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第63話 竜海食洞穴

 黒風騒動の主犯であるクリストフを捕らえてから1週間ほど経った。本来であれば、刀哉達はトラージから船に乗って西大陸に向かう予定だったらしいが、その黒風騒動の後処理で手続きが遅れてしまっていたのだ。勇者の証言がトラージと冒険者ギルドには必要だった事もあり、この1週間城内の文官は大忙しだったようだ。


 その時間をただ漫然と過ごすのも勿体なかったので、初日の休暇以降は近場のダンジョンで勇者達を鍛えている。近場と言ってもランクはA級、トラージ危険度最高峰ダンジョン『竜海食洞穴』。並みの冒険者であれば即死級の難易度を誇るダンジョンだ。先日のゲームで刀哉達の実力を間近で感じたが、クリストフなどよりは確実に上だった。つまり、A級冒険者以上の実力はある。であれば、このくらいの場所で鍛えてやらなければ意味がないのだ。


 なぜ俺が勇者を鍛えねばならないのか? うーん、まあ、アレだ。特に深い理由はない。強いて言えばメルフィーナが折角選び出した勇者だってのもあるし、数少ない俺の同郷出身だからかもしれない(俺が転生者とは話してないが)。短い間ではあったが多少は気心の知れた仲にもなった訳だし、そこらで野垂死んでもらっては後味悪いだろ? やるからには魔王を倒す使命を全うしてもらいたい。俺も魔王と戦いたいが、時には我慢も必要なのだ。


「くそっ、ぐにゃぐにゃと軟らかくて剣じゃ斬れない!」

「刀哉、気をつけて! オクトギガントが帯電し出したわ!」

「雅、奈々! 後方支援役は状況把握もしっかり行え! 前衛役の後退が間に合わなそうであれば、水を氷に変化させて足場にしろ! 多少はマシになる!」

「わ、わかりました!」

「刀哉はもっと白魔法を活用する方法を考えろ! 剣で突撃して技をぶっ放すだけが戦いじゃないぞ!」

「了解!」


 こんな感じでダンジョン内でモンスターとの実戦を行わせながら、俺は各人の指摘をしながら危なくなった際の補助役をしている。今刀哉達が戦っているモンスターはA級のオクトギガントだ。緑色の大蛸で所々にアンテナのような角を生やしており、ヌメヌメの皮と軟体の特性で物理攻撃が半減される強敵だ。おまけに体から高圧の電気を発するので、ほぼ足場が水で覆われるこのフィールドでは柔軟な戦闘が求められる。


 そんな強力なモンスター達との戦いを何セットかやらせ、適度に休憩を挟む。その間も無駄なく基礎の底上げをしてもらう。ジェラールによる剣術指導、魔法使い組は俺とエフィルが魔法指導だ。当初はセラにも手伝ってもらおうと考えていたが、どうも彼女は人の指導には向かなかった。何と言うか、自分の感覚で動く天才肌タイプって感じなのだ。


「ここでグッと構えて後はガッ! 後はドーンよ! ね、簡単でしょ?」

「……えっ?」

「だから、こうグッ! ガッ! ドン! リズムは大事よね」

「……ケルヴィンさん、翻訳をお願いします」

「無理」


 説明するにも表現が擬音ばかりで体を成していないのだ。黒魔法を扱う者同士、雅の良い指導者となるかもと甘く考えていたが、世の中上手くいかないものだよね。そんなセラはクロト(戦闘力特化分身体)を連れて、暇潰しにとダンジョンの奥へと姿を消してしまった。時折レベルアップのファンファーレが聞こえてくるあたり、二人で順調に攻略を進めているようだ。一応ボスを見つけたら戻って来るようにと伝えてはいる。


 あとはダンジョンの奥へと前進前進。レベルアップと経験積みを繰り返しながら、このサイクルを回して行く。


 幸いなことに刀哉達はステータスに恵まれていたので、兎にも角にも実戦慣れしてもらうのが目的だ。これまではその高い基礎能力とスキル、そして神聖騎士団の保護の下で難なく敵を凌いで来れただろう。だが、更に上の次元を目指すのならば、自ら殻を破る必要がある。あくまでこれはその為の下地作りで、これからもう一段階成長できるかは刀哉達次第だ。


 あとはスキルについての知識だな。俺も全てを理解している訳ではないが、今のところ有用である倍化スキルを教えてやった。それなりの貴重なスキルポイントを使うこのスキル、レベルを60近くまで上げてしまっている刀哉達が必要になるかは分からない。秘中の秘だぞ、と誰にも言わないよう念を押してはいるが、ちょいと心配だな。何かあったら正座フルコースだ。


 ちなみにセラやジェラール、クロトは倍化スキルを覚えられなかった。スキル項目に倍化スキルが載っていなかったのだ。理由は分からない。エフィルはレベル1で無事に会得できた訳だし、人間やエルフなど種族によっても会得できるスキルが異なるのかもしれないな。


「よし、そろそろ休憩に入るぞー。」


 周囲を気配察知で探索し、安全を確認して休憩の宣言を行う。


「ふわー、もうクタクタだよー」

「た、確かにハードだな。ここまで疲れたのはデラミスでの特訓以来だ」

「普段鍛錬をサボってるせいよ」

「お腹が…… 減った……」

「そういや、もう昼か…… 洞窟内だと時間を忘れてしまうな。エフィル、昼食の用意を」

「承知しました」

「それではワシは先に見張りをしよう」

「悪いが任せた。合間を見て交代する」


 エフィルがクロトの保管からピクニックバスケットと敷物を取り出す。それらは手際良く設置されていき、ものの数秒で食事の準備が整った。


「ツバキ様より賜った米をトラージの携帯食形式で調理致しました。『おにぎり』と言う伝統的な料理だそうです。中身の具もトラージ産の定番ものを使用しました」


 エフィルがバスケットを開けると歓声が上がる。


「お、おにぎりだー!」

「トラージ城で米を見たときも感動したけど、おにぎりの形だともっと懐かしい感じだわ……」

「俺、涙が出てきた……」

「おかずもまるでピクニックのお弁当。学校のお昼休みを思い出す」


 これには俺も驚いた。エフィルのやつ、和食の他にも色々な料理をトラージで学んだみたいだ。よしよし、良くやった! いつもよりも多めにエフィルの頭を撫でてやる。でもな……


「ここがダンジョンだって忘れるなよ? 今の歓声でモンスターが寄って来たら一大事だ」

「あ、そっか…… 気をつけなきゃ……」

「心の中に、メモメモ」


 戦闘以外にも学ばなければならないことはまだまだ多そうだ。こっそりと無音風壁サイレントウィスパーを張ってあるから大丈夫なんだけどね。


「それでは、いただきます」

「「「「いただきます」」」」

「はい、どうぞお召し上がりください」


 懐かしきおにぎりを一口ぱくり。こ、これは…… 口の中で握られた米粒が一斉にほどけ、中身の具が爽やかな酸味を奏で出す。それはまさに味の調和ハーモニー。それは米の本場、現世日本でも味わったことのない神域の味。まさか、この異世界に梅干まで再現するとはな…… トラジ、侮れん! 更に驚くは先日学んだばかりの料理であるおにぎりを、熟練の寿司職人がシャリを握るが如く絶妙な加減で仕上げているエフィルの技量! あれ、おかしいな、目が霞んでよく前が見えないや……


「え、エフィル、また腕を上げたな…… 美味すぎて涙が出てきたぞ」

「漸く調理スキルがS級になりましたので。心を込めて、頑張りました!」


 マジですか。S級調理スキルで作るとこうなるんですか。へへ、感動で体が震えてきやがった…… いや、本当に体が熱いぞ!?


「うお、補助効果が付いてる。エフィルの料理を食べたからか?」


 ステータスを見ると、『S級調理/魔力増加大』の文字が補助効果の欄に載っていた。鑑定眼で更に効果時間を調べると、残り23時間59分と表示される。おいおい、丸一日効果が持続するのか。試しにもう一口食べてみる。


「美味い……」


 噛む毎に涙が溢れてくるのは考え物だな、S級調理…… しかし、更なる効果は付かなかったか。重ね掛けはできない仕様なのかもしれない。


「エフィルさん、ありがとう。本当にありがとう……!」

「私、このおにぎりの味、忘れないわ……!」

「涙が、止まらないの……」

「あなたが神か」

「え、ええと…… お粗末様でした?」


 涙を流しながら礼を言う4人。感動するのは良いが、エフィルが若干引いているぞ。


「あら、先に食べていたの? って、どうしたのよ、これ……」


 混乱の中、セラ先遣隊が戻ってきた。クロトもぴょんぴょんとセラに付いて来ている。


「い、いや、ちょっとな…… セラの方はどうだった?」

「途中、モンスター部屋があったから殲滅しといたわよ。あそこ、無限湧きじゃなかったのね。ノッてきたところで沸かなくなっちゃうんだもの」


 モンスター部屋とはダンジョン探索ゲームによくある、モンスターが大量に出現するエリアのことだ。無限にモンスターが出現するのではないかと思われるほどの物量で、そのダンジョンに住むモンスター共が湧き、襲い掛かってくる最も注意すべき罠のひとつ…… なのだが、この軽いノリでA級ダンジョンのそれを殲滅してしまったらしい。道理で先ほどから、レベルアップのファンファーレが度々鳴っていた訳だ。


「それとね、ボスを見つけ――― 何これうまっ!」


 物凄く重要そうな情報は、エフィルのおにぎりによって遮ぎられてしまった。

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