第178話 降臨
―――トライセン城・頂上
額に突き刺さった刃物が、グニグニと膨張しながらゼルの上半身と左腕を飲み込んでいく。刀身のような形状をしていたそれは瞬く間に不定形となって気味悪く蠢き、まもなくして人型の何かを形作ろうとしていた。
『ああ、もうっ! 間に合わなかった!』
唇を噛みながら次に飛来したのはセラであった。ズンと軽量なセラには似つかわしくない着地音がしたと思えば、セラは魔人闘諍と固有スキルである『血染』を折り合わせたオリジナル魔法、魔人紅闘諍で全身を覆っていた。喩えるならば血で悪魔を模った鎧。セラの切り札とも呼べるこの魔法は悪魔の紅血王へ進化し、『血操術』のスキルを身に着けてから編み出したもので、仲間内の訓練でも滅多に見せることはないのだが……
『セラ、それを使うってことは苦戦してたのか? さっきの念話でも余裕なさそうだったし』
『え? ……う、うん、実はそうなのよ! 私としたことがつい白熱しちゃったわ。それよりも今はあれでしょ、あれ!』
『ああ、そうだな』
どこか誤魔化されたような気もするが、セラの言う通り今は魔王だ。セラが苦戦するほどの実力者をまた見逃してしまったことはもう頭から離すのだ。魔王魔王魔王。
『セラねえ、それで結局あの物体は何なの? さっきセラねえと魔王が何か言ってたみたいだけど……』
リオンが地面に突き刺さった黒剣アクラマを抜きながら疑問を投げかける。メルフィーナの聖滅する星の光の直撃を魔王と共に受けたアクラマであるが、持ち前の頑強さで見事耐え切ったようだ。邪悪な気質を宿すものへの特効攻撃だった所為もあるだろうが、それでもリオンの持つ他のS級武器では破壊されていた可能性がある。流石は俺の妹への想いをぶつけた剣だ。
『うーん。以前ケルヴィンが倒し損ねたクライヴって奴の成れの果て、みたいなもの? 本体を倒しはしたんだけど、体の一部だった呪いの剣を逃してしまったの。それがあれ』
『やっぱり俺の聞き間違えじゃなかったか! セラ、大丈夫か!? あの変態に変なこととか嫌らしい目で見られたりされなかったか!?』
『父上の加護が護ってくれたから大丈夫よ。メルの指輪もあったし』
『そ、そうか…… 良かった……』
顔も知らぬお父さん、ありがとうございます! ……でも加護が発動したってことは、つまりそういうことだよな。成る程な、うんうん。
『あはは、ケルにいは心配性なんだから。話を戻すけど、体の一部が呪いだっけ? どういうこと?』
『えっと、口じゃ上手く説明できないから、私が戦ったクライヴの姿形を意思疎通で送るわね』
セラが念じると配下ネットワークに異形と化したクライヴの姿が映し出される。何これキモい。
『俺の記憶のクライヴと随分違っているような…… 確かに気色悪い顔はしてたけどさ』
『あなた様、これは……』
ネット上のクライヴの映像にメルが反応する。知っているのですか、メルフィーナ先生!
『呪人と呼ばれる人間の亜種です。一説では人間の進化形態とも噂されていますが、呪いを人間の器に掻き集めたもので正当な進化とはとても言えません。遥か昔、戦奴隷に呪いの武器を与えたことが始まりとされていますが…… これは呪いの一本や二本のレベルではないですね。一体どこからこれほどの呪詛を……』
頼りになる我らが先生の解説を聞くに、クライヴは正気の沙汰ではない方法でセラに迫るまでに自身を強化したようだ。しかし、自分を犠牲にしてそこまでするような奴だっただろうか? 確かに何をしでかすか予想のつかない変態ではあったが。
『あなた様、そろそろ魔王が動き出しそうです』
『ん、了解だ。皆、考察は戦いながらしよう』
クライヴと混成し変格を終えた魔王の体は真新しいものになっていた。人間の姿であったゼルは畏怖を感じさせる王者の風貌であったが、今やその面影は別の意味合いと化している。失った筈の体は新たに再生されており、その肌黒くなった皮膚は全てを飲み込む闇のようだ。またサイズは人間の範疇ではなくなり、巨人の領域にまで達していた。リオンが紋章の森で戦った巨人の王とまではいかないが、この限られた場所では脅威となるだろう。頭部には天を衝くように禍々しく角が聳え立ち、どこからか取り出したのか不穏な雰囲気を醸し出す鎧を着込み―――
話し出すと切りがないな。一層のこと一言で言ってしまおうか。
―――魔人、魔王。まさにそういった言葉が相応しいだろう。
「……ッフ、フハハッ! マサカココマデ生マレ変ワルトハナ!」
自身の新たなる体を見回したゼルが不敵に笑う。その声は力強く、それだけで俺の危険察知スキルが反応する。まるで声自体に魔力を含んでいるかのようだ。
「ムッ、クライヴメ、歪ナ進化ヲシテスキルヲ軒並ミ落トシタナ。代ワリニ得タモノモ幾ラカアルヨウダガ…… フン、マア良イ」
あちらさんも無事第二形態へと変身し終えたみたいだな。魔王と言えばこのお約束は抜かせない。早速鑑定眼でステータスをお披露目してもらおう。
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ゼル・トライセン 58歳 男 呪人(魔王) 統治者
レベル:132
称号 :破滅を齎すもの
HP :5660/5660(+2000)
MP :3291/3291(+2000)(+369)
筋力 :2617(+1000)
耐久 :2293(+1000)
敏捷 :2032(+1000)
魔力 :1480(+1000)
幸運 :1156(+1000)
スキル:天魔波旬(固有スキル)
王の命(固有スキル)
魅了眼(固有スキル)
呪具体内生成(固有スキル)
剣術(B級)
緑魔法(C級)
黒魔法(D級)
鑑定眼(D級)
魔力察知(D級)
隠蔽(D級)
軍団指揮(C級)
胆力(D級)
交友(D級)
交渉(C級)
話術(B級)
保管(A級)
自然治癒(A級)
精力(C級)
補助効果:天魔波旬/魔王化
隠蔽(A級)
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右腕を高く掲げたい衝動に駆られる。遂にきたか。強化値を含めてではあるが、ステータス2000オーバーの強敵が。配下ネットワークに情報を上げることも忘れてはならない。全員に魔王のステータスを公開する。
『こいつ……』
セラが魔王を睨みながら呟いた。
『たぶんだけど、クライヴのステータスとスキルを全部吸収してるわ。あいつのステータスを直接見た訳じゃないけど、戦った感じから構成がそれっぽい』
『マジか。全員、セラの戦闘データを頭に叩き込め。もしかすれば似た戦法を取ってくるかもしれない』
クライヴの主な攻撃手段は風主体の緑魔法と呪いの武器による直接攻撃だ。新たに固有スキルが増えてはいるが、それもクライヴ由来のものだろう。
「サテ、冒険者諸君。貴様等ノ中ニ勇者ガイルトハ思イモシナカッタゾ。マサカ我ヲアソコマデ追イ込ムトハ、完全ニ予想外デアッタ。シカシ、今トナッテハ我ガ貴様等ニトッテノ『死神』トナッタ。コノ湧キ上ガル力ヲ見ヨ! マサニ、我コソガ歴代最強ノ魔王ナノダ! フハハハハ!」
魔王の高笑いは止まらない。クライヴと合体して性格も変わってきてないか?
「歴代最強か。あの自称主人公君とくっ付いたくらいで成れれば苦労しないだろうな」
「クク、冥土ノ土産ニ教エテヤロウ。必要ダッタノハ奴自身デハナク、ソノ器ヨ。デナケレバ、何ノ為ニアレヲ飼ッテキタト言ウノダ。数エ切レヌ呪イヲソノ身ニ宿シタクライヴノ怨念ハ、奴ノ体内ニテ一本ノ剣ニ呪詛ヲ集約サレタノダ。穢レタ精神コソハ邪魔デシカナカッタガ、転生シタ異世界人トイウ器ハコレ以上ナイ程ノ価値ガアッタカラナ。言ワバクライヴハ我ニ相応シイ武器ヲ育テル為ノ苗床。ソシテソレコソガ、コノ―――」
魔王が右腕を自身の心臓部のあたりに突っ込む。不思議と血が出る様子はなく、何かを掴みそのまま引き上げていく。取り出したのは一本の長剣。しかしそのサイズは魔王と同等程度に大きく、人が扱える代物ではない。例えサイズの問題を解消したとしても、剣が孕む幾千級の呪いによって押し潰されてしまうだろう。
「―――愚剣クライヴ。フハハ、名モマタ忌々シイデハナイカ! 我ノ剣ダケデナク貴様ノ力マデ献上シテクルトハ、ナカナカノ忠義デアルゾ! ナア、クライヴ!」
「螺旋超嵐壁」
突如として現れ、屋上を囲うは触れる者全てを切刻む竜巻。俺のローブ『智慧の抱擁』でクライヴから学び取った最上位の緑魔法だ。
「……何ノツモリダ? 自ラ退路を絶ツトハ。ソシテ、ナゼ笑ウ? 気デモ狂ッタカ?」
「いや、色々話を聞かせてもらったけどさ。俺もクライヴに恨み辛みがあったんだ。次は必ず仕留めようと心に決めていたんだが、セラに先を越されて奴はもういない。今となっては叶わぬ夢なんだが、ちょうど良いところに代わりを見つけてさ。ほら、お前半分クライヴみたいなもんだろ、魔王様?」
「―――貴様」
過去の失敗からの学びは貴重だな。溜まっていたフラストレーション解消の為に、そしてこの戦争を終わらせる為に、魔王、お前は絶対に逃がさない。




