第64話 選択
「ふう、満腹満腹。それで何だっけ?」
「このダンジョンのボスを見つけたって話だろ」
思う存分エフィルのおにぎりを堪能し、腹をさするセラ。すっかりボスの事を忘れている。
「ああ、そうそう。それっぽいモンスターを見つけてきたわ」
セラが自慢げにその豊満な胸を張る。あ、雅が血を吐いた。
「どんな奴だった?」
「あれは水竜ね。昔本で見たことあるもの」
水竜…… ついにドラゴンが出てきたか。種族としては悪魔や天使と並んで最強種だったはず。低級の竜であれば今の刀哉達でも対処できるだろうが、竜海食洞穴のボスとなるとS級相当の力だ、まず厳しいと思う。
「ダンジョンのボスか。魔王復活の影響で強力化してるってコレットが言っていたな」
「コレット? デラミスの巫女か?」
「ええ、俺達をこの世界に召喚した人です。あの時は何が何だか理解できなくて、呆然とするばかりでしたよ……」
「学校の教室で皆と話していたら、床に魔法陣がいきなり現れたんだもんね。それで目の前が真っ暗になって、女神様が夢の中に出てきて…… 目が覚めたらデラミスの大聖堂の中」
ファンタジーでよくあるパターンで飛ばされたんだな。俺も人のこと言えないけど。
「そうだな、刀哉達はダンジョンについてどのくらいの知識がある?」
「魔力密度の高い空間、危険な地域や放棄された建設物にモンスターが徘徊するようになった場所。一口にダンジョンと言っても、迷宮や洞窟、森林、様々な形態が挙げられる。危険である一方で貴重なアイテムや財宝も多く、冒険者が好んで足を踏み入れる。最奥はダンジョンのボスモンスターの住処となっており、このボスに対する討伐依頼がギルドにて公布されている」
「うん、その通りだ。よく勉強しているな」
雅がすらすらとダンジョンについて解説する。不思議ちゃんだが頭は良いようだ。
「デラミスにいた頃は俺達もダンジョンに潜ってボスの討伐をしていました。C級以下のダンジョンが殆どだったんですけどね」
「ボスとの戦闘経験はあるんだな。それじゃあ、何でギルドはボス討伐の依頼を出すと思う?」
「えっと、ボスは強力なモンスターで、ダンジョンに潜る冒険者の危険が増すからです」
「奈々に補足する。ボスがいるダンジョンはモンスターの発生率が高く、ダンジョン外に出て行くモンスターも増えてしまうから。自ずと周辺地域への危害も比例して増加する」
「それにボスを倒してしまえば、暫くの間はモンスターの凶暴性が薄れる…… だったかな。周期的にボスは復活してしまうとも聞いたけど」
「そう。だからギルドはボスの討伐依頼を頻繁に出しているんだ。普通であれば、一度倒してしまえば長くて数十年、どんなに短くても1年は復活しないんだが…… 最近は復活の周期が早く、ダンジョンランクに対してボスが強力化している。俺の本拠地のパーズは他の4国に比べればモンスターが弱く平和なとこなんだが、ここ最近A級相当のボスが現れたりもしている。これが魔王復活の予兆ではないかと騒がれている原因だな」
事実、パーズ周辺のB級以上のダンジョンは俺が討伐担当になっている。幸いそれほど数はないのだが、今思えばリオは人使い荒過ぎだ。
「俺達が今攻略しているこの『竜海食洞穴』はA級ダンジョン。となると、ここのボスは?」
「……S級モンスター」
4人は神妙な面持ちで答える。
「西大陸への出航日もそろそろだ。これを修行の締めとしよう。セラ、案内してくれ」
「りょーかい。こっちよ」
先頭に立つセラに続き、隠し通路や破壊されたトラップの横を通っていく。粗方この道のモンスターは殲滅したようで、道中遭遇することはなかった。
「お、ここがモンスター部屋だった場所か」
周囲が水で覆われた大空洞。壁際に行くにつれ、水位が深くなっていく。おそらく、ここからモンスターが次々と出現していたのだろう。水位の浅い場所にはモンスターの残骸が築かれ、あとはプカプカと浮かびながら血の色で水面を染めている。
今回はモンスター部屋がどれだけ危険か刀哉達に見せる為に、クロトにはモンスターを吸収しないようにと念話で伝えていた。帰るときにこっそりとクロトの分身体に食べさせておく予定だ。
「す、すごい……! 俺達はオクトギガント数匹に苦戦していたのに、どれだけのモンスターがここにいたんだ!?」
「死骸がボロボロだからわかり難いけど、数十…… いえ、数百?」
「クロトと手分けして戦ってたから、私も正確には数えていないわ。途中で数えるの面倒臭くなったし」
当然ながらオクトギガントの死骸もそこらかしこに混じっている。クロトとセラの規格外の実力があるからこそ力技で突破できたが、これが刀哉達であれば詰んでいた。それだけ数の暴力は凶悪だ。
「もしモンスター部屋を踏破する気があるなら、これを真似して正面から馬鹿みたいに戦おうするなよ。普通に戦って無理なら頭を回せ。少しでも有利な状況を作り出せ。仲間を死なせたくなければな」
「む、それって暗に私が馬鹿みたいだってこと?」
「言ってないからその振り上げた拳を下ろせ」
このシリアスムードを容赦なく壊していくスタイル、嫌いじゃないが今は自重してくれ、セラ。そして早く拳を下ろしてください、お願いします。
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「見えてきました。水底で眠っているようです」
「でかいな」
「でかいのう」
「無駄にでかいわ」
ボスの住処は巨大地底湖だった。青白い光が岩壁の隙間から差し混み、幻想的でとても美しい。だが、その地底湖には大きな陰が潜んでいた。水竜だ。
「岩陰からあまり顔を出すなよ。眠っているとは言え、気付かれるかもしれない」
「「「「………」」」」
4人は竜から目を離そうとしない。
「さて、さっきも言ったようにダンジョンのボスは周辺の街や国に災厄をもたらす。長期に渡って放っておけば、トラージに危険が迫るかもしれない。勇者であるお前達は、どうする?」
これが俺からの最後の試験。刀哉が選択した道は―――
「―――今の俺達では勝てません。逃げます」
「いいのか? トラージの人々が死ぬかもしれないぞ?」
「俺は刹那を、奈々を、雅を無駄死にさせる気はありません。勇者である前に俺は、こいつらの仲間なんです。周りから非難されようと、無謀な戦いを俺はもうしません。鍛え直し、対策を考え、万全を期してから再戦します」
刀哉は言い切る。刹那、奈々、雅も頷く。
「……合格だ。その心構え、絶対に忘れるなよ」




