第169話 上空での攻防
―――トライセン城・上空
「ガギャオォーー!」
竜の唸りにも似た爆発音を鳴らし太陽の代わりとなって大空を照らす激しい光。8体の火竜が一斉にトリスタンとその配下モンスターに襲い掛かる。エフィルが詠唱した火炎城壁はトリスタンの背後の広範囲に展開され、退くことは勿論下降する道をも断たれている。空中にて燃え盛る炎の壁はC級魔法では考えられぬ次元の殺傷力を秘めており、この事実はトリスタンにとっても由々しき事であった。
(C級程度でこの威力…… 隠蔽効果で能力は見えませんが、魔力だけでもクライヴを凌駕していますね。それに加えてあの弓の腕、まったく、凡人である私に化物の相手は荷が重いにも程がありますな)
進める道は前方のみ。だが、その唯一残されし道には竜の大群が大口を開けて迫っている。その速さはトリスタンが乗る紫の怪鳥ハウンドギリモットを上回り、旋回して回避することもままならない。しかしトリスタンは特に切迫する様子はなく、静かに口を開き眼前のゴーレムに指示を出した。
「タイラントミラ、やりなさい」
キュイン、と電子的な音がトリスタンのゴーレム、タイラントミラより響き渡る。四角錐の胴体の先が開き出し、面をエフィルの方向に向け高速で回転。タイラントミラはトリスタンを護る鏡の盾となって多首火竜に立ち塞がった。やがて両者は衝突する。
『……弾いた、いえ、反射した?』
鏡の盾は烈火の猛攻に傷ひとつその身に付けることもなく、進行方向と逆に向かって押し返した。多首火竜にダメージはなく、特攻した勢いが弱まることもない。エフィルの感じた通り、本当に反射されたかのようだ。密かにエフィルは火竜の影になるように極炎の矢を放っていたのだが、貫通特化のその矢もこちら側へと返されてしまった。咄嗟にもう一発放つことで打ち消すことには成功したが、事前情報なしでは危なかったかもしれない。エフィルは各首を外側へと迂回させる。
「おお、怖い怖い。掠りでもしたら私など黒焦げでしょうな。それにしても―――」
トリスタンのわざとらしい仕草と言葉は相手をイラつかせ、挑発ともなるものなのだが、エフィルはその行為に特に思うところはない。というよりも、最早会話の相手にしていない。
『あのゴーレム、ご主人様の話では『鏡面反射』という固有スキルを持っているとのことでしたが…… 本当に魔法を反射するようですね』
『うわ、それ卑怯ッスよ!』
『卑怯ではないですよ。ご主人様も使えるものは何でも使えの方針ですし』
『そうッスね! 立派な戦法ッスね!』
エフィルや他の仲間達はケルヴィンよりトリスタンの情報を知らされている。まず第一に、これはあくまで予想の段階ではあるのだが、トリスタンの特殊な召喚術がタイラントミラの『鏡面反射』を利用してのものではないかと教えられた。
『本来は配下が対象となる召喚術。それを一度ゴーレムを対象にし反射させ、自らを特定の場所へと召喚。あたかも瞬間移動したかのように見えるらしいです。あのゴーレムも一緒にいなくなったとのことでしたので、任意で魔法を受けることも可能なのでしょうね』
『それじゃあ物理的に叩くしかねぇな。こんだけ高い場所だと俺の力も使い辛いッスけど』
『召喚術による不意打ちにも注意してください。彼のMPと魔力から考察するに、乱発はできず魔力圏もそれ程広くはないと思いますが……』
トリスタンのステータスは一般的には優秀な部類に入るものではあるが、決してエフィルらに及ぶものではない。言ってしまえば秀才レベル。召喚術のランクはC級。魔力供給による配下の強化値や従えられる配下の枠も少ない。だがトリスタンは紋章の森にてケルヴィンの察知スキルを掻い潜り、クライヴを連れて逃走することに成功している。彼の魔力圏の広さからは考えられぬことだ。不審に思ったケルヴィンはエルフの里からパーズへ帰還する際にトリスタンが現れた場所を調べ上げ、そして発見した。木の葉で隠すように隠蔽された、地表に打たれた杭を。それも森の至るところで。
ケルヴィンが鑑定眼で確認したところ、この杭はマジックアイテムであった。効果は所持者の魔力圏を杭の周囲に作り出すといったもの。時間経過や杭を抜くことで効力を失う充填タイプではあるが、トリスタンはこの杭を予め森に設置し擬似的に魔力圏を作り出すことでケルヴィンを出し抜くことに成功する。セラが正門前で発見した杭も同じものであったことから、本城にもかなりの数が設置されていると予測していた。
『上空で戦えたのは幸運でしたね。魔杭を心配する必要がありませんから』
魔杭は地面に挿さなければ効果を発揮しない。つまり、この場所においては全く脅威にならないのだ。エフィルは高速で行われたこの会話内容をムドファラクに伝え、後方へ下がるよう指示する。そして多首火竜の首のひとつに飛び移った。
「ふう、返答のひとつも欲しいものですな。 ……ムドファラクを下げるのですかな?」
エフィルらの中で最も能力が低いのはムドファラクである。それでも古竜としての力は備えているのだが、エフィル、ダハクと比べての差は歴然。トリスタンが召喚術で不意打ちを仕掛けて来た場合の対策として、エフィルは魔力圏外だと予想される範囲までムドファラクを離したのだ。 ―――加えて、これからエフィルが放つ魔法の巻き添えにならぬように。
「多重炎鳥」
「……清々しいほどに相手にされていませんね」
声こそは冷静だが、トリスタンの額には一筋の汗が伝っていた。
『ハクちゃん、触れないように気をつけて』
『うへー……』
トリスタン達の周囲に燃え盛りながら蠢く壁が出現する。取り囲むその正体は無数の炎の鳥。サイズこそは鴉程度であるが、数千羽はいるであろうその数が凶悪。物量による力押しだ。
『頭から仕留めましょう。ゴーレムには効かなくとも、敵将に有効であれば問題ないです。さ、ハクちゃんとムドちゃんも』
『ゴリ押しッスか! 嫌いじゃねぇな!』
多重炎鳥が旋回しながら徐々にトリスタンとの距離を詰めて行く。見方によっては赤い竜巻が萎んでいくようなもの。中心にいる者にとっては絶望でしかない。タイラントミラがシールドとなって接近する鳥達を追い返すも、反射した傍から舞い戻り、それが全方向から迫り来るのだ。とても処理し切れる規模の魔法ではなかった。更に赤き竜巻の外側より色とりどりのブレスの嵐、威力を抑え広範囲にばら撒くことを重視したような放ち方だ。幾重の鳥が、ブレスが、鏡の盾の護りを越えてトリスタンに襲い掛かり、破壊の渦と化す。
『姿が消えました。 ……発見、マップ上に表示します』
エフィルは荒れ狂う狭間の中でトリスタンがハウンドギリモットと共に消えるのを目にし、すぐさま8体の多首火竜で辺りを探索。その内の1体が反応を示した場所を配下ネットワークに書き込んだ。ダハク、ムドファラク、多首火竜、その場にいた全ての竜が一斉にそちらを向きトリスタンを視認する。移動した傍から迫り、ブレスを放とうとするその姿にはトリスタンも苦笑いを浮かべた。
(やり辛い。手札を見られながらゲームをしている感覚です。時間稼ぎも潮時でしょうか。ですが―――)
エフィルとトリスタンの視線が合う。
「―――これは読めましたか?」
エフィルの背後より微弱な光、横目で見たその先には1匹のモンスターがいた。手のひら程の風船型の虫である。
(モンスターの召喚!)
「起爆蟲、爆ぜなさい」
エフィルがモンスターを目にする直前から虫は大きく膨れ上がっており、やがてそれは閃光となって弾けた。エフィルが乗っていた火竜を巻き込んでの大爆発。散り散りとなった火竜の欠片を見れば威力は一目瞭然であった。
「ね、姐さん!」
トリスタンは満足気に口の端を吊り上げる。
「私の思った通りです。私程度では、あなた方は手に負えない」
トリスタンの口端より血が流れる。彼の左胸、ちょうど心臓の位置に当たるところに小さな穴が開いていた。ハウンドギリモットの額と首筋にも同様の穴。既に怪鳥は絶命している。
「ガフッ…… この刹那の時間で、回避と、同時に3連射…… お見事……」
重力に従いトリスタンと怪鳥は地上へと墜ち、やがて生々しくも無残な形となってしまった。
「ふう、対象が私で良かったです」
「うおっ、エ、エフィル姐さん! 何時の間に!?」
不意の声に驚くダハクの背にはエフィルの姿。メイド服のスカートの端が一部焦げてしまっている。汗がにじんだその手には隠弓マーシレスが握られていた。
「警戒を怠らないでください。まだゴーレムが…… あれ?」




