第177話 王の命
―――トライセン城・頂上
魔王とは一体何なのか? その答えはこの世界の神であるメルフィーナにも答えることができない。いや、正確には知っているのかもしれないが、メルフィーナの義体に宿る制約がある為に話すことができないのかもしれないな。兎も角、今の俺が持つ情報と言えば次くらいなものだ。
①魔王となる者は周期的に現れ、必ず『天魔波旬』というスキルを所持する。対象は世界を破滅し得る力を持つ者、そして悪意に満ちる素質がある者。
②魔王が出現する兆しが現れる度にデラミスの巫女は転生神の神託と加護を受け、異世界から勇者を召喚してきた。例外なく魔王は勇者に倒されている。過去で最も近い時代の魔王はセラの父親である魔王グスタフ。
③魔王となった者は世界を破滅へ導く為に、その個体の能力を十全に活かして行動するようになる。武力に優れた者であれば単体で、国を統べる者であれば国家を動員して、経済に利する者であれば社会を崩壊へと誘導する。
④『天魔波旬』は魔王に絶対的な防御を施し、攻撃が通じなくなる。異世界人がパーティにいる場合は無効化される。
後は魔王とはまた別の話ではあるが、魔王を無事討伐した勇者は元の世界へと戻るか、そのままこの世界で生きていくかを選択できるらしい。残る者には相応の報酬と地位が約束されるのだが、戻ることを選択した者にもその世界での、俺で言えば現代日本においての報酬があるそうなのだ。強制的に転移させられ、成り行きで魔王と戦わせられてしまった勇者への、神からの代償という意味合いがあるのだと言う。
俺にとっては戦う行為自体が御褒美でしかないんだけどね。まあ、俺は勇者として召喚された訳でもないし、どちらかと言えばリオンに関係のある話か。ちなみにリオンは現代に帰る気が全くないらしいので、お兄ちゃんは安心なのである。
『ケルにい、魔王のステータスは見える?』
おっと、並列思考で無駄なことを考えてしまっていたな。当のリオンに問い質されてしまった。
『ああ、今ネットワークにアップする』
さっきはあまりの興奮で魔王の固有スキルにしか目がいかなかったからな。今度はしっかり確認しよう。
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ゼル・トライセン 58歳 男 人間(魔王) 統治者
レベル:41
称号 :トライセン国王
HP :2285/2285(+2000)
MP :2320/2320(+2000)
筋力 :1151(+1000)
耐久 :1127(+1000)
敏捷 :1098(+1000)
魔力 :1160(+1000)
幸運 :1155(+1000)
スキル:天魔波旬(固有スキル)
王の命(固有スキル)
剣術(B級)
黒魔法(D級)
軍団指揮(C級)
胆力(D級)
交友(D級)
交渉(C級)
話術(B級)
補助効果:天魔波旬/魔王化
隠蔽(A級)
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―――ステータスの強化幅がおかしい、圧倒的に無茶苦茶だぞ。手に負えない領域ではないが、天魔波旬による魔王化によりクロト並みに超強化されてしまっている。これを相手するには刀哉や刹那達では荷が重い。ゼル自身の力は強化値を外せば一般的に強い程度、スキルもそれに準じたランクだ。しいて言えばスキル構成が戦闘向きでないものが大半な点、魔王の基となったゼルが単体で無双するタイプでなかったのが減点だろうか。勿体ない。
気になるとすれば2つ目の固有スキル『王の命』もそうだ。読みは王の命、それとも王の命か? シュトラや城の兵達を操っていたのを見るに、おそらくは前者だと予想しておこう。
「さあ、宴を始めようぞ。手始めに貴様ら、『自害せよ』」
言葉と共にゼルは鞘から豪勢な装飾が施された剣を抜く。そして発した『自害せよ』の言葉に僅かに俺の右手が反応するも、指にはめた『女神の指輪』が何かに抵抗、それ以上の変化はなかった。念話で確認するとリオンとメルフィーナも武器を持つ手に一瞬違和感を感じたそうだ。
「……む?」
ゼルも当てが外れたような表情をする。これはつまり―――
『―――発する言葉で相手を操る能力か!』
王の命で確定だ。
『うわ、それじゃあメルねえから貰った指輪がなかったら、僕たち本当に自決するところだったの!? 危なっ!』
『クライヴ対策に作った指輪の耐性能力が思わぬところで機能しましたね……』
まさか言葉を耳にしただけで操るとはな。国の大衆や兵の雰囲気から、クライヴの『魅了眼』と違い自我があり、また当人は操られているという意識はないのだろう。国家を動かし、影で操るには最適なスキルと言える。 ……耳栓でもしておくか。いや、冗談ではなく結構有効かもよ? 仲間うちの会話は念話の方が早いし。む、そういやクロトの保管にも耳栓はなかったな。我が家には必要とする場面がそもそもなかったし。寝るときにするなんてとんでもないし。
『女神の指輪がゼルの操作スキルをある程度防いでくれるようだが、初動が僅かに反応してしまうな』
『その一瞬が命取りになってしまうかもしれません』
『厄介なスキルだねー。それならさ、ここは―――』
そうだな、ここで取れる手はひとつだろう。何よりコレットは今も結界を懸命に維持しているのだ。コレットのことだ、女を捨てて自分の限界を超えての頑張りを見せてくれるだろう。そこまで尽くしてくれるのは嬉しいのだが、俺の良心が凄く痛む。よってそれだけは阻止せねばならない。だからこそ、それほど時間はかけられないのだ。
『突っ込んで接近戦といこうか!』
『間を置かずに攻め立てよう!』
『喋る暇もなく叩き潰しましょう!』
全会一致で意見は可決され、俺とリオンが鎌と双剣を、ゼルの背後よりメルフィーナが聖槍ルミナリィを携えて魔王へと迫る。敏捷値1098であるゼルは脅威であるが、風神脚の後ろ盾がある俺や元々それを上回る敏捷値を持つリオンとメルの敵ではない。風よりも、神経の伝達よりも早く、奴の間近へと接近する。
「『跪―――』」
『言わせるかよっ!』
一番に目標へと到達した俺はゼルの王の命を遮るように大風魔神鎌を地を這わせながら払う。奴は手に持つ剣を、鑑定眼で見るとトライセンに代々伝わる王剣であったそれで受けようとするが、それは悪手だ。王剣はランクとしてはS級、咄嗟に防御に出たその判断は決して間違ってはいない。だがそんなことは俺の大鎌には関係ないのだ。
「―――ぐっ!」
鎌を受けた刀身から王剣は真っ二つに斬られ、その剣を握るゼルの肘から先の右腕もまた切断されてしまう。自身がダメージを負ったことに驚くゼルであるが、判断は早く分断された刀身と右腕が地に落ちる前に俺らのいない真横へと大きく跳躍した。目暗ましに黒魔法で暗闇を作るオマケ付きだ。しかし、D級程度の魔法が後に控えるメルフィーナ達に通じる筈もない。
『輝く星の舞台』
『稲妻反応!』
無詠唱で発動されたメルフィーナの白魔法、この場一帯を照らす光の星々が空に上がり、瞬く間に展開された闇は瞬く間に分散されてしまう。更には稲妻の如く走り抜けたリオンがゼルを先回り。両手に持つは魔剣カラドボルグと黒剣アクラマ。横っ飛びした為にゼルは体勢も悪い。とすれば、注意すべきは王の命のみ。
「『眠―――』」
当然リオンはそれを許さない。雷轟く魔剣がゼルの背を通過し、それに続く追い討ちの黒剣が左足へと深く突き刺さり、地面に縫い止めることで機動を削ぐ。激しい電撃はゼルの背を伝って全身へと駆け巡り、声を出すこともできないようだ。
『メルフィーナ、チャンスだ』
『ルミナリィ、聖滅形態へ移行。魔力、装填』
メルフィーナの槍が再び回転し始め、さっき以上の猛烈な回転音と共に眩い青白き光を帯び出す。これは初撃の不殺だった一撃とは異なる、聖槍ルミナリィのもうひとつの力だ。先の一撃を精神的に邪悪を滅ぼすものとすれば、この一撃は肉体を塵も残さず滅する神代の超兵器とも呼べる代物。既にリオンは範囲の直線上から離脱している。対してゼルは麻痺からまだ回復していない。
『やっちまえ』
『聖滅する星の光!』
槍先へと収縮した光は極太のビームとなってゼルを貫き、消し去り、浄化していく。形だけ見ればクロトの超魔縮光束と酷似しているが、威力はまた別物だ。文字通り神の一撃はどこまでも伸びていき、やがて収束していく。 ―――やったか!?
『……あなた様、なぜここでフラグを』
『いや、だってさ、魔王と言ったらアレだろ? これまだ前哨戦だろ?』
『ええ、まあ。言いたいことは分かります』
『ケルにい、上っ!』
「『跪け』」
リオンの念話と同時に放たれる王の命。足裏がコンマ数秒地にくっ付いてしまったような錯覚に陥る。上空を見上げるとゼルが肩から上の上半身と、皮一枚繋がった状態の左腕が浮かんでいた。おいおい、あの状態で生きてるって何て生命力だよ。
「『動くな』。惜しかったな、後数秒もあれば我を倒せただろうに。時間切れだ」
―――時間切れだと?
『ケルヴィン! そっちにクライヴの一部が向かったわ! 思ったよりもかなり速い!』
俺の思考に割り込むようにしてセラからの念話が届く。マップを確認するに、セラもこちらへ急接近している。もう数秒もすれば到着するだろう。だが、そのセラより先に飛来してきたものがあった。刃物のような形状をした歪な物体、セラの言からするとあれがクライヴの一部だそうだが。
「『邪魔をするな』。愚かなるクライヴの抜け殻よ、今度こそ我に貢献するがいい」
直後、飛来したそれがゼルの額へと突き刺さった。




