第35話 潜伏
「クフフ、これはまた珍しいスライムですねぇ。少々分が悪そうです」
「くっ、また地面に潜りおった!」
クロトが吸収行動をとった瞬間、ビクトールはジェラールとの打ち合いを離脱し、左腕を潜り込ませていた穴に自らも飛び込む。次いで、俺を追っていた左腕も地面に戻っていく。腕に張付いているクロト諸共、土中に潜行するつもりか。保管に貯蔵していた自らの体を元に戻したクロトは本来の力を発揮するも、ステータス面においては未だビクトールが数段上をいく。このままではクロトが危険だ。
「させるかよ!」
今の俺が使える最高ランクの封印魔法である、A級白魔法【栄光の聖域】を地面から突出している奴の左腕を中心にして唱える。この栄光の聖域は俺の切り札の一つで、対象に強力な封印を施し、魔法に費やした魔力に応じた広さの聖域を作り出すことができる魔法だ。更に聖域内では発動者パーティの筋力、魔力を上昇させる効果まで備えている。
封印された敵を強化状態で余すことなく攻撃する目的で、上級モンスター出現時などに王宮魔導士が数人がかりで発動させる魔法らしいが、魔力だけは無駄に有り余っている俺ならば一人でも使用可能だ。そんな有り余った魔力でさえ召喚できないメルフィーナは一体どんだけ魔力が必要やねんって話なのだが、今は割愛する。
ビクトールの左腕を基点として白く輝く魔法陣が展開される。この魔法陣がパーティに補助効果をもたらす聖域の範囲だ。大よそ部屋一帯を囲うように魔法陣は伸び、浮遊する三段のリングが対象を取り囲む。
『おお! 流石、王ですな!』
A級に位置する封印魔法だけあって、伸縮した腕はビクとも動かない。
『これも一時凌ぎだ。大剣に狂飆の覇剣をかける。今の内に奴の腕を断ち斬れ!』
一見、完全に封印しているように見えるこの栄光の聖域だが、実は崖っぷちの所でギリギリ封じているのだ。現にリングの1つ目に既にヒビが入り始めている。この馬鹿力め。
『承知!』
ジェラールが聖域の中心へと駆ける。携えるはこれまで幾多のモンスターを下した狂飆の覇剣。これもまた、俺の最高攻撃力である切り札だ。万物を斬り裂く暴風が具現化した剣が、斬撃半減スキルを持つお前に通じるか、勝負と行こうじゃないか!
―――ズズッ。
俺の背後で何か音がする。
「注意力が散漫になりましたね?」
突如、土中からビクトールが現れる。その片腕には黒の魔力が既に溜め込まれており、後は攻撃動作に移るのみ。一撃でも受けてしまえば致命傷に成り得ることが一目で分かってしまう。やべぇ、気を昂らせ過ぎて気配察知を怠ってしまったか!
「良い手合わせでした。しかし、いくら1対3の戦いであろうと、私の勝利で終わる結果に変わりはありませんよ!」
ケルヴィンは背後に振り向く。その顔は未だ―――
「1対3? 1対4の間違いだろ」
―――笑みを浮かべていた。
『エフィル、やれ』
『敵を捕捉。射抜きます!』
隠密状態で待機させていたエフィルがビクトールを射撃圏内に捉え、極炎の矢を放つ。予めエフィルには部屋に入る前から隠密スキルを使わせ、隙を見て必殺の一撃を撃つように指示していた。俺を囮にするようにし、すぐさま速射できるようにしておくように、と。
邪賢老樹討伐の際にも使用したこの極炎の矢は、貫通力に特化したエフィルの弓術だ。赤魔法を利用した爆風と共に飛翔する、限界まで炎熱を封じ込められた矢尻は目標を溶かし尽くし、貫通させる。貫通後の再生系スキルをも阻害するこの技は、防御に秀でた相手に対して真の威力を発揮するのだ。
完全にビクトールの死角から放たれる一撃。エフィルの姿を視認できていなかった奴は、矢を放たれるまで極炎の矢の存在も知ることができない。だが、ビクトールは発射の瞬間に反応した。俺に振り下ろそうとしていた右腕を矢に向け、即座に簡易的な防御行動に出たのだ。奴の危険感知スキルが働いたのかもしれない。
「ぐうっ!」
それでも、極炎の矢はこれまで圧倒的な防御力を誇っていたビクトールの装甲を突破し、手から腕、肩へと貫通していく。腕でガードし、上手く身体を捻ることで致命傷には至らなかったが、これで奴の右腕は使い物にならなくなった。これに警戒したのか、ビクトールは再び土潜スキルは発動。深追いはできない。
『仕留め損ないました……』
『まだじゃ! 左腕も貰うぞ!』
そう、これで終わりではない。ジェラールの狂飆の覇剣による攻撃が控えている。ジェラールは封じられた左腕の傍らに既におり、斬りかかる瞬間であった。栄光の聖域のリングは1つ破壊され、2つ目も半壊されている。チャンスは今しかない。
「うおおぉぉぉ!」
掛け声と共に威力を重視した一撃が放たれる。風を纏う漆黒の大剣と、ビクトールの装甲が触れる瞬間、連続的な金属音が鳴り響く。狂飆の覇剣がチェーンソーのように腕を断ち切ろうとするのに対し、装甲も抵抗している為だ。先程の打ち合い以上の眩い火花が咲き誇り、更に金属音が強まっていく。
―――キン。
そして、遂には装甲を断ち切られ、ビクトールの左腕が空を舞う。ジェラールはこの熱闘に打ち勝ったのだ。斬った腕をクロトに捕食させたいが、今は時間がない為、保管に収納させる。
『よくやった! だが腕の封印が解かれるぞ。いったん距離をとるんだ!』
封印する対象を無くしたリングは自動崩壊を起こし、栄光の聖域は消え去っていく。封印を解かれた腕の根元は土に潜る。気配察知を辿るとビクトールは土中を潜行しながら部屋の反対側まで離れていくようだ。
『離れて距離をとるようだ。部屋の奥を警戒しろ』
『はい。隠密の効果が無くなりましたので、射撃支援に移ります』
『王の付与魔法もまだ効果が続いておる。次が最後の勝負じゃな』
暫くして、ビクトールが地上に姿を現す。
「クフ、クフフフ。ここまで見事にやられたのは先代の勇者以来でしょうか? 私もこの生温い平和な時代に毒されてしまったようです」
ビクトールはクロトに魔力を吸い取られ、両腕を失った。風前の灯と言えるだろう。
「なら、もう諦めるか?」
「クフフ。この程度で、ですか? 戦闘狂の貴方がご冗談を…… 戦いはこれからじゃないですか!」
これまでで一番の圧迫感が俺達を襲う。
「魔人闘諍」
無くなった腕から溢れ出した黒の魔力が、ビクトールの全身に駆け巡る。おそらくは奴の持つ最強の黒魔法だろう。
『あなた様、いきますよ』
『ああ、終止符を打ってやろう』
俺は杖を構え直した。




