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第224話 赤き花嫁

 ―――ガウン・総合闘技場試合舞台


 両者の姿が観客の目から消えた瞬間に巻き起こる剣戟。交わる剣はその回数を増す毎により鋭く、よりスピーディーに衝突し、ケルヴィンと獣王によって分断された舞台にまでその衝撃、斬撃の余波が届いていた。嵐の中心地であるケルヴィンは無傷とはいかず、浅くではあるが切り傷を受け始めている。一方で獣王には傷らしい傷はない。ケルヴィンの剣が獣王に触れることもあるのだが、そのどれもが悉く弾かれてしまっているのだ。


(バスタードソードと同様に、あの札でステータスの耐久を馬鹿みたいに上げてやがる。だが―――)


 加速する思考の中でそう結論付けると、ケルヴィンの剣が獣王を押し始めた。初めはこの戦いを見守るセラやジェラールもが気付かぬ程の極僅かな差だった。その差が徐々に、しかしながら明らかにケルヴィンが圧倒し出した。


 ―――ギィン!


 判然たる一撃。獣王の右腕に貼られていた神札が、狂飆の覇剣ヴォーテクスエッジによって粉砕される。それに伴い右腕に波及する無数の斬撃は獣王に苦痛を与えた。


(……剣の腕が上昇している?)


 通常、2本の剣を操る上でも『剣術』スキルはその恩恵をもたらす。獣王とケルヴィンが会得している『剣術』は何れもS級、スキルを度外視した技量であれば獣王が上手である筈なのだ。


「獣王祭ってのは案外ルールが緩いんだな。その札や、こんなものまで装飾品として認められる」

「……その篭手の力ですか」


 ケルヴィンの左腕に装備されていたのは、リオンのS級スキル『二刀流』が篭められた悪食の篭手スキルイーターであった。本来であれば転生を司るメルフィーナの加護によって異世界転生、異世界転移した勇者にのみ会得を許される専用スキル。その効力は文字通り両手にそれぞれ剣を携えた際に発揮される。単純な技量は勿論の事、あらゆる面で補正が掛かり、更にそれらは『剣術』に上乗せされるのだ。故に、剣の道において何者の追駆も許さない力を持つそれらを、剣聖と人は呼ぶ。


「……つうっ!」


 スキルを用いたケルヴィンの一撃は神札を貼り付けた左腕にまでダメージを与える域に達し、戦況を圧倒する。獣王の息が荒い。漸く底が見え始めたのか、一度顔を下げ、だが直ぐに正面に向き直った。


「酷いよ、ケルにい。何で僕を苛めるの?」

「………っ」


 顔を上げた獣王の姿がエフィルからリオンへと変化していた。ここに来ての奇策。弱々しく、怯えるリオンを獣王が演じるが、そのようなことに今更動揺するケルヴィンではない。獣王だと分かっている以上、容赦なく攻撃を行うだろう。 ―――その格好がウエディングドレスでなければ。


「あはっ! 大好きだよ、ケルにい!」


 獣王の固有スキル『変身』は対象の容姿や表記上のステータスだけでなく、その服装まで自在に変化させることが可能なのであった。『並列思考』の高速処理により、この変身により生じた隙はコンマ秒的なもの。しかし獣王はシスコン魂の僅かなその隙を突き、左手のバスタードソードを放してケルヴィンの右手首を掴んだ。


 ―――バキバキバキッ!


 激痛が走る。容姿は小柄で可憐なリオンであるが、そのステータスは獣王自身のもの。飛び抜けた握力がケルヴィンの骨を砕く。それでもケルヴィンは剣を放そうとはしない。放してしまえば『二刀流』の効力は消えてしまい、リオンの力を発揮することができなくなってしまうからだ。意地は鋼となり、逆に魂に火を灯す。


「受け取れ、よっ!」

「ガハッ……!?」


 遠隔操作を行って神札のない獣王の右腕に、地面に転がっていた剛黒の黒剣オブシダンエッジを突き刺す。更にケルヴィンは左手に持っていた黒剣を逆手に持ち替え、獣王の横っ腹に突き刺した。どちらの黒剣も狂飆の覇剣ヴォーテクスエッジが付与されており、荒れ狂う風のミキサーは神札を、獣王の内部をも破壊していき、重苦を齎すのであった。巨剣が突き刺さる華奢な右腕はその際に吹き飛び、小さなその手が舞台上に落ちる。


「あはっ、あはは、ははっ! もう、愛しいなぁ!」


 ケルヴィンが横腹部に剣を突き刺し、獣王が手首を万力で握り潰す最中、まるでキスをするように顔を近づけ、リオンの姿をした獣王がケルヴィンに力任せに抱き付いた。可愛らしい唇が開き、犬歯が顔を出す。 ―――そして、ケルヴィンの頚動脈を食い千切った。


「~~~っ!?」

「あはっ、やっぱり不味いや。でも大好き、だ、よっ!」


 大量の血が溢れ出し、獣王は残った左腕で力一杯にケルヴィンを抱き締める。傍から見れば兄妹による美しい抱擁。だがその実、抱擁は残った血を絞り取るように万力の力で胴体を圧し、両者は血みどろとなって純白のドレスは深紅に染まっている。


(時間が、ない……)


 出血により意識を失うまでどれ程持つだろうか。これだけ密着されては周囲の黒剣をそのまま飛ばす訳にもいかず、ケルヴィンは『並列思考』をフル回転させ、ある結論に至る。


「このまま、ハァ、僕の勝ち、かなぁ?」

「最後まで、油断するな、よ」

「えへへ、怖いなぁ……」


 寄り添う2人の周囲に展開される数多の黒剣。狂飆の覇剣ヴォーテクスエッジを解除した全ての剛黒の黒剣オブシダンエッジが、剣先を向ける。


「ケルにいも、フウ、ただじゃ、済まないよ……?」

「く、う…… なるべくお前に当たるよう、演算したから安心っ、しろ…… ついでに……」


 ―――ペリ。


 獣王の背に貼られた神札を剥がし取る。 


「抜け目、ないなぁ……」

「……時間だ」


 運命の時。勝敗を決める黒き裁きが動き出した。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「きゅ、救護班ー!」


 ロノウェの声が会場に響き渡る。分断された舞台の中心には傷を癒すケルヴィンの姿と、体中を黒剣で貫かれた獣王の姿があった。その黒剣も今解除され、最早ウエディングドレスなのか判別できなくなった赤き布を纏う獣王のみが地に伏している。


「ガ…… ハッ……!」

「お、気がついたか」

「ハア、ハア…… 満身創痍には違いないが、気持ちばかり回復してくれたお陰でな……」

「まあ、獣王祭に参加させてくれたの恩もあったしな。それ以上はしないから、右手とかは自力で何とかしてくれ」


 ケルヴィンはぶっきら棒に立ち上がる。


「しかし、お主も狡猾だな。まさか足裏にまで魔法を仕込んでいたとは思わなんだ」

「組み付かれた時の対策をしとくのは当然だろ。詠唱だけ試合前に済ませておいた衝撃インパクト、効果覿面だったろ? 足裏になら違う用途もあるしな。 ……今度からは試合前の魔法の使用も禁止しておいた方がいいんじゃないか?」

「……考えておこう」


 黒剣の大群が迫る直前、ケルヴィンは足裏に施していた衝撃インパクトを発動させて獣王の拘束を解いたのだ。これによりケルヴィンは攻撃を獣王に集中させることに成功した。


「ワシの策の看破、見事であった。昨年のゴルディアーナ以来、か。どれ、個人的に褒美を渡そう。本当であればキルト用に考えていたものであるが―――」


 ヨロヨロと顔を持ち上げ、獣王は満面の笑みでケルヴィンを向く。


「……ケルにい。僕の仇を討ってくれて、ありがとう。 ……プロポーズ、待ってるね!」

「やっぱり分かってないな。リオンは復讐なんて望んでなかったよ。これは俺の個人的な仕返しだ。それにリオンはまだ14だぞ。来年まで待て!」


 真っ直ぐな瞳で、一切迷うことなくケルヴィンは言い放った。

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