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第65話 邪竜

「わかってます。決して忘れません」


 ケルヴィンさんの眼を見て、ハッキリと言い切る。これは、俺の誓い。正義に酔い、ただ無鉄砲で向こう見ずだった俺との決別の証。


 今思えば、ケルヴィンさんは不思議な人だ。俺の勝手な勘違いで冤罪を被らせてしまうところだったというのに、今では戦闘の指南までしてもらっている。俺達4人が全力で戦ったとしても、決して敵わないほどの実力。仲間の人達もとても良い人達で、一風変わってはいるがケルヴィンさんと同じく力の底が見えない。


「オーケー。それなら、ここからは俺達の仕事だ」

「え? 仕事って?」


 俺が聞き返す前に、奈々が代弁してくれた。


「おいおい、俺達は冒険者だぞ? ボス部屋まで来てやることはひとつだろ。昨日ちゃっかりとツバキ様に頼まれてしまったしな」

「ま、まさか……」

「そのまさかよ。ちょっと遊んで来るわね!」


 セラさんが躊躇することなく崖から地底湖に飛び降りる。


「血気盛んじゃのう。これも若さか」

「ジェラールさん、黄昏るのは帰ってからにしましょう。ご主人様、私も援護に向かいます」

「ああ、作戦通り頼む。ほれ、ジェラールもいったいった」

「全く、年寄りを扱使いおって」


 文句を垂れながらも、ジェラールさんが崖を下っていく。エフィルさんはてっきりケルヴィンさん御付の従者だと思っていたが、戦闘もできるのか?


「では、行って参ります」

「ああ、初撃は任せた」


 次の瞬間、エフィルさんの姿が消える。眼を逸らした訳ではない。ある程度注目もしていた。その上で、あの特徴的なメイド姿の少女が、影や気配すらも残さずに消え去ってしまった。


「き、消えた……?」

「これは…… 隠密のスキル?」

「駄目、私の気配察知にも引っ掛からない。完全に気配を消してる。私達の眼前で隠密状態になるなんて、信じられない錬度……」


 刹那が居場所を探ろうとするも、エフィルさんを見つけ出すには至らなかったようだ。


「ケルヴィンさん、エフィルさんはどこに―――」


 俺の声を遮り、聞こえてくるのは大量のダイナマイトを一気に爆発させたような、激しい爆音。崖下を見ると、地底湖が炎を上げて燃えていた。


「あそこから撃ったみたいだな」

「え、ええ!?」


 ケルヴィンさんを指差す方を見ると、遥か遠くの岩壁付近から弓を構えるエフィルさんの姿があった。


「ゆ、弓!? あの惨状を弓でどうやって!?」

「色々あるんだよ。それよりも、今ので眼が覚めたようだな」


 海中より轟く咆哮。絶対的な恐怖が、体の芯から溢れ出す。震えが止まらない。


「あはは、少しばかり怒ってるな。目覚ましにしては音と痛みが大き過ぎたか」


 一方でケルヴィンさんは恐れる気配ひとつない。それどころか冗談を言う始末だ。


「何悠長なことを言ってるんですか! 相手はS級ボスモンスターですよ!?」

「慌てるなって。ほら、奴が見えてきたぞ」


 水底から黒い影が徐々に大きく膨らんでいく。やがて、水中に潜んでいたそれは勢いよく姿を見せた。


「ギュアアアア!」


 青紫の巨体が飛翔すると同時に上げられる叫び。あまりの轟音に地が揺れ、水が波を立てる。蒼き竜は地底湖の水面上で浮遊するように辺りを見回す。


「ぐっ、耳が……! なんて咆哮なの!」

「状態異常になった訳じゃないけど、動けない……!」


 体が竦み、立つこともままならない。


「我ノ眠リヲ妨ゲル者ハドコダ……!」

「意外だな、邪竜の癖に喋る知能はあるのか。元は古竜だったのかな?」


 片言ながら竜は言葉を発した。ええと、コレットから教わったことの中には、竜族についての情報もあったな。確か邪竜とは、力や欲望に塗れてしまった堕ちた竜のこと。ステータスは竜を凌ぐが、その代償に知性を著しく退化させてしまっている。その上で言葉を話す知能があると言う事は、ケルヴィンさんの言う通り、元々は高位の竜だったのだろうか。


「フン、何匹カ蟻ガ紛レ込ンデイルヨウダナ。群レレバ勝テルト思ウタカ」

「相手の実力も測れない貴方に言われる筋合いはないわよ、大きなトカゲさん?」


 邪竜のちょうど目線上に立ったのはセラさんだった。鼻で笑ったような態度が実に挑発的である。


「う、うわー…… セラさん、すごい挑発してる……」

「……ええと、私の目の錯覚でなければ、セラさんもあの竜と同じく空に浮かんでない? 私の天歩とは違うみたいだけど」


 刹那の指摘の通り、セラさんは何時もの見事な仁王立ちを空中で決めていた。俺には何のスキルを使っているかは分からないが、この人達はまだまだ実力を隠している気がする。


「カ弱キ人間ガ何ヲ言ウカ! 我ハ力ヲ手ニシタ偉大ナル竜! 貴様等トハ格ガ―――」

「口上の途中で悪いが、尻尾はもらったぞ」

「あ、あれ? ケルヴィンさん!?」


 俺の横にいたケルヴィンさんが何時の間にかセラさんの後方に移動していた。それを認識したと同時に耳にしたのは、先ほど俺達が恐怖した咆哮とは正反対の、邪竜の悲鳴。


「グァギャアアア!?」

「お前さん、隙だらけじゃぞ」


 悲鳴の先を辿ると、ジェラールさんの大剣が邪竜の尻尾を根元から斬り落としていた。地底湖に強靭な尾が落下する。


「キ、貴様ァ! 許サヌ!」


 邪竜が吐き出したブレス、レーザーのようなそれは加圧された水。触れる者を問答無用で切断するウォーターカッターであった。高速で噴出される水がケルヴィンさん達に迫る!


 ―――が、言葉を交わすこともなく3人は完璧にレーザーを躱していく。まるで仲間が何を考えているかを共感しているように、3人が離脱したところをエフィルさんが矢を放つ。エフィルさんが持つ紅い弓は先端から紅蓮の炎を巻き上げていた。その炎は矢を放つと戦闘機のジェットエンジンが噴射するが如く後方へ弾け飛ぶ。


「始めに聞いた爆音はこの音だったのか」


 矢を放つ度にドオン! ドオン! と爆音が鳴り響く。最早これは弓ではなく、戦車砲だった。発射音も大概だが、邪竜に矢が当たることによって生み出される爆発も酷いものだ。これだけの魔法? を立て続けに放ったが、それでもエフィルさんがMP切れを起こす様子はない。本当にメイドさんですか!?


「グ、オオォォ……」


 邪竜が弱りきった眼でエフィルさんがいた岩壁を見るが、そこにエフィルさんは既にいなかった。姿を眩まして、次の狙撃ポイントに向かったのだろうか?


「はい、よそ見しない!」


 セラさんが邪竜の後頭部に追撃の拳を放つ。その威力は凄まじかったらしく、邪竜はその巨体ごと地底湖へと高速落下していく。


 正直、ここから先は戦いと呼べるものではなかった。邪竜が青魔法を唱えればケルヴィンさんの魔法によって相殺され、力で押し切ろうとすればジェラールさんに打ち負かされる。セラさんの拳を受ければなぜか弱体化し、隙を見せればエフィルさんに爆撃される。


「ははは…… 君の主人、本当に凄いんだね。俺も、いつかああなれるかな?」


 思わずスライムのクロトに洩らしてしまう。プルンと傾げるような仕草をするこのスライムも、ひょっとしたら規格外なのかもな。ケルヴィンさんは本当に不思議な人だ。

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