第75話 転生召喚
―――ケルヴィン邸・地下修練場
その夜、修練場に全員を集める。ここならば目立つこともないだろう。
「予想よりも早かったですね。まさか、その日のうちに決断されるとは思っておりませんでした」
「皆と話し合った結果だよ。ジェラールとの契約の事もある。戦力はいくらあっても困らないからな。まあ、勇者くらい御しきれないようじゃ、俺もそこまでの男ってことだ」
そう、勇者の転生召喚をすることにしたのだ。あれから悩み、意見を収集した末の結論。これで勇者に出て行かれたら格好悪いな。
「エリィ、リュカ。以前、ご主人様が召喚士だと言う事は話しましたね? これから行うのは、その中でも特殊な召喚です。私達の仲間になるか、お客様になるか、それとも道を違えるかはまだ分かりません。ですが、ご主人様に仕える身として恥をかくことのないよう、気をつけてください」
「承知しました、メイド長」
「はーい」
リュカが可愛らしく返事をする。二人はエフィル特製のメイド服に身を包ませ、既に見た目は完全にメイドさんだ。特にエリィは問題なく働き始めているので、一人前になる日も近いだろう。リュカはまだまだ見習いメイドである。一応、エリィとリュカには俺が召喚士だとエフィルから伝えさせている。
「そこまで気負わなくても大丈夫ですよ。例え運悪く悪人が転生したとしても、レベルは例外なく1からです。装備も初期のものばかり、赤子の手を捻るように倒せますよ」
「いや、倒しちゃいかんだろ……」
その場合は無理矢理にでも更生させる。勇者の力を持った悪人なんて危なくて放置できんわ。
「ねえ、さっさと済ませちゃいましょうよ。ふぁ、何だか眠いのよ……」
「あの後、続け様に連戦したせいだろ」
午前中にジェラールと2連戦、午後に俺とクロト、1周回ってまたジェラールとそれぞれ連戦したのだ。そりゃ疲れるわ。負けず嫌いにも程がある。
「おかげで収穫もあったわよ…… ってことで、早くー……」
「はいはい。っとその前に、召喚解除!」
MP確保の為、ジェラール、セラ、クロト、メルフィーナの召喚を解除し、俺の魔力に戻す。そしてエフィルからMP回復薬を受け取り、最大値まで回復。
『メル、頼んだ』
『それでは、これより加護の権利を行使し、転生召喚を行います。消費する魔力量と人数を決めてください』
『俺のMPを1だけ残して、その全ての魔力を1人に集中させてくれ』
どうせやるなら、求めるのは強い勇者だ。生半可な力だと付いて来れるか怪しい。
『準備が完了しました。転生を開始します』
修練場の中心に巨大な魔法陣が一瞬にして描かれる。魔法陣は仄かに白い光を煌かせながら、幻想的な空気を醸し出している。だが、それ以降の変化はまだ起こらなかった。
『……結構かかるな』
『スキルの選択で悩んでいるようですね』
『それがあったか…… かなり時間がかかるんじゃないか? 俺なら一日中悩む自信があるぞ』
『いえ、時間軸が異なるのでそこまでは―――』
メルフィーナが急に黙り込んだ。
『決まったようです。どうやら、容姿と年齢は変更せずに転生するようですね。それに……』
『それに?』
『いえ、実際にお会いした方が早いです。もう来ますよ』
顔を向けると光が円柱を作り、魔法陣を覆い始めていた。
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僕、佐伯理桜は生まれながら病弱だった。覚えていないくらい小さな時に難病を患ってしまい、学校には殆ど行くことができず、今思えば僕の部屋と病室で人生の大半を過ごしていたと思う。
そんな僕に友達ができるはずもなく、一人で過ごすことが自然と多くなる。することと言えば、自学をしたり小説を読むことくらい。読むジャンルは専ら冒険ものだった。外の世界を窓から覗くことしかできない僕にとって、それが唯一の心の支えでもあったんだ。いつか、この物語のように外に飛び出し、ワクワクするような気持ちを味わいたい。その思いを胸に、今まで治療を頑張ってこれた。
だけど、それも全部無駄に終わってしまう。14歳の誕生日を迎える前日に、病状が急変。嘘みたいに呆気なく、僕の人生は幕を閉じてしまった。
(はぁ…… 結局、僕の人生って何だったのかな……)
僕の眼には何も映らない。一面闇で覆われ、無音。
(これが死後の世界なのかな? はは、もうどうでもいいや……)
自暴自棄になって瞳を閉じる。どうせ、僕の意識もそのうち消えてなくなってしまうだろうさ。
―――ピコン。
聞きなれない音を耳にする。それも、とても死後の世界で聞くような音ではなかった。
(何だろう?)
眼を開くと、そこは先ほどと同じ闇の世界。しかし、ただ1つ異なるものがあった。
『異世界へようこそ!』
(……何これ?)
目の前に浮かぶ半透明の板。そこにボタンのようなものが光っていた。操られるように、僕はそのボタンをすぐさま押した。
『おめでとうございます! あなたは厳正なる抽選の結果、異世界への転生権を獲得しました。これより、あなたの魂を転生神(代理)の下に送ります。そちらで転生の準備を行ってください』
(……転生? 異世界? 小説でよく読んでいた、憧れていたあの?)
沈んでいた心に光が差した気がした。そして、意識が段々と遠のいていく。
この後、僕は神様の代理人を名乗る天使に出会い、仕事の愚痴を暫く聞かされることとなる。もちろん、スキルを決める時間もそれなりにかかったんだけど、それよりも愚痴が長いってどういうことなんだろう? 普段会話をすることがない僕にとっては楽しい一時だったけど、上司はよっぽど適当な神様なんだろうな~、と心の片隅で思った。
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―――ズン!
魔法陣の中心に何かが落ち、煙があたり一帯に上がる。人型の影は仄かに見えるが、まだその姿を確認することはできない。
『背丈からして、まだ子供のようだな』
これで極悪人を召喚してしまった、なんて間抜けな話は少なくとも回避できた。
『あなた様の幸運値でクジ運が悪い訳がありません。必要となる人物を引き当てるに決まってますよ』
『そうだといいが』
煙が消えていく。現れたのは、150センチも身の丈がないような小柄な少女だった。ショートカットの髪が俺と同じ黒なことから、日本人だと読み取れる。色白で細身だが歳相応に可愛らしく、将来がとても楽しみな――― って、今注目すべきところは違うだろうが。
「ここ、は……?」
まだ意識が朦朧としているようだ。身に着けている装備は懐かしき旅人装備一式。俺が転生した頃を思い出すな。
「まずは、はじめましてかな。俺の名はケルヴィン、冒険者を生業にしている。そしてここは俺の屋敷の地下室だ。こんなところでの召喚になってしまったが、そこは我慢してくれ」
「ぼ、冒険者! ……あ! は、はじめまして。僕の名前は佐伯理桜って言います」
理桜か。リオ…… いかん、どこかの中年と名前が被ってしまっている! これは一大事だ!
「……天使さんから聞いたんですけど、僕、本当に異世界に転生しちゃったんですか?」
「天使さん?」
『私の代理をやらせている部下のことですよ』
『お前、そんな大事なことを部下に任せていいのか?』
『いいのです。何事も経験ですので』
ものは言い様だな……
「君を異世界から転生させてしまったのは、召喚士である俺だ。まずは、こちらの都合で転生させてしまったことについて謝罪し―――」
「あなたが転生させてくれたんですね!?」
「よお!? う、うん。そうだけど……」
先ほどまで気後れしていた理桜が、行き成りガシッと俺の両手を掴み、力強く確認してきた。何これ、お兄さんの心臓も吃驚なんだけど。
「あ、ありがとう……! 本当にありがとうござい、ます…… えっく、ひっく……」
そして、俺の胸で泣き出してしまった。あれぇ、おかしいな。デジャブを感じるぞ。
『……王よ、出会い頭に女子を泣かすスキルでも持っているのか?』
持ってないはず、なんだけどなぁ……




