第213話 劇毒
―――ガウン・総合闘技場試合舞台
グロスティーナを中心に渦巻く紫の強大なオーラ。固有スキルとはまた別の脅威となるそれは、道を極めた者が成す頂のひとつなのか。直視することさえ躊躇ってしまいそうになる脅威に、俺は胸を躍らさずにはいられなかった。
「うふ、まあいいわん。ここは私にとって有利な土俵、スキルの中身を教えてあげるくらいのハンデはあげちゃう」
「そうか。ついでに全力で来てくれると、もっと感謝しちゃうんだが」
「うふふ、それに関しては安心して。ゴルディアの奥義とも呼ばれるこの技は気力の消費が激しくてねぇ、酷く短期決戦向けなのよぉ。それに、この力を手加減するなんて――― 元からできないものっ!」
グロスティーナと同色のオーラを纏った鞭がなぎ払われる。初手と比較してスピードが段違いに速くなっている。恐らくは、威力も。下手に剣で防御すれば再び拘束されるかもしれない。何よりも毒々しい。
「シッ!」
しかし、それでも俊敏さに関しては数段俺が上をいっている。津波の如く押し寄せた鞭の猛威を縫う様に躱し続け、奴に接近。背後ではジュウジュウと舞台を溶かす攻撃の余波の音が頻りに耳に入ってきた。おいおい、シーザー氏の舞台に止めを刺す気か。いよいよ泣くぞ、シーザー氏。
「間合いだ!」
「そうねぇ!」
鞭による攻撃の隙、対してこちらは剣を放てば当たる距離だ。だが奴の顔は自信に溢れ、あたかもそんなものは通用しないと雄弁に語っているようであった。それでも俺は迷わず剣を振る。
「いったぁぁ!? 私の『舞台に舞う貴人妖精』をっ!?」
剣がグロスティーナのオーラを斬り裂き、奴の厚い胸板に赤き鮮血が舞う。確かにこの剣の切味では頑強なグロスティーナを傷付けるには心許なかっただろう。しかし、この長剣にはA級緑魔法『大地の研磨』を施している。見た目に変化のない地味な部類ではあるが、切味と耐久力を大幅に向上させるこの魔法にかかれば、如何なるなまくら刀も名刀へと化けるのだ。
「で・もぉぉ!」
「ぐっ!?」
オーラを斬った瞬間に感じた猛烈な痛み。蔵の中を入れ替えたとされる、新たな毒か。この紫のオーラは武器を通して触れただけでも、毒の威力を発揮させてしまうらしい。この痛みだけでも分かる。これは麻痺毒などとは比べ物にならぬ劇物だ。メルの指輪越しでもやばい。
「良かったわぁ! 全く毒が効かない訳じゃなさそうねげふあっ!」
台詞の途中で悪いが、顎目掛けて蹴りを入れさせてもらう。手よりも先に足が出てしまったが、セラの格言を有言実行。隙あらば打つ! 同時に激痛が走るが、こんなものは慣れっこだ。主にセラで。
「べぇっ! 足癖が悪いわねぇ!」
「お前は話が長いよ。 ……ッチ」
口から血の塊を吐き出し、それでも笑みを携えるグロスティーナ。しかし不味いな。蹴りを入れた足に奴のオーラがスライムのように伸びて離れない。激痛、継続。
「くっついて取れないでしょう? 私の気は粘着性があってねぇ。一度触れてしまうとなかなか離れないのよぉ。ちょっとした毒のあるトリモチだと思ってぇ!」
「どこがちょっとした毒だよ! ショック死するわっ!」
会話の最中も俺とグロスティーナの間では攻防が繰り広げられている。グロスティーナの鉄拳・鞭をいなし、剣を突き立て、抉り、蹴り殴る。手数、ダメージ量と俊敏さに長けたこちらが圧倒しているが、奴のオーラに触れる度に体に粘り付く箇所が増え、毒が一層猛威を振るう。途中、剣でオーラの切断を試みたが、例え斬ったとしてもオーラは俺の体の付着箇所に留まり意味がなかった。女神の指輪の耐性があるとは言え、この状況は不味い。俺を犯す猛毒は痛みだけではなく、遂には視界や意識をも蝕み始めてきた。
「隙、ありぃ……」
俺の防御をすり抜け、グロスティーナの拳が右脇へ突き刺さる。何本か骨が逝った感触が脳に伝わる。
「ぐう、はぁ……っ」
痛みはない。そんなものは既に毒による効果が上回っているのだ。ただ、呼吸が詰まり、空気を吸えない。
「うふ、ふ。これで、終わりぃ―――」
「ああ、終わりだ……」
勝利を確信した奴の、最後の油断。体内に残った空気を酷使し、胸部目掛けありったけの力を振り絞って剣を突き立て、離れ際に突き刺した剣の柄へと蹴りを叩き込む。凄まじい切味の頑丈な長剣は、自身を隔てるグロスティーナの体内にて、踊る。
「―――っ、ぶふ、ふ…… いやん、刺激的……」
紫のオーラが消え、巨体が倒れる。幻覚だろうが、大地が揺れた気がした。俺が毒に蝕まれていたように、グロスティーナもまた力を使うことで消耗し、血を流し、そして倒れた。当に限界は互いに来ていたのだ。後は、そうだな…… 拳を高らかに上げる気力はないから、格好悪いが肩までで勘弁してもらおう。
「え、Aブロック決勝! 『死神』ケルヴィン選手の勝利ぃー!」
……うう、吐きそう。だがその前に、グロスティーナを回復しておかねば。剣を抜き、傷口を塞ぐ。濃密な素晴らしき戦いに感謝しながら。
「っつう…… 耐性があってこれか。メルの指輪がなかったら、死んでたかもな……」
舞台を下り、芝の上へ崩れ落ちる。足に力を篭めるのも限界だった。草草に触れる感触さえ、もう殆どない。試合には勝った。が、これではどっちが敗者だか分からないな。
「救護班! 大至急ケルヴィン選手のところへっ!」
大音声が頭に響く。そんなに心配しなくても大丈夫だって、今白魔法で回復中だから。それより、そんなに大袈裟に言ってしまうと―――
「ケルヴィン!」
「ケルにい!」
「兄貴!」
次いでセラ達の声が微かに聞こえる。ほら、余計な心配を掛けてしまった。直後に後頭部に暖かく、柔らかな感触が。どうやらセラが膝枕をしてくれているらしい。
「ケルにい、回復が遅いみたいだけど大丈夫?」
朧気な視界にひょっこりとリオンが顔を出す。ああ、大丈夫だ。たわわと実った果実もしっかり見えているぞ。 ……嘘です。正直しんどいです。詠唱に集中できないです。
「……毒の影響で魔法の効きが悪いかな。体調が体調だから、あまりランクの高い魔法も使えそうにもないな。全快まではちょっと時間がかかりそうだ」
念話でメルフィーナを呼ぶのが手っ取り早いか。そう考えたその時―――
「んっ……」
唇に感じる暖かな、そしてマシュマロのような柔らかな感触。霞んでいた視野でさえハッキリと認識できる程に近づいたリオンの顔。俺の毒気を吸い出そうとしているのか、それは強く押し付けてくる。まあ何をしているのかと言えば、不意を突かれる形で俺はリオンと唇を重ねていた。
「ん、んんっ…… ちゅ、る……」
時が経つにつれ、さっきまで感覚がなかった体に芝の手触り、爽やかな風の感覚が伝わってくる。 ……あと、ぷるぷると震えるセラの膝の動きも。
「―――ぷはっ! ふう…… どう、楽になったでしょ?」
「……完全に毒が抜けてるな。これなら自力で何とかなりそうだ。ありがとな、リオン」
「えへへ~」
抱きついて来るリオンを受け止めると、心地良さそうに目を細める。これは撫でずにはいられない。
「ちょ、ちょっと! 『絶対浄化』を使うのなら、手で触れるだけでも良かったじゃない!」
「唇の方が効果が高いんだもん。あ、そっか! 安心して、セラねえ。ケルにいにしかしたことないから!」
「だ、だからって皆が見ている闘技場のど真ん中でしちゃ駄目でしょ! それに論点がちょっと違うし!」
「セラ、安心しろ。これは兄と妹の一般的なコミニュケーション方法の1つだから問題ない」
言わばこれは、俺たち兄妹にとっての挨拶のようなもの!
「「「「「んなコミニュケーション、兄妹でしねーよ!」」」」」
静まり返っていた闘技場が一斉に湧き立ち、なぜか観客達から総ツッコミを食らってしまう。この意味不明の事態に俺とリオンは頭上に疑問符を浮かべ、互いに首をかしげることしかできなかった。




