第61話 命名
城での会合の後、トラージ王が用意してくれた宿の一室にて、俺達は久方ぶりにゆっくりとした時間を過ごしていた。俺は読書を、セラは果実のジュースを飲みながら布団に寝そべっていた。ジェラールは愛剣を磨いている。ちなみに勇者達は別室、肩に小型クロトを乗せたエフィルは調理場を借りて夕飯を作り始めている。
「そう言えばさ、セラとジェラールにはファミリーネームはないのか?」
「何よ唐突に?」
「トラージ王と会った時に、ファミリーネームのフジワラを含めて自己紹介されてふと思ったんだが…… 確か、この世界は貴族と王族にしかファミリーネームは付かないんだろ? セラは魔王の娘で言わば悪魔の王族じゃないか。ジェラールだって生前は騎士団長だ。何で名前だけなんだ?」
二人のステータスは契約時に確認している。どちらもファミリーネームはなかったはずだ。
「ああ、そういうこと」
「うーむ、何と説明すればよいか…… 王よ、『命名』のスキルは知っておるか?」
「大まかには。スキル画面の説明書きをチラッと見たくらいけどさ。そのスキルでファミリーネームが付けられる、だったか?」
命名のスキルはその名の通り、名を授けるスキルである。最初のうちはスキルと同級クラスまでの自分が保持するアイテム名を変更することができ、スキルのレベルが上がるに連れて同意があれば他人のアイテムでも可能になる。更に上になると、魔法名や人名まで変えれるようになるのだ。ただし、変更した名前はステータス画面で青色で表示される。鑑定眼で見れば元々の名前も表示されてしまうので、一般的にはあまり活用されないスキルだな。
「うむ。新たな貴族を迎える式典には高位の『命名』スキルを持つ高官が必ずいてな。貴族となる者にファミリーネームを授ける役割を担うのがこの高官なのじゃ。ワシもそこまで詳しくは知らんが、確かA級以上のスキルでなければならんかったか」
「A級か。命名スキル一本で伸ばすにしても、スキルポイントの才能値と成長値に恵まれないとなかなか大変だな」
「それもあって、命名スキルを受け継ぐ高官の家はA級まで上げるのに必死じゃよ。跡継ぎを育て上げるのも、仕事のひとつみたいなものじゃ」
「悪魔はもう少し適当ね。命名スキルなんて非戦闘スキルをA級までわざわざ習得するのは、変り者くらいなものよ。それでいて貴族になろうと野心満々の悪魔ばかりだから、レアな命名スキル持ちを巡って種族間の争いが多いのよね。だからルールは単純に、命名スキルでファミリーネームを得た者が貴族! って感じね。ちなみにスキル持ち1人につき先着1名までで」
「そんなんだから魔王は悪魔出身が多いんじゃないか……? 第一、無理矢理スキル持ちを量産させたら歯止めが効かなくなるぞ」
悪魔は戦闘民族か何かか。
「そう? ケルヴィン好みのルールだと思ったけど。まあ、私も机の上で得た知識だし、実際とは違うかもしれないけどね。大分時間が経っているし」
「ちなみに、それを人間の世界でやれば完全にアウトじゃからな。ファミリーネームを与えるのは年に二度、各国で開かれる式典でのみ。例えスキルを使う実力があろうと、国の許可なく用いるのは禁止されておる。ファミリーネームを授与された者の名はきっちりと国で管理されておるから、身勝手に貴族を名乗ることもできんのじゃ」
ふんふん。ん? そういえば、パーズで俺に喧嘩を吹っ掛けてきたあのトライセンの豚王子、ファミリーネームがなかったな。何でだ?
「なあ、貴族の家に新たに産まれた赤ん坊は、その時からファミリーネームを持っているのか?」
「いや、再びファミリーネームを命名させる必要がある。その家系にもよるが、一般的には親元を離れ独り立ちする年の式典で授与される」
豚君、独り立ちしてなかったのか。まあ、王子だと勝手が違うのかもしれん。
「なるほどな。うん、ひとまず決まりは理解した。改めて元の話に戻るが、セラとジェラールは貴族じゃないのか?」
「貴族、というよりも王族だったのかしら。曲がりなりにも父上は魔王だった訳だし…… 私を逃がす時、父上に気絶させられたから、ファミリーネームがなくなった理由はわからないわ」
「……名付けをさせた悪魔に、ファミリーネームの取り消しをさせたのかもしれんのう。これがあると、何かと目立つじゃろ? 命名した者と血縁者の許可があれば、それも可能じゃよ」
魔王グスタフはセラを封印させる際、封印の鎖で他の悪魔の手から護り、偽装の髪留めを持たせることで姿を偽らせた。ファミリーネームを消すように命じるのも不思議ではない。
「ああ、確かに。悪人からすれば、貴族が単独でいるのはカモでしかないからな」
「私なら逆にぶっ飛ばすから大丈夫よ?」
違う、そういう話じゃない。
「ワシは元々農民の出じゃったが、騎士団長に就任した際にアルカール王のご厚意で貴族となった。しかし黒霊騎士として生まれ変わっておるからな。モンスター化したことで、なくなったのかもしれん」
「取り消しとは違う要因でも、なくなることはあるってことか」
「ま、今はただのセラよ。んで、この頼れる盾はただのジェラール。それでいいじゃない」
セラが布団にうつ伏せになり、両足をフリフリしながら笑顔で言い切る。不覚にも少し見惚れてしまったのは内緒だ。
―――コンコン。
控えめにドアのノック音が聞こえてくる。エフィルだな。
「ご主人様、お食事の準備が整いました。米の調理法、和食のレシピも、国王様が派遣してくださった城の料理長からバッチリ伝授済みです」
「でかしたエフィル! 俺のうろ覚えの調理法じゃどうしても無理があったからな。これでパーズでの白米ライフは確保されたと同じだ!」
「お前がMVPや~」と思わずエフィルの小柄な体を持ち上げ、部屋の中をグルグルと回ってしまう。いや、パーティの中では非力な俺でもこれくらいはできますよ? 何気にそこらの冒険者よりは筋力があるのだ!
「わわっ! ご、ご主人様、目が回りますよ~!」
「ははは、いいじゃないか! めでたいんだから!」
「で、でも、恥ずかしいです~!」
俺たちは回り続ける。
「おお、エフィルの素の姿、久しぶりに見たのう」
「え、あれが? んー、確かにいつものクールな感じとは違うみたいね」
「メイドとなってからは体裁を気にするようになったからな。こっちの可愛らしいのが素じゃ」
「あ、あわ…… ご主人様、す、ストップです! ハウス!」
「俺は犬か!」
エフィルの素敵な叫び声はしばらく続いたという。
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「この声…… ケルヴィンさん、何してるんだろう?」
ちなみに勇者組の部屋割りは、刹那の強い要望により刀哉だけ一人部屋であった。




