第277話 静寂なる聖女
活動報告にも記載していますが、黒の召喚士第1巻の重版が決定しました。
この場を借りてお礼申し上げます。
―――デラミス大聖堂
「おおっ、巫女様が来られたぞ!」
「ほ、本当にいらっしゃった……」
大聖堂がどよめきに包まれる。平静を失っているのは敵も味方も同じようで、皆の注目は入口の大扉からゆっくりと歩いて来たコレットに注がれる。その両脇には腰に長剣を提げたサイ枢機卿とクリフ団長、その後に刀哉らデラミスの勇者4名が続く形だ。コレットがマルセル枢機卿の前まで進むと、そこで止まり瞳を閉じる。
「さあ、約束通り巫女様をお連れした。孤児院の皆を返してもらおうか!」
周囲が落ち着かない中、クリフが叫ぶ。これに反対派の指揮官はハッと我を取り戻し、急ぎ自らを取り繕うのだった。
「ふ、ふん! まさか貴女が現れるとは思ってもいませんでしたよ。巫女様」
「………」
コレットは目を瞑り、黙ったままであった。彼女の声を代弁するかのように、サイ枢機卿が一歩前に出る。
「質問を質問で返すとは、貴公も落ちたものですね。大司教リチャード」
「サイ枢機卿まで御出ましになるとは、思い掛けない出来事が続きますな。ですが、私らが要求するは巫女と勇者のみ。貴方の出番はないのですよ」
リチャードは鼻で笑う。
「そんなに答えが欲しければ教えてやろう。子羊らを返すも返さぬも、その決定は我々が下す! まずは勇者の諸君、武装を解除してもらおうか! 部外者は下がるがいい!」
「……正気ですか?」
「拒否するならばそれでも構わんよ。その場合、メルフィーナが選んだ巫女と勇者は、自らの命欲しさに子供達を見捨てたということになるがな! やはりエレアリス様が正しかったのだ!」
高らかに宣言するリチャードの行動論理は非常に馬鹿らしく、不合理であった。その上で当人が至って真面目なのだから手に負えない。サイもクリフも、これでは話にならないと顔をしかめる。
「クリフ団長、俺たちなら大丈夫ですよ。コレットは絶対に護ります」
「素手だろうと、あんな奴らに遅れを取る私たちではない」
「お前達……」
刀哉と刹那を先頭に、デラミスの勇者がクリフを横切る。4人に護られるようにして、コレットは反対派の眼前にまで近寄った。
「ククク。巫女様、ようこそおいでくださいました。こうして貴女と対面する日を楽しみにしておりましたよ?」
「………」
コレットは動じる様子もなく、先ほどと同じように黙ったままだ。
「無視、ですかな? まあいいでしょう…… 勇者らもおかしな真似をしようとは思わないことですな。子供達が本当に大切に思っているのならば、ですが」
「くっ……」
刹那が歯を軋ませる。その有様を満足気に見たリチャードは、指先を耳に取り付けた通信機のスイッチへ向かわせた。
「巫女と勇者を確保した。これより内部へお連れする。今のうちに用意を……」
一頻り通信をし終えると、通信機を切りリチャードがコレットに向き直る。周囲を取り囲む騎士や兵らの驚き放心する様が実に心地良い。偽りの神に仕える愚かさをその身に刻め。そう心に秘めながら。
「さあ、それでは―――」
―――パァン!
「……は?」
言葉を遮られたリチャードが耳にしたのは、風船が破裂したような甲高い爆発音。遅れてガチャリとガラスが割れた音も反対の耳から聞こえてくる。次いで、不可解な痛みが襲い掛かった。
「ぐ、ぐわぁあああぁぁ!?」
左耳が猛烈に痛い。熱い。痛い。あまりの苦しみに両手で耳元を押さえ込み、膝を地に付いてしまうほどに。そしてリチャードは気付くのだ。自らの左耳が、根元から綺麗に吹き飛んでいることに。
「わ、私の耳がぁーーー!」
鮮血に塗れた床に手を伸ばし、それを取ろうとする。だが、それよりも先にそれを拾った者がいた。つい先ほどまで、リチャードが問答していた部下である。血に染まった手の中に、通信機を内包したリチャードの片割れを入れる。
「お、おい! それを寄越せ! それは私の、み、み……」
部下を見上げたリチャードは気付いてしまった。その部下は拾い上げた手のみではなく、頭部からも深紅の血を垂らしていることに。瞳に生気はなく、動作はぎこちない。混迷を極めるリチャードが周囲を見回すと、仲間であった筈の全ての視線がリチャードに注がれ、また同様の姿であった。
「はい、連絡ご苦労様。このコレットはキッチリと私たちが送ってあげる」
背後からの女の声を最後に、リチャードの視界もまた赤く染まってしまった。これでめでたく彼も傀儡の仲間入り。大司教としての知識を活かし、情報を提供し巣窟を案内するのみの存在に成り下がってしまった。考えようによっては成り上がっているのだが、その辺りは個人の価値観の違いである。
「お待たせ! これで制圧完了ね!」
「セラさん!」
勇者らが喜び勇むのを他所に、事情を知らぬ兵とマルセルは呆けるばかり。紐解いていけば、リチャードが通信機での連絡を行った際、既にセラによる蹂躙は始まっていたのだ。バリケードで防御を固める反対側、要はダンジョン内へと続く螺旋階段から上ってきたノーマークであったセラの奇襲。例えそれが正面からのものであったとしても、彼らにそれを止める手立てはなかっただろう。周囲の騎士らが驚き呆けていた原因は無念によるものではなく、リチャードが悠々と通信する中で圧倒するセラに対するものであったのだ。
「いやあ、上手くいって良かった良かった」
「簡単なお仕事でした」
「ケ、ケルヴィン様方!?」
突然真横に出現したケルヴィンとエフィルに、マルセル枢機卿及びその部下らが再びたじろいでしまう。そんなことは御構い無しに、ケルヴィンは傀儡となった反対派が跪き道を開ける中をズンズンと歩んで行き、エフィルもそれに続く。
「ク、クリフ団長。これは一体?」
「ああっと、私も詳しくは言えませんが…… これがS級冒険者の力、そういうことですよ」
「は、はぁ……」
戸惑いを隠せないマルセル枢機卿にクリフは苦笑しつつも、自らも眼前で起こった事象について説明し切れるか微妙なところに悶々としてしまう。現在の勇者とは一線を画す、次元の異なる力。図らずも根っからの武人である彼は、サイ枢機卿やフィリップ教皇をその対称側にある天秤にかけてしまうのだった。
『あー、あー…… こちらアンジェ。螺旋階段上の見張りの排除、完了したよー。収拾した通信機で『英霊の地下墓地』の1層までフォローするねー』
『了解。中継地点へのセラの召喚と、壁をすり抜けてのアンジェの侵入も上々だ』
塔の上より大聖堂を監視していたケルヴィンは、先に侵入したアンジェより送られてくる構造情報をもとにセラを螺旋階段に召喚。瞬く間に大聖堂とダンジョンを繋ぐこの場所を掌握してしまう。後は表の指揮官であったリチャードにコレットを捕らえたと連絡させ、頃合いを見計らってエフィルが窓越しの狙撃。通信機を無傷のままに入手後、その役割を自らが担う計画となっていたのだ。
『セラとアンジェの察知スキルで得た位置からすれば、人質の監禁場所がかなり分散されているからな。できるだけスタート地点は近い方が良い』
『ケルヴィン、こいつら血を浴びし黄泉の軍勢で戦力にしとく?』
『ダンジョン内部までは偽装用に連れて行こう。道すがらに役立ちそうな情報も聞けるし。敵にネタバレして死んだら許可する』
『オッケー』
意思疎通内ではかなり物騒な会話が成されているが、パーティ以外には聞こえないので問題ない。例え聖地でも問題ないのだ。
「さ、お前にとってはデビュー戦だ。使えるものは使っていいからな?」
ケルヴィンから掛けられた言葉に、沈黙を保っていた巫女は頷く。死神が来たことにより初めて見せたその表情と仕草はどこか可愛らしく、幼かった。




