第192話 視界共有
グロリアは即座に駆け出し、この場からの離脱を図った。ジェラールを通り抜けてしまえば、もう彼女が戦うメリットは何もない。
「むっ、待てい!」
「すまないが、勝負を預からせてもらう」
背中から呼び止めようとする、ジェラールの叫び声が聞こえる。それでも、彼女は足を止める訳にはいかない。戦いから逃げるのかと罵倒されようとも、今グロリアが最優先すべきは、あくまでも脱出――― 罵倒程度であれば、いくらでも受け入れる。彼女にはその覚悟があった。
「待て、待ってくれ! もう少しで何かが掴める気がするのじゃ! 先ほどの嵐の如き攻撃、もう一度かまして、ワシをボコボコにしてくれい! 後生じゃ!」
「ッ!? え、ええい、風紀に反するような言葉を吐くな、馬鹿者が! 何が後生だ!」
「ああっ、逃げるでない! お願い、待つのじゃ~~~!」
「絶対に断るッ!」
……罵倒される覚悟はあったが、自分が罵倒する立場になるとは思ってもいなかったようだ。
その後、グロリアは危険な香りのする自称騎士から、全力で逃れる事に成功する。頑丈さは化け物染みていたが、彼女の予想通り、移動速度はそこまでではなかったようだ。
(別に恐れを抱いている訳ではないが、なぜかホッとしている自分が居る…… この道が間違っていたら、またあそこに戻らなければならないのか? う、ううむ……)
そんな複雑な思いを抱きつつ、歩みを進めるグロリア。が、幸か不幸か、彼女の苦い思い(?)はそこで終わりを告げた。
「来たわね! じゃ、手合わせ願おうかしら! あ、私はケルヴィンの制約の対象外になっているから、安心して攻撃しなさいよね!」
先ほどと似たT字路に差し掛かると、そこで聞き覚えのある声を耳にしたのだ。と言うか、その台詞とこのシチュエーションにデジャブが感じられた。道の先に目を凝らすと、分かれ道のど真ん中にて、何とセラが待ち構えているではないか!
「………」
この辺りでグロリアは、僅かに抱いていた疑問を確信へと変えた。そして彼女は足を止め、仁王立ちで待ち構えるセラを睨みつけ、こう言い放つ。
「お前達、ひょっとしなくても、私を鍛錬に利用しているだろう!?」
「あり、もうバレた?」
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配下ネットワークを介した視界の同期を行う。映像元は今グロリアと戦っているであろう、セラの視界だ。さて、向こうはどうなっているかな?
『私を弄んだな!? 粛清してやるぅ!』
『よく分からないけど、やる気があるのは良い事ねッ!』
よし、上手く繋がった。映像も音声も問題ないようだ。
「ジェラールの方も問題ないか?」
「うむ、実に鮮明に映っておるわい。なるほど、これがぶいあーる体験と言うものか」
「お前、セルジュ辺りから変な言葉を教えられていないか?」
兎も角、だ。ジェラールの方も映像の共有は上手くいったようだ。
「技術の進歩とは凄まじいものじゃのう。まるでワシがその場に居るかのような、不可思議な体験じゃて」
「『召喚術』の技術向上という意味であれば、まあそうかもしれないな」
セラの視界情報をリアルタイムで配下ネットワークに再現するっていう、見た目よりもかなり高度な事をやっているからな。少し前の俺だったら、ラグがあり過ぎて使い物にならなかったと思う。
『それにしても…… もう権能の顕現をしているみたいだけど、やっぱりこんな狭い場所じゃ、あの大きな十字架は出せないみたいね。ちょっと荷が重かったりする?』
『何だ、その安い挑発は? この程度、ハンデにもならん!』
なんて話をしているうちに、セラとグロリアの睨み合いが、そろそろ実力行使に移りそうだ。
「っと、そろそろセラの挑発に乗ってくれそうだ。ジェラールの時は粉塵で何も見えなかったし、ただただむさい叫びがするだけだったからな。集中して見学させてもらおう」
「じゃってー、ワシはゼロ距離攻撃だなんて、初めての事じゃったしー」
「じゃって、じゃなくてだな……」
まあ、対処を誤るとあんな感じで反撃に転じ辛くなってしまうと、そう理解しておこうか。事実、分かっていたとしても、アレを真正面から耐え忍ぶのは難しいだろう。
距離操作の権能による必中攻撃、こいつは他で味わう事のできない、大変に貴重な体験だ。けど、肝心のグロリアが素直に協力してくれるとは限らないし、彼女が使える権能には限りがある。だからこそ、逃走のチャンスを与える事でやる気を出させ、貴重な権能を有効活用する為に、こうやって皆で視界を共有している訳だ。
ちなみに、セラの次は俺が立ちはだかる予定である。それでもグロリアの権能の残高が残っていたら、またジェラール、セラ、俺――― って感じで、順番を回していくつもりだ。最低でも2巡はしてもらいたい。
『そこまで受けたいと言うのなら、存分に弾丸の嵐を浴びせてやる! 斂葬十字弾帯!』
『無邪気たる血戦妃!』
十字架の弾丸を連射したグロリアに対し、セラが行ったのはゴルディアーナ直伝の奥義、無邪気たる血戦妃だった。爆発するが如きの勢いで、セラが全身より紅のオーラを放出。そしてその直後、十字架の弾丸群がセラへと直撃――― する事もなく、刹那に四散した。
『何ッ!?』
『ふい~、大分スリリングな思いをしちゃったわね! 上手くいって良かったわ!』
後続の弾丸もセラの間近までは接近するが、その全てがセラに触れる寸前に散ってしまう。グロリアがどれだけ十字架をぶっ放そうとも、結果は一向に変わらない。
「なるほど、紅の闘気の効果か」
「確かステータスを底上げし、『血染』の効力も引き継ぐんじゃったな」
「ああ、即座に自滅しろとか、そんな命令を発しているんだと思う。たとえグロリアが距離を短縮できたとしても、その空間を通ったという事実は変わらないからな。セラが無邪気たる血戦妃を展開している限り、グロリアの攻撃は絶対にそれに触れてしまう」
「その結果として、セラに直撃する前に弾丸が消えてしまうと?」
「そういう事。まあ、それにしたって無邪気たる血戦妃の『血染』効果、前よりも強力になっている気がするな。以前なら、微弱なレベルのものしか付与できなかった筈だ。あの即効性、セラの血を直に浴びるレベルで働いていないか?」
「うむ、ワシもそう思っとった。展開力の高さと相まって、おっそろしい事になっておるのう~」
自由奔放なセラはいつも遊んでいると思われがちだが、見えないところではしっかり努力しているからな。これは俺もうかうかしていられないぞ。グロリアもこれ以上撃っても意味がないと察したのか、遂に銃撃を止めてしまったようだ。
『あら、おしまい? じゃ、準備運動はこれくらいにするとして―――』
「ん?」
あ、あれ? セラの視界から、紅のオーラが消えてしまった。まさか、無邪気たる血戦妃を解除したのか?
『―――次の攻撃をお願い! 今度は素の状態で何とかするから!』
『ハァッ!?』
「「ハァッ!?」」
セラの無謀な宣言を受けて、グロリアと一緒に驚いてしまう俺達。いやいや、ジェラールじゃないんだから、流石にそれは危険―――
―――なんて、そんな風に思っていたんだが、何つうか、うん…… その後、セラは見事に有言実行を果たしてみせた。何だよ、十字架が触れた瞬間に全てキャッチするって…… 勘と反射神経で何とかなるって、そんな訳ないだろ……
余談であるが、セラとの鍛錬でグロリアは権能を使い果たした。そう、俺に順番が回って来る前に、使い果たしてしまったのである。そんな事ってある?




