第158話 奴隷商の兄妹
―――トライセン・城下町
トライセン城は城下町からやや離れ、小高い丘の上に建てられている。トライセン領の地域は基本砂漠が広がるばかりであるが、唯一首都付近は緑生い茂る平原だ。城と街は分厚い城壁に囲まれ、首都たる城下町の正門からは馬車が数十の列を成していた。その多くは他の街より行商に訪れる商人である。トライセンの城下町に入る際は商人であろうと国公認の身分証が必要であり、積荷を厳重に取り調べられる。加えて今は戦時中である為に尚更検問は強化され、列を作るほどに商人達は待たされているのだ。
「次の者!」
馬車が検問を終え前に進むと、門兵が次の馬車を呼ぶ。奴隷商か、と門兵らはすぐさまに思った。荷台の上に檻を置き、その中には奴隷と思われる獣人や人間が捕らえられていたのだ。馬車が門の前に差し掛かると、門兵らが進路に立ち道を塞ぐ。
「これはこれは兵隊様、いつもお世話になっております」
「お世話になってまーす」
商人らしき実直そうな青年がにこやかな笑顔を隊長格である門兵に向ける。その隣に座るのは妹だろうか。青年と同じ黒髪で人懐っこい笑みを浮かべている。声には出さないが、その隊長には奴隷商を業とする兄妹には見えなかった。
「積荷を確認させてもらう。それと身分証を出してくれ。まあ、見た感じ奴隷商のようだがな」
「ええ、見ての通りの若輩で漸く独り立ちしたところです。本日は城下町のヘレルトン奴隷商会に卸す商品をお持ちしまして…… どうです? 此度はどれも一級品ばかりでしょう。きっと高値で売れますよ」
「羨ましいことだな」
「身分証は、ええと、どこにやったかな…… 先に積荷を確認して頂いても?」
「ああ、構わない。おい、全員の顔を確認しろ。自慢の一品らしいぞ!」
「へえ、そりゃあ楽しみだ!」
命令された門兵のひとりは荷台に登り、ジロジロと値踏みするように檻の中を覗き込む。奴隷は一様にフードを深く被り、顔半分が見えない状態であった。
「おい、フードを外して顔を見せろ」
僅かにほくそ笑む門兵が声を掛けたのは檻の脇にいた燃えるように真っ赤な髪の女。ローブの上からも抜群のスタイルであることが読み取れる。要はそういった感情に基づいて真っ先に指名したのだろう。その女がゆっくりとフードを下ろした。
「おお、確かにこの奴隷はとんでもない上物だ、な……?」
「……おい、どうした?」
動きを止めた部下を不審に思った隊長が尋ねる。
「……いやぁ、それが見たこともない美人で。驚きの余り止まっちゃいましたよ」
「おい、お前鼻血が出てるぞ…… 何を想像してるんだ。しっかり仕事をしろ!」
「すんません、手配書の特徴ではないです。問題ない。さ、次の奴も顔を見せるんだ」
門兵の男は鼻血を拭い、次の奴隷へと興味を移していた。後の奴隷も問題はなく、積荷の確認はクリアされたようだ。
「全く―――」
「ああ、こっちの上着に入っていたか。兵隊様、ありましたよ!」
「そそっかしいことだな。大事な物なんだ、ちゃんと管理するんだぞ」
「気を付けます。さ、どうぞご確認ください」
「どれ…… ん?」
青年から受け取った身分証は確かに国が発行したものであった。国章が押され、青年の名前が記されている。 ―――ただひとつのおかしな点を除いては。
(これは、何かの滲み?)
目に付いたのは赤いインクを零したような滲みであった。赤で染められたそれを凝視すれば、段々とその浸食が広がっていくようにも見え、遂には立体的に現れるようになり―――
「……問題ないようだな。通ってよし!」
最後の認証である身分証に篭められた魔力判定を、専用の器具で判定し終えた隊長が高らかに宣言する。
「ありがとうございます。では……」
「ありがとー!」
身分証を返された青年はゆっくりと馬車を出発させる。元気な女の子のお礼を背に、門兵達は不思議と暖かな気持ちになるのであった。
「このあたりでは見ない若者でしたね。あの歳で奴隷商として独り立ちとは大したものです。妹さんの方も実に可愛らしくて……」
「ああ、それにとても誠実で爽やかで顔立ちが良く素晴らしく格好の良い青年であったな。彼には是非成功してもらいたい。ふふ、実に好みだ」
「え? ええ、そうです、ね……?」
隊長の思いもよらぬ返答に一応は肯定する部下であったが、持ち場に戻ったところで隣の同僚に耳打ちをする。
「な、なあ。隊長ってこっちなのか?」
「何言ってんだ? 隊長は奥さんがいるぞ」
「そ、そうか。気のせいだよな、うん……」
街中へと消えて行く青年の馬車を振り向きざまにもう一度見て、門兵は先程の台詞を聞かなかったことにした。
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夜風が吹き、壁の隙間から入り込む冷たい空気が肌に触れる。ここはスラム街の一角にある廃屋、数年前まで名も知らぬ誰かが住んでいたのか、埃を被っているものの家具一式は置かれたままの状態である。ベッドやソファに清風の魔法をかけ、多少なりとも清潔にして腰掛ける。うん、座り心地は悪くない。
「ご主人様、何とか潜入することができましたね」
「ああ、空を飛べば関所も関係ないからな」
朱の大渓谷から真っ直ぐトライセンに向かって来た我々であるが、道中には幾つもの関所があった。だが雲の上より進み、更にはメルフィーナの白魔法による光学迷彩にも似た不可視化の前には全くの無意味である。本来この空域を警備する筈の竜騎兵団は敗れ去っている。俺たちは悠々と空を旅し、トライセンの城下町に辿り着いたのだ。まずはそこからの潜入方法を説明しよう。
この国を覆う城壁に沿って空には障壁が施されている。魔導士が何人がかりで作り上げているのかは不明だが、俺の目から見てもかなり強力なものだ。耐久力もさることながら、魔法の発動可能領域である魔力圏内を遮断する働きがある。俺やコレットの召喚術も例外ではないようで外から内部へ配下を召喚するができなかったのだ。かと言って無理に城壁や障壁を破壊すれば警備に気付かれる可能性がある。
では、俺たちはどうやって街に侵入したのか? いえ、普通に正門から入りましたよ。クロトから取り出すは何の変哲もない大き目の荷車、これに絶崖黒城壁を檻状にしたものを乗っければ、奴隷商人が扱う馬車に早変わり! トライセンで奴隷商が盛んであることを逆手に取り、ジェラールが御者を、エフィルが昔作った『演劇』スキル上昇効果のある服で俺が商人に変装し、騙し通る作戦だ。リオンはそのまま妹の役柄、セラとメルは商人の妻役を互いに譲らなかったが、ガチバトルに発展しそうだったのでその役は取り止めさせた。アレックスはリオンの影へ、人型になれないボガ、ムドファラクも魔力内に戻し、申し訳ないが他のメンバーは檻の中で囚われた奴隷役である。ちなみに馬はコレットのペガサスを採用、翼を隠すのにも一苦労だったが、他に適役がいないので仕方ない。ここでコレットが「私めが!」みたいな顔をしていたが流石に無視した。
ここでの鍵はセラの固有スキル『血染』だろう。檻の中で奴隷役を演じたとしても、顔を確認されればデラミスの巫女であるコレットやガウンの王族であるサバトとゴマは身分がバレる可能性がある。プリティアなんて前情報があれば絶対にバレるほど特徴的だ。それを防ぐ為にセラにわざと薄着をさせ、色欲に塗れた門番が最初に確認するよう仕向けたのだ。後は『血操術』で血を操り、気付かれないように血に触れさせて門番を操作する楽なお仕事である。奴がホモだったらどうしようかと一瞬頭を過ぎったが、それでもセラの実力ならば、例えサバトやプリティアに向かったとしても感付かれることなく楽勝だったろう。
後の難所と言えば身分証の提示であるが、これはコレットの情報を基にメルフィーナに作成してもらった。生成されたものは見た目だけならば完璧と言わしめる出来、しかしここでも困ったことに、本物の身分証は特殊な魔力を帯びているそうなのだ。偽装した身分証ではそこまで真似ることができず、調べられればアウトである。まあ結局はここもセラが身分証に血を仕込み、門番を操ることで脱することができたのだが。
「あの門番達も暫くは操れそうよ」
……だそうだ。本当に強力だよね、そのスキル。
さて、トライセンの首都たる城下町へ侵入した俺たちは、一先ず情報収集と拠点を見繕うことにした。アズグラッドから聞いている情報では、この障壁は緊急時のもので普段は発動させていないそうだ。強力ではあるが維持するには燃費が悪く、こんなものがあっては竜騎兵団にとっても邪魔でしかないからな。それほどまでにトライセンが追い詰められているのかと思えば、城では連日連夜貴族様を招待しての社交パーティーが開かれているようである。全く以って意味不明だ。調査した限りでは魔法騎士団は入城しているが、ダン率いる鉄鋼騎士団はまだ到着していない。
拠点については第一の候補に挙がっていた冒険者ギルドを訪ねようと考えはしたのだが、あそこはトライセンの連中の監視が強く、拠点とするには適していない。ましてやそこのギルド長と知り合いと言う訳でもないし、不用意に信頼できる相手でもない。除外だ。そして巡り巡って落ち着いたのがこの廃墟である。
「コレットの計算によれば、明日あたりにダンが戻って来る。そのときが勝負だな」
「なあ、鉄鋼騎士団が戻って来る前に攻めた方がいいんじゃないか? って何だよその可哀想なものを見るような目は!」
サバト、お前は何を言っているんだ。
気がつけば一周年でした。
そうか、もうなのか……
これからもよろしくお願い致します。




