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第278話 躍動の聖女

 ―――英霊の地下墓地・第1層


 螺旋階段を降った先は、デラミス領内において最難関を誇るダンジョン『英霊の地下墓地』に繋がっている。とは言うものの、地表に近い第1層と第2層にはモンスターがおらず平和なものである。しかし、その広大さはフィリップ教皇のお墨付き。第1層と称されるこの場も実際は空を仰ぐほど天井知らずな標高であり、穏やかな草原の墓地がすっぽりと納まったかのような場所であった。反対派の本隊はこの領域に拠点を置き、大理石の石碑が立ち並ぶその中心にて、デラミスの巫女と勇者を待ち構えていた。


「うむ、了解した。歓迎の準備をしよう」


 大司教リチャードからの通信を終えた反対派の幹部が、耳元から手を離す。


「皆、喜べ。同志リチャードが巫女と勇者を捕縛した。これからこちらに向かうそうだ」


 草原に歓喜の声が上がる。ダンジョンに入れてしまえば勝利も同然。巫女の『召喚術』や勇者達の能力は恐ろしいものであるが、その為に彼らはこれまで研究を重ねてきた。偽りの神を崇拝し、内部からその術を知り――― 人質として連れ去った孤児院の者達はコレットの魔力圏外に置き、その位置も全員バラけさせて監視役も付けている。例えコレットが配下の者を召喚させたとしても、その数と戦力には限りがある。十数名を一度に救出することは不可能なのだ。


「巫女はメルフィーナの名を汚すことを酷く嫌う。我々の要求を拒否すれば、親愛なる子羊を見捨てると世間に公表しているようなものだ。ならば、自らの命を差し出して信者を救う行為を躊躇う必要がないのも道理よ」


 メルフィーナに対するコレットの信奉力は絶対だと幹部は格付けする。ある意味での信頼の形。だからこそ、反対派は無謀とも呼べるこの策に出たのかもしれない。そんな時に、幹部の通信機に連絡が入った。


「定時連絡。巫女と勇者は問題なく移動中。安全性を配慮する為、増援を送られたし」

「増援か。確かに地上の同志のみで人手を割くのは愚策…… よし、直ぐに送る。おい―――」


 幹部は本隊から移送する為のメンバーを編成し、螺旋階段へ送り込む。


「……来たか」


 第1層の入口から、螺旋階段を降る足音が聞こえてきた。その数は多く、1人2人のものではない。余程大勢で丁重にお連れしたんだろうと、幹部は苦笑する。やがて入口より姿を現した巫女と勇者を取り囲みながら歩む集団。白と銀を基調とした祭服は地上の大聖堂にて第一線の防衛を行っていた同志のものであった。


「まったく、幾ら巫女様や勇者様の護衛だからと言って、そんな大人数で来ることもないだろう? 出迎えの為の部隊も送った筈だ。これでは地上の護りが手薄になってしまう。それよりも、さっき送った者達はどうした? 姿が見えないが―――」

「定時連絡。前線が殺気立ってきた為、増援をそちらに回す。現部隊で移送を継続」

「む、そうか。いや、何でもない」


 タイミング良く入ってきた通信に幹部は自己解決する。当初の目的であった巫女を前にして気が昂っていたのだろう。普通であれば多少なり疑問に思うことさえ、今は頭の片隅にも浮かばなかった。姿は見えたが、前述の広大さ故に1層の入口からこの場所まではかなりの距離がある。ゆっくりと歩を進める巫女達に、まだかまだかと反対派は待ち侘びていた。そして、漸くその時がやってきた。


「ようこそ巫女様、そして勇者の諸君! 自らの命を顧みず、ここまで来た勇気には尊敬の念を覚えるが、聊か軽率だったのではないかね? それともこれだけの人数が我々に供するとは思ってもいなかったかな?」


 幹部は誇らしげに両手を広げ、この1層に集結した大勢の反対派の信者らを見渡す。チラリと巫女の表情を窺うその真意は、愕然と項垂れるコレットを眺める為のものだったのだが―――


「……ねえねえ、もういい?」

「んー、あと少し……」


 当の巫女は興味なさげ。それどころか移送の者とのお喋りに興じていた。その様子に幹部は目を丸くする。


「……巫女様、状況を分かっておられてますか? 貴女の言葉ひとつひとつが、哀れな子羊の命に関わるのですよ?」 

「だって、リチャード大司教と同じでお話が詰まらないわ。文言を変えただけで中身も一緒だし。信者を増やしたいなら、もっと内容を詰めないと。だから貴方は司教止まりなのよ、カエサル?」

「……は?」


 幹部、司教カエサルの思考が止まってしまう。カエサルとコレットは直接会話したことがなく、顔を会わせたのも数回、それも式典の参列で一方的にカエサルが見てのことだけだった。だと言うのに、コレットはカエサルの名を知っていた。


 またデラミスの巫女は己に厳しく、身内にもまた厳格であった。目の前の巫女の言葉もそうであるが、どこか口調がおかしい。加えて真っ向から非難されるとは考えもしなかったのだ。


「……私を、ご存知なのですか?」

「私、一度目にした人の顔と名前は絶対に忘れないもの。国に仕える官吏なら尚更よ。何なら、デラミスの武官文官神官の名前、全部読み上げましょうか?」

「一体、何を……」

「コレット、もういいぞ。回収完了の確認が終わった」


 カエサルの言葉を無視して、先ほどの移送役の男が巫女を呼び捨てして話し掛ける。これによりカエサルの思考は更に混乱を極めた。まさか巫女と人目を忍ぶ関係の者が、我々の中で内通していたのか? 回収が完了したとは、何の? 等々。しかし、そのような思考も長くは続かなかった。


「皆、おいでー!」


 幼い口調でコレットが両手を広げる姿は、奇しくもカエサルが出会い際にやった行為と同一。異なるとすれば穢れのない笑顔と、誰からも愛されるような無邪気な仕草だろうか。何よりも違ったのは、その視線の高さ。コレットは巨大な熊のヌイグルミに乗っていた。その周囲を取り囲むはガトリング砲を携える無数の漆黒騎士。巫女の『召喚術』が一瞬カエサルの頭を過ぎったが、このようなものがいるとは聞いていない。魔力を感じ取れる優秀な者ならば、これらの五体に糸のようなものが接続されていることに気が付くだろうが、反対派の誰もがそれどころではなかった。


「一応進言ね、お兄ちゃん。カエサルは生かした方がいいと思うけど、どうする?」

「任せるよ。好きにしていい」


 コレットが男に問い掛ける。男は祭服を脱ぎ去り、これまた漆黒のローブ姿となっていた。カエサルはこの男を知っている。いや、知らなければおかしい。何せ、今各国で最も注目を浴びている人物なのだから。S級冒険者を前にして、この場に対抗できる者はいない。


「し、死神ケルヴィン!?」

「うん、分かった。じゃ、やるねー」


 コレットが両手の五指を器用に動かすと、騎士達が砲先を反対派に向け始めた。


「ま、待て! 私たちには人質がいることを忘れたのか!? 私が一声掛ければ、哀れな子羊は―――」

「だからもう救出したって。試しにその通信機で確認してみろ」

「ば、馬鹿な……」


 カエサルは通信機に手を当て、人質を捕らえる各人に発信する。しかしザーザーと砂嵐の音が聞こえるのみで、返事は誰からもない。


「人質が序盤の場所に集中していて助かったよ。お陰で1人向かわせて事が済んだ」

「1人で、だと……? 馬鹿な、馬鹿なっ! そのような隙はなかった筈だ! この広大なダンジョン! 

距離は十分に離し、細心の注意を―――」

「その手の仕事に長けた奴がいるんだよ。それに広大と言っても、最も狭い1層と2層の中でだろ。何の為にトロトロ歩いてたと思ってんだ。あいつにとっては散歩も同然だよ」

「さ、散歩……!?」


 怒りと焦り、何よりも恐怖により、ガクガクと足の震えが止まらない。


「くそっ! さてはお前も巫女ではないな!?」

「やっと気付いたの?」


 コレットの姿が僅かに歪み、銀髪が金髪へ。体のサイズが変化していき、歪みが治まるとシュトラの姿へ変化する。


「ぐっ……」


 ―――計られた。カエサルが息を漏らしたその時、通信機に反応があった。


「……こちらナンバー8。応答せよ、応答せよ」


 聞き馴染んだ、同志の声だった。


「っ! カエサルだ! 今直ぐに人質を殺せっ!」


 カエサルは有りっ丈の力を篭め、全霊を振り絞って通信機越しに叫んだ。これが最後のチャンスとばかりに。


(おお、神よ。これで奴らに一太刀浴びせ、一矢報いることができる。無謀にも渦中に入り、我々を貶め入れようとした背徳者に罰を!)


 ひと時の愉悦はカエサルの全身に巡る。


「うわ、やっちゃったね……」


 だが、再度耳に聞こえたのは異なる声だった。先ほどよりも綺麗な声ではあるが、ドン引きしたかのようなしでかした感が滲み出ている。


「……ねえ。今、私の友達を殺そうとしたよね?」


 淡々とした幼い声を聞いた瞬間に、反対派の全員に寒気が纏わり付く。もはやシュトラの顔に笑みはない。あるのは冷徹なる殺意のみ。


「あとな、悪いけど試させてもらった。人質に危害を加える気がないならまだ良かったんだが、それを言っちゃったらもう助けられない」

「ひ、ひぃ! 使徒さ―――」

「お兄ちゃん、進言を取り下げるわ」


 後方にいた奈々が目を背けると、銃撃音が1層全体を覆った。エレアリスの支持を自称する反対派はここに潰えたのだ。


「……前座にしたって酷過ぎるな。さて、詰まらない餌の始末も終えたし、準備運動もここまでだ。先行してるジェラール達に追いつくぞ」


 しかし、デラミスを取り巻く脅威は未だ去っていない。

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