第206話 冱寒の死糸
シュトラの悲鳴を聞きつけたメルとセルジュは、直ぐ様に方向転換を開始。Ⅴの字の軌道を描きながら戻った彼女達が目にしたのは、腹を切り裂かれたシュトラ――― ではなく、彼女の身代わりとなったゲオルギウスの姿だった。
「シュトラ、大丈夫ですか!? 直ぐに回復魔法を!」
「わ、私は大丈夫! けど、私を庇ったゲオルギウスが……」
不幸中の幸いと言うべきか、シュトラは無事であった。ただ、騎兵の攻撃によって裂かれてしまったんだろう。ゲオルギウスのお腹からは、大量の綿がはみ出してしまっていた。体の上下も辛うじて繋がっているような状態である。シュトラが魔糸で操ったとしても、これでは立ち上がる事も難しそうだ。
「ありゃりゃ、ぱっくりと破損しちゃってるね。けど、シュトラちゃんを護り通したその勇気に、私は敬意を表するぜ、クマ君」
「ごめんなさい、私が力不足のせいで……!」
「おっと、戦場でそういう言葉は言いっこなしだよ、シュトラちゃん。悲しむのは全てが終わった後にだ」
「そうですよ。シュトラが居なかったら、最初の均衡状態を作り出す事もできませんでした。今はただ、貴女が無事であった事を嬉しく思います。立ち上がれますか?」
「お、お姉ちゃん達…… うん、大丈夫。そう、そうだよね。謝っている場合じゃなかった。私、頑張るよ!」
「よしよし、セルジュお姉ちゃんの予想通り、シュトラちゃんは強い子だ! メルフィーナが神様っぽい事を言いだした時は、ちょっと鳥肌が立ったけどね!」
「むきぃぃぃ!」
「メ、メルお姉ちゃん、どうどう」
「っと、お喋りをしている時間はないんだった!」
シュトラが立ち直ったのは良かったが、三人が歩みを止めてしまった事で、影達はレムへと至る道を完全に塞いでしまった。シュトラを攻撃した最後の騎兵は、猛スピードの勢いのまま後方にあった絶氷山壁に衝突し、これを粉々に粉砕。何体かの影達を踏み潰しながらも方向転換し、再びランスの矛先をシュトラ達に向けようとしているところである。
「ヒック、ヒック…… 私のお人形を壊しちゃうなんて、酷い…… うう、廃残の騎士ぉ……!」
―――ダダァァーーーン!
聞き覚えのある爆発音。厄介な事に倒した数と同じ二体分の騎兵が、レムの真横に再び配置されたようだ。
「うへー、また出て来たよぉ」
「二体倒され、二体補充…… どうやらあのナイトという駒は、三体まで同時に操れるようですね。良かった、無制限に出て来る訳ではなさそうです」
「まっ、無限に復活する可能性はあるけどね~。あと素朴な疑問なんだけど、チェスのナイトって2つだけじゃなかったっけ? 数が合わなくない?」
「ポーンがこの数の時点で、チェスの常識は捨てた方が良いかと」
「あー、はいはい。私の考えた最強のチェスって感じね」
そんな会話を挟みながら、メルとセルジュが周囲の歩兵駆除に勤しむ。また元の状況に戻ったようにも思えるが、強力な騎兵が出て来た時点で、状況は明らかに悪化していた。シュトラもゴーレムを操って奮闘するも、ゲオルギウスを失ってしまった分、彼女自身の機動力は明らかに落ちてしまっている。
「シュトラ、私の背に乗ってください!」
「ううん、それだとメルお姉ちゃんの重荷になっちゃう! 私の事は気にしないで大丈夫!」
「ですが……」
「私が戦いで頼りにならないのは分かってる! けど、それでも…… 私、足手纏いにはならないからっ!」
シュトラの決意が魔力となって爆発し、彼女の指先から魔糸へ、そしてゴーレムへ、更には周囲へと伝わっていく。
「冱寒の死糸!」
それは、シュトラが唯一完成させたS級青魔法【冱寒の死糸】。エフィルが矢に炎を纏わせるが如く、自身の魔糸に青魔法を伝わせ、使役するゴーレムを魔法の発射口にすると言うものだった。
「これは……!」
「おおっ、見た事のない魔法だね。ひょっとして、シュトラちゃんのオリジナル?」
「一応ね。お姉ちゃん達、ゴーレムより前に出ないように気を付けて」
シュトラ達を守るように陣を敷いていた各ゴーレムの鎧の隙間から、大量の銀の糸が放出され始める。それら糸は三人に襲い掛かろうとする影達へと導かれ、拘束で彼らの体に絡まっていく。
この銀の糸には二つの働きがあった。一つが、触れた箇所を急速凍結させる事。腕に絡まれば腕のみを、足に絡まれば足のみを、集中的に凍らせてしまうのだ。そして二つ目の働き、それが――― 断ち切る事だった。
「菴輔□縺薙l縺ッ?」
「繧ョ繝」繝?シ?シ」
直後に上がる、影の悲鳴染みた声。恐るべき事に、糸は影に触れた瞬間にその部位を急速凍結させ、その凍った箇所を狙って、次々に輪切りにしていった。その行為に敵の耐久性は関係していないのか、糸は一切阻害される事なく敵を捕らえ、容易に屠り続けている。
「うわぁ…… い、意外とエグイ倒し方をするね、シュトラちゃん。にしても、凄い威力だ」
「低温脆性を利用した魔法よ。水分を一杯含んだ物体って、一定の温度以下になると脆くなる性質があるの。S級魔法の力を一点集中させて、部分的に凍結効果を働かせて―――」
「―――強制的に耐久性を無にする。言ってしまえば、弱点を付与して攻撃を加えているようなものですね」
「んっと、液体窒素にものを漬け込んだイメージ? あー、確かに物体が脆くなっていくの、何かの実験で見た事があるかも」
メルとセルジュがこの新魔法の威力に感心し、同時に若干引いている間にも、糸は全方向の影に魔の手を伸ばしていた。その中には突貫を仕掛けようとしていた、あの騎兵の姿もあったのだが…… 突撃の最中に糸に触れてしまい、そのまま足を切断。しかし速度に乗った巨体は急には止まれず、派手に転倒した挙句に全身が粉砕されてしまったようだ。
「……もう、これだけで良くない?」
「良くないよ!」
冱寒の死糸は確かに強力な魔法だが、使用時に術者であるシュトラ、そして魔法の発射口と化したゴーレムが一切動けないという弱点があった。要するに、影の騎兵が突然出現したあの時ように、本人が走っているなどの行動を起こしている最中には、この魔法を使う事ができないのである。魔法に集中する必要もある為、仮に彼女の足となるゲオルギウスが健在であったとしても、そもそもゲオルギウスが操作する余裕がなくなってしまう。よって、使いどころはかなり限定されていたのだ。
「現状は打破できるけど、それ以上は状況を動かせないの! 今度は私が道を作るから、お姉ちゃん達であの子を―――」
「―――ひっ、ひぃぃー--……! 怖い怖い怖い怖い怖いぃ……! あんな死に方、絶対にやだやだぁ……! 涜職の僧正……! 崩落の塔……! 加護と火力で、戦場を満たして……!」
「「「ッ!」」」
新たな爆発音を耳にした途端、三人は嫌な予感をヒシヒシと感じ取っていた。ビショップとルーク、双方ともチェスにおける重要な駒である。これまで相手をしてきた影達は、いずれも駒の名を体現するかのような見た目と力が備わっていた。となれば、つい今しがたレムが泣き叫びながら呼んだ、それらは……?
「うん、こうなるよねぇ……」
「天にまで伸びる巨大な影の塔が、私達の四方に四基。そして魔導士らしき影も、敵後方に計五体出現したのを確認。ハァ…… この調子ですと、まだクイーンが残っていそうですね」
「キングも居るんじゃないかな…… あと、ごめんなさい。作戦変更が必要かも……」
爆発音が鳴ったのも束の間、新たな影の駒達は迅速に行動を開始していた。この変わり行く戦況に対応できなければ敗北は必至、泣き言なんて言っている暇は残念ながらなさそうだ。
「「「「謦?※謦?※謦?※縺?シ」」」」
シュトラ達を取り囲むように、そしてある程度の距離を置いて出現した影の塔は、最早正確な高さが目視では分からないほどに高く、アーチ形の窓がびっしりと壁面に備わっていた。そしてその窓からは多数のエネルギー弾が放出され、仲間の影達に当たるのもお構いなしに戦場を爆撃――― シュトラ達は四方八方、それも空から無数の攻撃に晒される事となる。
「「「「「邇九↓蜍晏茜繧」」」」」
一方、後方に陣取った五体の魔導士の影達は、聞き取る事のできない異界の呪文を絶えず唱え続けていた。呪文の効力はこの戦場に存在する味方の影の全てに及び、爆破耐性・基礎ステータスの向上など、戦況に合わせた補助効果を順次付与していく。塔の攻撃により最初こそ被害を被っていた影の兵達が、これによって爆発に耐えられる状態へと変化。爆発は主を狙う彼らの敵、シュトラ達のみを害するようになる。
恐れを知らず、無限に湧き出る歩兵と騎兵。空を覆うほどの砲撃で、躊躇なく圧倒的な火力を叩き出す塔。戦況を見極め臨機応変に支援を行い、戦場を支配しようとする魔導士。これら影の駒は王の命令がなくとも自発的に行動を起こし、手段を問わずに最大の戦果を挙げようとする。倫理観を無視するとすれば、最強の連携と言えるだろう。まあ、要するにだ――― 戦況はより悪い方へと傾いていた。




