第272話 合否
―――ケルヴィン邸・地下修練場
「行くわよ、刀哉!」
「おう!」
迷っている時間はない。私は駆け出す。風よりも速く、鋭く。背後に何者も通さぬ絶対の盾として。
「空顎」
リオンちゃんはそう声にするだけで、静かに佇んでいた。だけれども、その周囲一帯は荒々しく乱れている。停止していた斬撃が、幾重にも重なり合わさって迫り出したんだ。最早隠す必要はなくなったと言わんばかりに、修練場を破壊しながらの大行進。こんなものを見せられたら、1周回って笑ってしまう。けど、だけど、刀哉には触れさせない。
「すぅ……」
こんな時でも己の呼吸の音がよく聞こえる。いい感じ。うん、いい感じだ。
―――ギィン!
斬撃の第一波を『斬鉄権』を付与した居合いで払う。 ……重い。重いし、凄まじい衝撃が骨まで沁みる。それでも私の目論見は正しかったようで、あれだけ強力無比であったリオンちゃんの斬撃を真っ二つにすることに成功した。私の両端を斬撃の残滓が走るが、気にしている余裕はない。長年の癖のせいか、考えるよりも早く刀を鞘に戻していたのは助かった。第二波は眼前に来ている。
再び激しい金属音が響き渡り、私の体を痛みが蝕む。2回目でこれかぁ…… 斬る度に己の限界を超えてる気がするよ、私。次は――― いけない。斬撃が×の字に重なってる。あれでは単純に威力が倍になるじゃない。 ……フフフ、いいわよ。超えて続けてやろうじゃない。己の限界を!
―――ギィギィン!
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(うわぁ、アクラマで作った空顎を斬ってる…… これ、ジェラじいでも払うのがやっとなんだけどなぁ……)
刹那を先頭に突撃を仕掛けてきた勇者達に、リオンは素直に驚いていた。双刀の黒剣アクラマに霹靂の轟剣を施しはしたが、本当であればこの空顎・連牙でけりをつけるつもりだったのだ。その上での感心、賞賛。そして、分析。
(あの空顎が斬られるってことは、アクラマで受けるのも怖いかな。せっちゃんに接近戦は厳禁…… っと)
リオンが入手した情報は、随時配下ネットワークのメモ書きに書き込まれていく。その主な理由として、現在の刀哉らのステータスがケルヴィンの『鑑定眼』でも見れないことが挙げられる。これは勇者パーティの誰かしらがS級の『隠蔽』を行っている為だ。よって試験官を務めるリオンが、戦いながら4人のステータスや特性を推測している訳である。もっとも、それはあくまでついで程度の行為。程好く殺れる時は容赦なく殺るのが前提となっている。
―――ギィギィギィーン!
16もの空顎の嵐が通り過ぎるのは一瞬のこと。だからこそ、その中を突破するのは困難極まる。しかし、刹那はやり遂げて見せた。最後に襲い掛かった四重型空顎を見事打ち破ったのだ。汗が迸り、刀を握る指に力が入らない。限界の限界。そのような言葉を何度も乗り越えての偉業であった。
「空顎・黒雷」
だが、そのような絶好のチャンスを獣王の教えを授かったリオンが見逃す筈がなく、更なる試練を無慈悲に放った。アクラマの切味・強度、そして霹靂の轟剣の力を帯びた極大の空顎。絶望を冠する黒きそれは、刹那を嘲笑うように降りかかる。
「『斬鉄権』を…… 行使するっ!」
「……っ!」
体は疲労している筈だった。もう腕を上げることもできず、一歩も進めない。消耗に次ぐ消耗。そんな疲労の極地の中で振り絞るように叫ばれた言葉が、刹那の体を動かした。今であれば口にする必要もない台詞。初めの頃は赤面しながら呟いていた口上。されど想いは体に宿り、無意識のうちに駆動する。
―――刹那に刀を握る力はもうない。代わりに振られたのは自身の腕。手刀である。刹那と空顎・黒雷が触れた際の音はなかった。両断されたのはリオンの斬撃。ただ、その結果だけが残った。
「どう、よ……」
「電磁鞭」
返答する訳でもなく、リオンが電撃の鞭を試練を打ち破った直後の刹那に向ける。後は気絶するだけであろう、刹那に。
「天上の神剣ああぁぁ!」
リオンの攻撃を斬り裂いたのは神々しい光を纏った2振りの聖剣だった。倒れ伏した刹那を守護するように、光の勇者が漆黒の天使に立ちはだかる。
「とーやんで最後だね」
「ああ、これで最後だ」
蒼き雷を靡かせる黒剣、耀かしい光を放つ聖剣。世界に1本、いや、2本しか存在しない伝説級の武具、そしてその使い手が衝突した。
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「勝負あり、ですね」
「ああ」
リオンとデラミスの勇者の戦いに決着がついた。結果を言ってしまえば、まあ、あれだ。
「ケルにい、僕勝ったよー!」
リオンの圧勝である。我が妹は最後まで無傷だった。
「皆、ごめん! 俺が不甲斐ないばかりに……!」
「神埼君がそんなこと言ったら、私なんか何もしてないし……」
「そんなことはない。氷天神殿は最後まで健在だった」
「うぐぐ、き、筋肉痛が……」
跳躍しながら抱きついて来たリオンを抱え直し、撫でながら試合の最後を考察する。ラストのリオンと刀哉の一騎打ちは一瞬で勝負がついた。とは言っても刀哉にとってはその一瞬も長く、永く感じられたかもしれない。1秒間に一体何度剣を交わしただろうか。遠巻きに見ていた俺にはその具体的な回数までは分からなかった。たぶん、俺の目算と1・2回程の誤差があると思う。
刀哉が最後に使っていた天上の神剣は無効化系の付与魔法かな? リオンの雷撃で痛がっている様子もなかったし。まあ、他にも効力があるのかもしれないが。それよりも今回のMVPはやはり刹那だろうか。『斬鉄権』の文字に偽りがないことを証明し、仲間を最後まで護り切り、リオンのもとまで導いてみせた。他のメンバーもよく成長している。だが、まだ戦うには早いか……
「よーし、結果を発表するぞー」
パンパンと手を叩いて刀哉らの視線を集める。
「結果と言っても、試合は負けてしまいましたが……」
「勝つ気があるのは良いことだが、誰も勝てたらとは言ってないだろ。いくらリオンが適度に手加減していたとは言え、よく戦ったと思うぞ?」
「え、手加減……?」
「……してたの?」
「あはは……」
リオンが曖昧な笑みで誤魔化す。あんな回りくどい戦い方をしていたんだ、当たり前だろ。リオンが本気で殺しに行ったら初手で詰むぞ、お前ら。
「で、だ。どう評価するかな、メルフィーナ?」
「最低限の力は身に付いていると思います。各々今であれば、神聖騎士団のクリフとも互角に渡り合えるでしょう」
「クリフ団長と?」
お、珍しく雅が反応した。対抗意識でも燃やしていたんだろうか?
「そ、それで合否は……」
「……合格と致しましょう。これより平和の為、更なる修練に励んでくださいね」
ボロボロとなった地下修練場に、歓声が沸いた。うんうん、これからも励んでくれ。是非とも。




