第165話 報復
―――トライセン城・パーティー会場
「■■■■■■ッ!」
化物の長い腕が膨れ上がり、辺り構わず滅茶苦茶に呪いの大剣を振るう。その都度会場のテーブルや柱が破壊され、大小様々な破片が周囲に飛び散る。化物の叫びが耳に入る度に軽い頭痛を覚えるけど、今はそんなことに気を取られている場合じゃない。大剣を振るう様を見る限り、『剣術』スキルは会得していないと思う。ただ、純粋にパワーが厄介。それだけならジェラールに匹敵するかも。腕のリーチもよく分からないし、久しぶりに油断できない相手になるかしらね。
「ふっ!」
迫る大剣や瓦礫を躱し、化物の懐へ入る。確かに力は凄いけど、スピードは大したことはない。まずは機動力を完全に削ぎ落とす。拳に泥沼の長靴を二重に篭め、奴の脇腹に叩き込んだ。
「■■■!」
「―――っと!」
直後に背後へ退き、私の頬から血が滴る。私が拳を放った瞬間、ハリネズミのように化物の体中から数多の武器が飛び出してきた。どれもこれもが強烈な邪気を発している。『自然治癒』のスキルで傷が治らないところを見ると、変な呪いでもかけられたかしら? 何よりも私の体に傷を付けたと言うことは、呪われている以前に武器その物のランクも高い。少なくともB級以上、あれだけの数をどこから拾ってきたのか、それとも元々化物の体の一部なのかは判断しかねるところね。でも―――
「私の血に、触れたわね?」
化物の胸のあたりから生えているのは、さっき私の頬を突き刺した長槍。刃先には私の血が付着している。皮一枚ほどの傷だったから極少量だけど、まあいけるかな。
(全力で貴方の主を攻撃しなさい。あと私にかけた呪い解け)
生意気にも呪いの長槍から微かに抵抗される。この怨念の持ち主もそこそこやるようね。でもそれも些細なこと、槍は直ぐに私の支配下へ降った。よしよし、頬の傷もふさがってる。
「■■ッ……!?」
忠実な僕となった槍は化物の体から抜け出し、槍先を化物に向けて宙で静止する。これも呪いの効力なのかは知らないけど、自身の力で自由に移動することができるみたい。あ! これ、昔本で読んだことあるわ! ポルターガイストってやつよ!
「まずは、一本」
化物に向かって魔力を練った涅槍と一緒に長槍を一直線に放つ。すると、また化物が空いている腕を体に入れ、今度を巨大なタワーシールドを取り出した。明らかに体の体積以上の大きさのものが入っている。クロトの『保管』スキルに似ているわね。
ふたつの槍は盾に阻まれ、砕かれる。盾には鬼のような形相の顔が描かれており、本当に盾が槍を食べたかのよう。そんなことを考えながら、私は頬を伝っていた血を拭い、血の海に沈んだ床に払う。
―――ブオンッ!
奴が盾の構えを解いた瞬間に、風の音が鳴り何かが飛んできた。すれ違いざまに見えたのは、錆びて変色してしまった短剣。またまた呪い武器シリーズね…… 休む暇もなく、化物は体の中から武器を弾代わりに次々と撃ってきた。弾となる武器によって威力は異なるらしく、壁を貫通するものもあれば盛大に破壊するものもある。私は奴の周囲で円を描くように走り、防いでいく。奴自身は泥沼の長靴を施したから動きが遅くなっている。けど、奴の体から発射されるこの弾には影響がない、のかな? なら、チマチマ遠くから攻撃するより近づいて仕留めた方がいいかも―――
「■■■■■■!」
「っ!?」
―――危険察知。奴が突如として私の眼前に現れた。どうして、素早さは十分に下げていたはず。いえ、さっきの風音と弾速、あれが緑魔法によるものだとすれば、この化物自身のスピードを上げることも可能。いつもケルヴィンがしていたように! 愛しい恋人と似た行動をするこの化物に、ほんの少し苛立ちを覚える。ううん、序盤でパワー一辺倒と判断してしまった自分に、か。
「魔人闘諍!」
右腕のみ、魔人闘諍を急ごしらえに付与、黒金の魔人がそれに合わせて変形する。以前とは別物の速さとなった奴の大剣はこの距離では躱せない。黒き魔力で侵食した右腕で受ける。バキリ、と魔力にヒビが入る音が聞こえてきた。
「■■■■ッ」
化物の後ろ肩が膨れ上がり、新たに2本の腕が形成される。握る獲物は曲刀とメイス。辺りに漂わせるどす黒いオーラから一際強い怨念が宿った呪いだと直感的に察する。
「くっ!」
直後に放たれる乱舞。神経を研ぎ澄まし、魔人闘諍が施された右腕で防御。僅かな隙を突いて左で拳を放つも、タワーシールドにより全て塞がれる。そんな攻防を繰り返し―――
―――バリン!
私の右腕を覆っていた魔力が砕け散った。ああ、そう言えば、ケルヴィンが私の師であるビクトールの魔人闘諍を破ったのも、呪われた武器を使ってだったわね。化物は好機と見たのか、大剣を強靭な腕を更に膨らませ、目一杯に振るってきた。
「本当っに、皮肉ね!」
それでも、私は追い詰められた訳ではない。横から迫る大剣を左手で鷲掴みにし、止める。当然手の平には刃が深く深く入り、火傷に似た猛烈な痛みが私を襲ってきた。代わりにそこから流れ出す私の血が大剣を侵食していく。出血量は最初の槍の比ではない。大剣は瞬く間に私の支配下に陥った。
「■■■、■■■■■■!」
これまで無表情を貫いていた化物の表情が変わった。目を限界まで見開き、こちらを見詰めてきたのだ。その瞬間に体中から寒気が走った。意味不明だった化物の言葉が、脳内に直接流れてくるような不快な感じ。これは、私を操ろうとしている? そして、命令する内容は―――
―――バキバキバキ!
思わず支配した大剣を握り潰してしまった。怨霊の叫びのようなものが聞こえてきたが、今はそんな些細なことはどうでもいい。そう、貴方、『魅了眼』を使ったの。でもね、私には私の血が全身に巡っているのよ。そんな絶対的な支配下の前に、本当に魅了なんてできると思う? あと、前にベッドでケルヴィンから聞いたことがあるわ。エフィルを誑かそうとした屑の話を。それを逃がしてしまったとケルヴィンが死ぬほど後悔していたことを。それだけでも許せないけど、よりにもよって私に命令した内容、これは酷過ぎるんじゃない?
「私を、肉ど――― フフ……」
動かない私を魅了したと勘違いしたのか、化物は大剣を離し、その手を私に近づけてきた。ゆっくり、ゆっくりと。
ゴン。
「■■?」
私の周囲に父上の加護が展開され、化物の手が私に届くことはなかった。化物は何が起こったのか分かっていないらしい。盾をも手放し力ずくで押し切ろうとするも、ビクともしない。
「フフ、フフフ……」
父上の加護の発動。それが示すことは――― ええ、そんなの決まっているわ。意識的に、意図的に、本能的に、どれでやったのかなんてどうでもいい。兎に角、アレは私に手を出し、穢そうとした。何の許可もなく。エフィルのときも、きっとそうに決まっている。
「そう…… 貴方、私にやましい事をしようとしたの…… ねえ、貴方」
視界が真赤に染まっていく。赤く、赤く、この左手の血のように…… フフ、あの時のケルヴィンの気持ちがやっと分かったわ。今日ばかりは父上に感謝しないといけないわね。だって―――
「跡形もなく、死にたいのね?」
―――だって、私にそんなことをしていいのは、ケルヴィンだけなのだから。




