第66話 旅立ち
―――トラージ港
邪竜を討伐した翌日、西大陸への出航許可が刀哉達に下りた。出発の準備自体は数日前に既に終わっていたらしく、その足で船が停泊しているトラージ港に行くこととなる。俺達はその見送りだ。
「勇者様! 出航の準備が整いました!」
トラージの船員が活気ある声で叫ぶ。それに対し、刀哉は苦笑いで返事を返す。
「はは、勇者様は止してくれよ。俺達はただの冒険者、そういう設定だろ?」
「あっ、すいません! 俺としたことが……」
「これから気をつけてくれればいいさ。すぐに船に乗るから待っててくれ」
船員が船に戻って行くのを見送り、4人はこちらに振り返る。
「ケルヴィンさん、それに皆さん。短い間でしたが、お世話になりました」
「俺が勝手に巻き込んだことだ。礼を言われる筋合いはないよ。それにしても、出航の許可は今さっき下りたばかりだぞ。もう行くのか?」
「本当であれば数日も前に出発していたんです。それに、何時までもご迷惑をおかけする訳にもいきませんから」
「だから別に迷惑なんて……」
背後にいたジェラールが俺の肩に手を掛け、言葉を止める。
「こやつらなりの覚悟じゃよ。黙って見送ってやれ」
「ふう、一直線なところは結局変わらなかったな…… 餞別だ、受け取れ」
クロトの保管からある物を取り出し、4人それぞれに投げてやる。
「わっとっと…… ケルヴィンさん、これは?」
「ペンダント、かしら」
「ああ、即席で作った。ま、御守り代わりだと思ってくれ」
投げ渡したのは各々の属性を模ったペンダント。極小のステータス上昇効果と、もうひとつ秘密の効果を備えた装備だ。使われないに越した事はないが、もしもの時に役立つと思う。鍛冶スキルはアクセサリーに対応していなかったので、トラージの装飾具職人から悪食の篭手でスキルを借りてきた。
「……ツンデレ?」
「雅、お前は最後まで一言多いのな」
少し気を利かせたらこれである。まあ、それが彼女の持ち味なのだろう。
「わあ…… 私のは氷の結晶の形だ。ケルヴィンさん、ありがとうございます! 大切にしますね」
「ああ、奈々もムンと一緒に頑張れよ。そのドラゴンも、そろそろ幼竜から成竜に進化するかもしれないぞ。リュックに入りきれなくなるかもしれないな」
「ギャウ!」
「もう、ムンちゃん! そんなこと言ったら駄目だよ」
何と言ったのかは定かではないが、ムンは奈々のリュックの中がお気に入りらしい。車の窓から顔を出す犬みたいだな。甘やかし過ぎは良くないのだが……
「トラージでは気苦労が少なかった気がします。これもケルヴィンさんのお蔭かもしれませんね。この正義馬鹿の性根を叩きのめしてくれたこと、感謝します」
「刹那はこれからも大変だと思うが、気を強く持つんだぞ? あれでも一応はお前ら勇者のリーダーだ」
「はあ…… 頑張ります……」
「何か散々な言われ様だ!」
しかしながら、刀哉も心身共に成長している訳で。刹那の気苦労も多少は緩和されているんじゃないかな。多少は。
「西大陸で何が起こるか分かりませんが、精一杯やってきますよ!」
「刀哉、お前は頑張る方向を間違えないようにな」
「はは、信用ないな」
刀哉達には自分の固有スキルの効果を口外しないようにと、徹底して言い付けてある。例え俺達であったともしてもだ。鑑定眼でステータスを見られたとしても、効果の分からない固有スキルはそれだけでアドバンテージとなる。そのせいで刀哉の『絶対福音』と、刹那の『斬鉄権』の詳細を知ることはできなかったが、命に比べれば些細なことだ。
「それではケルヴィンさん、俺達そろそろ行きます」
「おっと、もうそんな時間か。エフィル」
「はい。こちら、簡単なものばかりですが、お弁当です。船の中で召し上がって下さい」
すぐに出発すると聞いて、エフィルが大急ぎで作った4人分の弁当だ。中には昨日食べたおにぎりやサンドイッチなど、現代風に仕上げている。
「エフィルさん! マジでありがとう! 本当に!」
「神っ!」
「またエフィルさんの手料理を食べれるなんて……!」
「大切にムンちゃんと一緒に食べるね!」
ブンブンと手を掴みながら礼をする4人。おい、お前ら。俺の時よりも随分素直じゃねーか。特に雅。エフィルの料理が相手では分が悪いのは確かなんだけどさ! 俺も胃袋をつかまれてるけどさ!
「間もなく出航します! 乗船する方はお急ぎください!」
船員が大声を張り上げ、出航の準備が整ったことを伝える。
「ほれ、乗り遅れるぞ」
「ああっ、急がないと! 皆、走るぞ!」
「わわっ、待って!」
刀哉達は船の甲板まで走り乗り、手すりからもう一度顔を出した。
「ケルヴィンさん、貴方から教えてもらったこと、絶対に忘れませんからねー!」
「また会いましょうー!」
「今度は勝てるくらいまで強くなって来ますからね! ありがとうございました!」
「上に同じー! 次は負けないー!」
結局4人は船が見えなくなるまで俺達に手を振り続けてくれた。俺の気紛れに付き合わせただけだってのに、ちょっと罪悪感を感じてしまう。
「ご主人様は本当にお優しいです」
「うむ、奴らも晴れ晴れとした顔付きになっておったな」
「何馬鹿なことを言ってるんだ。酔狂で付き合っただけだよ。そろそろ昼時だ、俺達も飯を食いに行こう」
「もう、照れちゃって」
「照れてない!」
……それにしても、西大陸か。リゼア帝国もそこにあるんだったな。
ジェラールに念話を送る。
『ジェラール、仮に俺達が今、リゼア帝国に喧嘩を売ったら勝てるかな?』
『何じゃ? 藪から棒に』
『お前との契約だよ。ジルドラって奴に敵討ちする約束だろ?』
『ガッハッハ! 覚えておったか、忘れたのではないかと思っておったぞ!』
『こんな大事なことを忘れるかよ』
そう、ジェラールとの契約はジルドラを倒し、祖国アルカールの敵討ちをすることだった。俺はまだその願いを実現させていない。
『さて、な…… ワシが生きておった時代とはまた状況が違う。ジルドラがまだ帝国に在籍しているかも分からん。それに帝国は西大陸随一の強国じゃった。デラミスと未だにいがみ合っている辺り、力が衰えているとも言えんじゃろうな。いくらワシらが強くなったとは言え、帝国を相手するのは危険じゃよ』
『そうか…… まずは情報収集からだな』
『ワシは別に急いでおらんよ。 ……腹を割って言ってしまえばな、契約した時は無理だと思っておった』
『おいおい、そんなんで俺と契約したのかよ』
『まあ聞け。あのまま城に篭ったままよりは、望みがあると考えていたんじゃ。最初はそんな薄い望み。それが王と旅をするようになって、エフィルが仲間になり、セラが仲間になった。今ではS級モンスターも倒せるまでに至った』
ジェラールは天を仰ぐ。
『王よ、感謝する。不可能だったワシの望みは、今や実現可能なレベルにまで引き下げられた。契約が成し遂げられた時、ワシは王を真の主と認めよう』
『ああ、それまでは仮の主で十分―――』
ぐふっ…… セラが背中にのしかかってきた。
「ちょっと、何二人でコソコソ話をしてるのよ?」
エフィルもローブの袖をちょこんと掴んで顔を見上げる。
「仲間外れは嫌です……」
「わかったわかった! ちゃんと二人にも話すからセラは降りろ! エフィルは悲しむな!」
「ガハハ! 王よ、一先ず食事としよう。話はそれからじゃ!」
ズンズンと先導するジェラールを追う。セラを背負い、エフィルの手を繋いだまま、仲間の重みを直に感じて。




