に何百何千の影を挟み、大分威力が弱まってからの防御とはいえ、あのセルジュの攻撃を耐え忍ぶだけの実力はあるのは、まず間違いない。となると、遠距離からの攻撃で倒すのは困難を極める。
(何とかして距離を縮めない限り、あの障壁を破壊するのは難しそう。そうする為にはこの砲撃の中、周りの影達を倒しながら進む必要がある。その上、キングとクイーンの駒を隠し持っている可能性も…… 不味いなぁ、見事なまでの堂々巡り。でも、それでも、手がない訳じゃない……!)
シュトラは絶えず周囲状況を確認にし、タイミングを見計らっていた。チャンスは一度きり、次はない。
「私がそろそろ本気出して、敵陣に切り込もうか? ほら、私ったら世界に愛されているし、多分突貫を仕掛けても、敵の攻撃なんて全然当たらないと思うしさ」
「あ、待って! まだ出て来ていないチェスの駒もあるし、単独で突撃するのは危険だと思うの!」
「おっ? ……ほほう? シュトラちゃん、それは何か策を思い付いたって時の目だね? 私には分かるよ、察しちゃうよ!」
「全く、本当に貴女は思った事をそのまま口に出してしまうのですね…… ですが、その意見には同意です。シュトラ、何か手があるのですね?」
「うん、実は―――」
もしもの事態に備え、シュトラが用意して来た複数の奥の手。その一つについての情報共有を行う。またこの間に、メルは諜者の霧を周囲に放ち、視認情報と気配を誤認させるよう仕向けてもいた。
「ひぐっ、ひぐ…… う、うう……?」
突如として大輪の薔薇の周囲に霧が立ち込め始めた事を、自らが敷いた陣地にてレムも泣きながら視認。そして、泣きながら首を傾げる。
「目くらまし……? 気配も、しない…… ぐすっ、に、逃げる準備……?」
仮に逃走を目論んでいたとしても、既に周囲一帯は影の軍隊が完全に取り囲んでいる。空もまた影の塔による砲撃に晒されており、逃げ場など何処にも存在していない。ならば、一体何の為に? レムは引き続き頭を悩ませるが、心の大部分が悲しみで支配されてしまっている今、冷静に物事を考える事ができなくなっていた。最終的に逃げるつもり→自分が置いていかれる→ひとりぼっち、というよく分からない思考に陥り、よりいじけてしまう始末である。
「菴輔i縺九?螂?・イ繧定ュヲ謌」
「髫懷」√?蠑キ蠎ヲ繧貞ソオ蜈・繧翫↓蠑キ縺上@縺ヲ縺翫¢」
そんなレムの代わりとなるが、先ほど彼女が出現させた影の魔導士達だった。会話の内容は相変わらず理解不能であるが、五体の魔導士達は意思疎通を図り、対策を講じている様子だ。己の主であるレムを話し合いに加えていない点が少しばかり気になるが、加えても意味がないと思っているのか、それとも単に気を回しているだけなのか…… まあどちらにせよ、この影達は軍団を最適化する司令塔のようなもの。戦況を冷静に判断し、適切な判断を下す事は間違いないだろう。少なくとも、動揺の最中に居るレムと比べれば。
「驫?縺ョ邉ク繧堤「コ隱阪?よ雰蛻?ュ舌?∵悴縺?轣ォ荳ュ縺ォ縺ゅj縲」
「莠?ァ」縺励◆縲ゆス懈姶繧堤カ夊。後☆繧九?」
立ち込める霧の中から飛び出す銀の糸が、未だ影達の侵攻を阻害している事から、魔導士達は霧の中にまだ敵が居ると判断。警戒態勢のまま現在の作戦を続行し、敵の体力と魔力が干上がるか、砲撃によって氷の薔薇が破壊されるかを待つ事にしたようだ。無難と言えば無難、王道と言えば王道の作戦である。
―――ズ、ズズゥーン……!
それから暫くして、彼らの目論見通り状況は動き出した。砲撃の雨を受け続けていた氷の薔薇、そして荊達が豪快な音を立てながら崩れ始めたのだ。成長と再生を司る巨大な薔薇も、流石にこれだけの大規模爆撃を受け続ける事はできなかったようだ。崩れ落ちた氷塊が地面に叩きつけられ、その衝撃で霧に土埃が混ざり込む。周囲の視界は更に悪化していき、取り囲んでいた影達だけでなく、遠くで状況を見守っていたレムと魔導士達の視界も、また遮られていった。
「うええぇ、目に、目にゴミが入ったよぉ……」
「閾ウ諤・縲∵雰縺ョ逕滓ュサ繧堤「コ隱阪☆繧九?縺?縲」
「蜿悶j騾?′縺輔↑縺?h縺???劵蠖「繧貞ッ?↓縲」
「邨カ蟇セ縺ォ騾?′縺吶↑?」
別の理由で涙を流すレム、メル達の生死の確認を急がせる魔導士と、敵本陣が慌ただしく動き出す。取り出したハンカチで目頭を拭うレムも、まあ、色々と忙しそうだ。
―――ちなみに、忙しいとはこれつまり、隙が生まれたという事でもある。
ズゥン! と、豪快な爆音と共に、レムが乗る神輿の間近で巻き起こる、新たな土埃。レムと彼女の護衛を務めていた影達は、何かしらの行動を起こしていたが故に、反応が一瞬だけ遅れた。そしてその一瞬は、山のような黄金にも匹敵する、大変に価値のあるものでもあった。
「えっ……?」
「クフフ。お嬢さん、今は戦闘中ですよ? よそ見は厳禁です」
「いっけぇー! ビクトールおじさん!」
土埃の中から飛び出して来たのは、悪魔四天王の一人であり、その調理担当でもあるビクトール。そして、そんな彼の背に乗ったシュトラであった。
本日17:30より『黒の召喚士』のオンラインイベントが開催されます。
詳細は活動報告にて。




