第205話 影の軍隊
世界樹の湖周辺で繰り広げられる戦いは、時を追う毎に苛烈さを増していた。湖の中から無制限に増え続けるレムの影に対し、シュトラ達は一丸となって対抗。メルが青魔法で作り出した氷で敵の足止めをし、そこへ複数の聖剣を操るセルジュが最大火力を叩き込む。倒し損ねた敵はシュトラのゴーレム達によって、その全てが殲滅されていった。即席の連携とはいえ、そこは流石の歴戦の猛者。息の合ったチームプレイは、全ての行為を最適化していると言える。
……だが、それでも状況は拮抗していた。それだけ出現する敵の数が尋常でなく、倒せば倒すほどに新たな敵が出現、一向に敵の頭であるレムのところにまで行き着く事ができない。泣き声で居場所は特定できるが、影の大群に隠れてしまって、今は彼女の姿も視認できない状態だ。
「いつどこを見回しても、地味な影ばっかりだ! あんまり倒しているって気がしないよねぇ!」
「何を呑気に言っているんですか! いくら節約して魔法を使っているとはいえ、私達にも魔力の限度ってものがあるんですよ!」
「もう、またむきぃぃぃとしてるぅ。あんまり怒りっぽいと、歳がバレるよ?」
「む、むきぃぃぃ!」
「二人とも、まだまだ余裕がありそうで良かった。けど、この状況が続くのは、確かに良くないかも」
ゲオルギウスの背中にて、魔糸を操りながらシュトラが頭を悩ます。今のところ敵の影達は、大小問わず、攻撃が当たれば一撃で倒せる程度の強さでしかない。但し、その強さ自体は平均的なS級モンスターと遜色なく、決して油断して良いものではなかった。時間が掛かれば掛かるほどに、自分達が不利になっていくのは明白だ。
「……セルジュさん、あのレムって子が居る方向に、火力を集中させる事はできそう?」
「んー? できなくはないけど、文字通り攻撃が全方位からの一点集中に切り替わっちゃうよ? 道は開くけど、他から敵が雪崩れ込んで来ちゃうと思うな」
「メルお姉ちゃん!」
「ええ、ならばより時間を稼げば良いだけです! 代わりに私が踏ん張りましょう!」
「うん、私もその分頑張る! だから、セルジュさん!」
「……セルジュお姉ちゃんって、そう呼んでくれたら良いよ?」
「はえ!? こ、こんな時に何を言っているの!?」
「やだやだ、呼んでくれなきゃ私、これ以上力が出ないよ~~~!」
「「………」」
唐突に駄々を捏ね始めるセルジュ。力が出ないと言っているが、周辺の敵は変わらずに殲滅している事から、そういった様子は微塵も感じられない。要するに、単なる我が儘である。嘘だと簡単に見破れるが、これ以上駄々を捏ねられても困るのは事実。シュトラは大きく大きくを溜息をつき、そして―――
「セルジュお姉ちゃん、私の為に頑張ってくれない、かな……?」
―――精一杯のお願いをするのであった。目に涙をため、庇護欲をより掻き立てるように、あざといくらいにシュトラは頑張った。
「よっしゃぁあああ! セルジュお姉ちゃん、超頑張っちゃうよぉぉぉ!」
結果としてその頑張りが実を結び、セルジュお姉ちゃんの感情が爆発。その昂りと連動してなのか、彼女が持つ聖剣が見る見るうちに巨大化。最終的に巨人用かと勘違いしてしまいそうな、そんな馬鹿げた大きさにまで至っていた。
「この気持ち、レムちゃんにも届け! 神聖巨剣!」
超人的な身のこなしで半ば無理矢理に振るわれた巨剣は、その巨大な刃による斬殺兼圧殺的な暴力だけでなく、一方向へどこまでも伸びる斬撃をも飛ばしていた。不幸にもその方向に居た影の集団が、刃と斬撃にまるっと飲み込まれる。その後には肉片の一つも残っておらず、更には斬撃の通り道に遅刻性の飛ぶ斬撃を残して、その領域へ侵入しようとする敵を改めて切り刻んだ。
「わ、私の雑輩の歩兵が……!」
「よっし、道ができたよー。その代わり、私にもなかなかの反動が来てるけどね!」
「ありがとう、セルジュお姉ちゃん! 後は私とメルお姉ちゃんが!」
「うう、させない、もん…… 雑輩の歩兵……!」
「こちらこそ、好きにはさせません! 絶氷山壁!」
メル達の周囲、守りを固めるゴーレム達の丁度目の前に展開されたのは、氷山の如き巨大な障壁だった。このS級青魔法は敵の影ごと氷結させ、障壁の一部としてしまう。だが、黒い波と化した影達は、この氷塊をもよじ登ろうとしていた。手足が凍結しようとお構いなし。凍ってしまった仲間達を新たな足場として活用し、力づくでの踏破するつもりであるらしい。また、氷結してしまった影達も、氷の内側より暴れ出そうとしている。
「クッ、やはりしぶとい! もって数秒です、今のうちに前進しますよ!」
「うん!」
「いざ、レムちゃんのところへ!」
できた道が影の波に押し戻される前に、敵集団を操るレムをどうにかしなければならない。斬撃の通り道を駆け抜け、メル達は疾風となってレムの下へと迫る。
「ひ、ひぃぃ……!」
「わーい、レムちゃん見っけぇ!」
セルジュの瞳に映ったレムは、影達が担ぐ神輿のような台の上に居た。御輿もまた黒く染まっており、それ自体も影のようである。
「ヒック…… こな、来ないでぇ……!」
「ふっふっふ。大丈夫、私は怖くない、怖くないよ~? だからレムちゃん、そっちに行かせてもらうね~?」
「ひぃぃぃ……!」
「セルジュ、止めなさい。それ、味方が言って良い台詞じゃないですから」
「う、うん、流石にそれはちょっと、あの子が可哀そう……」
「いやいや、お宅のケルヴィンより随分マイルドだと思うけど? 私は優しく語りかけているだけで、物騒な事は何も言ってないよ?」
「十分に物騒ですよ……」
「看過できないレベルだよ……」
「ええー」
ケルヴィンを比較対象に挙げるセルジュであるが、残念ながら賛同の意見は得られない。彼女の危うさはまた別方向のものなので、まあ当然の事ではあった。
「グスッ、グスッ…… た、助けて、廃残の騎士……!」
「へっ?」
そんなセルジュのせいなのか、それとも悲しみが臨界点を超えたのか、レムは何者かに助けを求める叫びを上げていた。
―――ダダァァーーーン!
するとその次の瞬間、レムの神輿の近くで爆発音が鳴り、宙に数多の影達が舞い上がった。一体何事かとシュトラ達が視線を移すと、そこには軍馬に騎乗した騎士と思わしき新たな影の姿が。他の影達と同じく、その姿は朧気に映るが、騎士の手にはランスと思わしき武器が握られている。また軍馬と騎士、その両方がこれまでの影の最大サイズを誇っており、騎乗した状態での高さは20メートルにも届きそうだ。しかも、これが全部で3体も居る。
「うわ、これまたでかっ!?」
「クッ、ポーンという言葉から薄々察してはいましたが、やはり別種の駒が居ましたか……!」
「ポーンにしては数が多過ぎる気もしたけどね! ずっこいよなぁ! 全然チェスじゃないよなぁ!」
「お姉ちゃん達、お話ししている暇はないよっ! もう攻撃が来る!」
シュトラの警告通り、新たに出現した影の騎兵達は既に行動を開始していた。ランスを前に構えての突貫攻撃、ランスチャージである。見た目から十分に予測できる、姿そのままの攻撃方法だ。但し、その速度と質量が不味い。力強く駆け出した三体の騎兵は、もうシュトラ達の眼前にまで迫っていたのだ。
「豁サ縺ャ縺後>縺!」
理外の言葉を発しながら、シュトラ達と正面から衝突しようとする影の騎兵。狙いを澄ましたランスは正確に三人へと向けられ、勢いのままに射殺そうとした。当然、三人はこれを迎え撃つ。
「聖斧っとぉ!」
余裕をもって攻撃を躱したセルジュは、聖剣を巨大な斧の形態へと変化させ、すれ違い様に敵軍馬の足を四本まとめて刈り取る。機動力の要を失った騎兵は、地面に叩きつけられながら落馬。軍馬共々、その姿を消失させた。
「フッ!」
飛行を駆使して敵の懐へ潜り込んだメルは、槍による二連突きを騎士と軍馬の急所に放ち、見事にそれらを貫く事に成功する。その後の顛末はセルジュの相手と一緒で、貫かれた騎兵は消滅していった。
これで倒した騎兵は二体、あとはシュトラに向かった敵のみ――― だったのだが。
「ゲオルギウ――― きゃあっ……!」
「シュトラ!?」
シュトラの悲鳴が聞こえて来たのは、二人が迎撃を終えた直後の事だった。




