第162話 本領発揮
―――トライセン城・中央区
トライセン城は本城を中心に据え、その四方を各騎士団の支城で取り囲む構成となっている。正門側に防衛に秀でた『鉄鋼騎士団』が、右翼に『竜騎兵団』、左翼に『混成魔獣団』、背後に『魔法騎士団』の本部があると考えれば分かりやすいだろう。『暗部』は公にされていない部隊である為に支城は存在しない。
トライセンが万全を期した状態であるならば、城を落とす大前提として鉄鋼騎士団を打ち破らなければならない。老将ダンが率いる熟練の部隊はその身を白金の鎧で包み、随一の結束の固さを誇る。ダン自身も国内最強の武人として名高く、この軍勢を倒して本城への侵入を果たすのは至難の技である。更には時間を要すれば空より竜騎兵が馳せ参じ、訓練されしモンスターが駆け付け、後方より魔法の雨が降り注ぐという悪夢が待っている。
―――のだが、現在において鉄鋼騎士団はケルヴィンと共闘し、主戦力を失った混成魔獣団と竜騎兵団は予備部隊が駐在する程度の戦力しかいない。魔法騎士団もトリスタンが牽引しているが、前任のクライヴは戦死と公表されている。残る暗部はほぼ被害がないとは言え、元々諜報部隊、正面から戦う戦力としては格が下がる。本城には守護を任される別部隊も存在するのだが、実戦経験に乏しい。国民達が描く幻想と現実の実態には随分な差異があった。尤も、儚い夢を見ているのは国民だけでない。
ここはトライセン本城の中央区。王宮魔導士が集い、防衛の要である城や首都の障壁を管理する重要施設である。最も警備の厚い場所のひとつであり、事が起こった前線は遥か遠く。本来であれば静寂が支配するこの施設であるが、稀有なことに騒然とした雰囲気に包まれていた。
パキ、パキ……
「この音は? ……っ! おい、障壁はどうなっている!?」
「え、あっ! 報告! 障壁が何者かの攻撃により損壊しています!」
「何だと!? 直ぐに城壁に魔力を送れ!」
王宮魔導士らが巨大な魔法陣の上で祈るように魔力を捧げている中で、怒号が飛び交う。防衛の最終手段であるはずの障壁に異常が発生したのだ。管理者の長は逸早くこの事態に気付き、魔導士に障壁の補強修正を命じる。だが、それも時既に遅く。
―――パリンッ!
「て、訂正します! 障壁、たった今全壊しました!」
「ば、馬鹿な…… 竜の攻撃だろうと問題なく防ぐ障壁なんだぞ…… ッチ、障壁の再展開の準備、各部隊にこの事態を至急伝えろ。国王にもだっ!」
「し、しかし、国王は現在面会を遮断しており、誰も通すなと……」
「阿呆が! 国家の一大事なんだぞ! 打ち首のひとつ覚悟しろ! 俺も行くっ!」
長は率先して国王の下へ向かおうとする。
「へえ、あの障壁、そんなに凄いものだったのね」
ふと、長の背後より女の声が聞こえた。
「当然だ! トライセンの魔法技術の粋を結集して作り上げられた魔導城壁、そのエネルギーの根源となる魔力は国中から選ばれし王宮魔導士によって生成される! 魔力は日々休むことなく供給され、その強固たるや―――」
「うんうん」
「強固、たるや…… 貴様、何者だ!?」
長が高説を垂れる中、どこからともなく現れたのは赤髪の美女、セラであった。セラの足元には召喚の際に発生した魔法陣の光の残滓と地に伏した王宮魔導士の姿。先ほどまで会話をしていた彼の部下もまた、その中の一人となっていた。
「気付くのが遅いわよ。暇だったから全員倒しちゃったわ」
「い、一流どころの王宮魔導士を一瞬で…… い、いや、それよりも一体どこから!?」
「ああ、もうそういうのいいから」
セラは自らの指先に一滴の血を付着させ、長の額を軽い動作で一突きする。尤もこれはセラにとってはの話で、長には何をされたのか視認もできなかった。
「それで、異常がなんだっけ?」
「いえ! 全ては正常に作動しておりますっ! セラ様っ!」
「ええ、そうね。今日も平和だわ」
ビシッ、と鍛え抜かれた敬礼を受け、セラはにこやかな笑顔を返す。
「さ、ここの制圧は終了ね! 流石は私! 予定通りここはお城の中心地みたいだし、早速……」
長が敬礼の姿勢から微動だに動かないその横で、セラは精神を集中させる。気配察知、危険察知、魔力察知、隠蔽察知――― 持てる全てのスキルを用い、これまでの情報を基にケルヴィンが作成し、配下ネットワーク上にアップされた立体地図に城内の間取りを書き加えていく。敵兵力の配置情報、ケルヴィンが好みそうな敵はどこか、はたまた隠し扉やトラップの設置位置まで。数十秒の瞑想の後、セラはゆっくりと瞳を開く。
「城の最上階の一部、読み取れない場所があるわね…… まあ、いいわ! 消去法でそこしかないし!」
セラが腰に手を当て頷く中、ケルヴィンより念話が届いた。
『セラ、マップの方は十分だよ。良くやった。そっちの状況はどうだ?』
『一通り制圧完了よ。それに、良いものも発見したわ』
『良いもの?』
『あれよ、あれ』
セラの視線の先、そこには無機質な鳥居のような物体があった。 ―――転移門である。
『私、運が良いわねっ! 召喚先で行き成り大発見よ!』
『おお……! 中心地だけあって重要区画だったみたいだな。まさか探し物に行き当たるとは思わなかった』
『後で御褒美を所望するわ!』
『ほ、ほどほどにな。起動できそうか?』
見たところ、転移門は完全に機能を停止している。
「命令、転移門を起動させなさい」
「ッハ! ただ今転移門は停止中でありますっ! 起動させるには相応の権限を持つ方の認証が必要ですっ! 残念ながら私めはその権限を持ち合わせておりませんっ!」
「えー……」
転移門を起動することができなければ見つけた意味がない。セラは消沈しながらケルヴィンに報告する。
『そうか…… うん? え、マジ?』
念話の向こうでケルヴィンは誰かと話しているようである。
『セラ、今からそっちにリオンがコレットを連れて行く。限定的にだが細工して起動させられるってさ』
『え、そんなこともできるのね、コレット。でもどうやってここまで来るのよ? 一応ここ、敵陣の真っ只中よ?』
『セラの仕事が完璧だったお陰で、そこまでのルートは何とかなりそうだよ』
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
―――トライセン城・上空
俺達はダハクとムドファラクに乗り込み、トライセン本城の上空にいた。正門前にはジェラールとボガ、サバトらのパーティが残り正面からの突撃を開始している。残る我らパーティとコレット、プリティアがこちら組だ。
セラの召喚での侵入は成功を収め、城の情報は筒抜けとなった。更には転移門も発見、もとより探す予定ではあったのだが、ある場所を一発で当ててしまったようである。恐るべし、セラの幸運。
「エフィル、あそこを狙ってくれ。あと、陽動用に気配のない場所にも何発か」
「承知しました」
エフィルの構える火神の魔弓より強烈な火矢が放たれる。その矢は俺に指示された場所を正確に貫き、直後に爆破。爆発は本城の一角に穴を開けた。同時に放たれた複数の矢も何箇所かに穴を開けている。
「お見事。じゃ、作戦通り降下を開始しようか。コレットは隠密効果のある布に包んでリオンが抱えて行くとして…… 飛翔の補助いる人、いる?」
「私は生身で大丈夫よん。そのまま着地するわん」
「僕はコレットを抱えてだけど、『軽業』スキルで何とかなるかな? いざとなったらアレックスに受け止めてもらおっと」
「リオン様と密着リオン様と密着リオン様と密着―――」
「コレット、せめて心の声に留めてくれ…… 全員問題ないようだな。エフィル、ダハク、ムドファラクは空からの支援攻撃を頼む。随時マップを使って指示するからよろしくな」
「お安い御用ですぜ、兄貴!」
「「「グオォン」」」
メルフィーナだけは俺の魔力内に留めている。まあ、今回の相手はあれだしね。
「それじゃ、行ってくるよ」
「はい。行ってらっしゃいませ、ご主人様」
俺達は躊躇することもなく、敵陣へと飛び降りた。




