第117話 約束
―――精霊歌亭・酒場
「セラ、いい加減元気だせよ」
「ふんっ! もういいのっ!」
クレアさんにお願いして破壊してしまった代わりのテーブルを出してもらい、仕切りなおしという形で俺たちは飲み直していた。勿論、酒じゃなくジュースでだ。
今でこそ愚痴が言えるくらいには機嫌を直してくれたが、決闘後は大変であった。席に戻るなり無言でテーブルに伏せてしまったセラを、あの手この手で落ち着かそうとしていたのだ。最終的にはセラの頭を15分かけて大事に大事に撫で続け、今度釣りに一緒に行く約束をすることで徐々に今の調子になってくれた。何だか出会った頃を思い出すな。あの時もセラを泣き止ますのには苦労したものだ。
「もう、ケルヴィンにプレゼントは渡し損ねるし、変な男は現れるし…… 予定が滅茶苦茶よ!」
「でもセラねえ、ちゃんと手加減してたじゃん。僕ハラハラしてたよ」
リオンは皿上で自前の箸を使って肉に付いた小骨を取り除き、影に潜むアレックスに分け与えながら会話する。
「それにプレゼントならいつでも受け取るって。何なら今からでも大歓迎だぞ」
「今はいや。雰囲気じゃないし」
「……まあ、うん」
ちなみにこのテーブル、相席である。その相席の相手はと言うと―――
「美味しい…… これ、凄く美味しい」
「ほらシルヴィア、口の周りが汚れているよ」
「ん…… エマ、ありがと」
「はい、どういたしまして」
シルヴィアとエマであった。と言うのも、クレアさんがテーブルを準備してくれていた頃にリュカが完全に眠ってしまい、ジェラールが屋敷へと連れて帰った為に、席が二人分空いてしまったのだ。空いた空席をジーっと見詰めるシルヴィアの捨てられた子猫のような瞳に負けてしまい、仕方なく二人だけ相席を許したんだ。構っている暇はないと宣言し、別れておいてこれである。実に早い再会だった。雑談を交わしているうちに今ではそれなりに打ち解けている。
アリエルとコクドリはナグアに付き添って先に宿へ向かった。彼女らの話によると冒険者ギルドが予め宿を用意してくれていたそうなのだが、肝心の食事の時間が既に終了していたと言うのだ。こんな夜もそこそこな時間では露店などはやっておらず、俺の昇格式の影響でどこの酒場も人混みだらけ。腹を空かせたシルヴィアに見かねて、ナグアが適当な奴から席を譲ってもらおうとしていたらしい。本当であればその辺のチンピラやゴロツキを狙う手筈だったのだが、何を思い違えたのか俺に喧嘩を吹っ掛けてしまったと、以上がエマの釈明である。
「それにしてもケルヴィンさんも人が悪いです。シルヴィアと明日戦う相手が貴方だったなんて…… 新たにS級冒険者に昇格されるパーティの方だったのなら、ナグアが負かされたのも納得です。いえ、力を見誤り敗北してしまったのは問題なのですが」
「ああ、言おうとはしたんだけどな」
この酒場にいる冒険者に聞けば直ぐに分かることだし、セラが最優先だったからな。
「がるる」
「ほら、セラもこれ以上飛びつこうとしない」
「ええっと、本当にごめんなさい……」
セラはまだシルヴィア達に対して警戒心を解いていないようで、唸りながら睨みつけている。
「明日の試合で本気を出してくれればそれでいいって。な、セラ?」
「……ケルヴィンがそう言うなら、別にいいけど」
「ってことだ。明日はよろしく頼む」
ふふ、今から明日が楽しみだ。
「それは構わない。でも、何で?」
「明日の模擬試合では死ぬことがないんだろ? シルヴィアと全力で戦えるまたとない貴重な機会じゃないか。手加減なんかされたらもったいないだろ」
「うん。 ……うん?」
ナポリタンを頬張りながら疑問符を浮かべるシルヴィア。むう、残念ながらシルヴィアにはこの素晴らしさが分からないらしい。実に嘆かわしい。
「よく分からないけど、試合で全力を出せばいいんだね? 約束する」
「シルヴィア、程々にね……」
「あはは、ケルにい良かったね」
「お待たせ致しました。こちら、追加注文のナポリタンでございます」
エフィルがシルヴィアとメルフィーナがおかわりとして注文した料理を運んできた。メルフィーナほどでないにしろ、シルヴィアもかなりの量の料理を平らげている。体格的にはエフィルと同じくらいなんだけどな。
しかしシルヴィアが来てから、会話にも参加しないでメルフィーナの食べるペースが早くなったのは気のせいだろうか? もしかして、張り合ってる?
「そうだ、紹介がまだだったな」
シルヴィア達にエフィルを紹介する。
「へえ、ケルヴィンさんのお屋敷のメイドさんなんですね。この料理もエフィルさんが…… ん? 何でここでウェイトレスをしてるんですか?」
「女将のクレアさんが私の料理のお師匠様なんです。本日は裏方で手伝いをしておりました」
「さっきトラージの料理が出てきただろ? あれもエフィルが調理したんだ」
「そうだったんですね。とっても美味しかったです。不思議と涙が出てきたりして……」
その時、シルヴィアがエフィルの手を両手でガシッと握る。何事だ?
「あのっ!」
「は、はい。何でしょうか?」
「サイン、ください」
―――本日、エフィルのファンがひとり増えた。
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―――ケルヴィン邸への道中
前祝いの宴も無事お開きとなり、俺はエフィル、セラ、リオン、メルフィーナと共に屋敷の帰途につく。俺の足腰も大分回復し、何とかひとりで歩けるようになった。いつまでもエフィルの肩を借りている訳にもいくまい。当のエフィルは少し残念そうだったが。
「話をしてみれば、なかなか良い子達でしたね」
「いや、メルは食べてばっかりだったろ」
「まあ、思ったよりは悪い奴じゃなさそうね。あの犬男は別だけど」
セラも最後には普通に話すくらいはしていたしな。まあ、あのナグアって男が相手だとまた拳が先に出てしまいそうだが。
「あの、サインはあれで良かったのでしょうか? 私、サインなんてしたことなくって……」
「渡された相手が満足気だったから良いんじゃないか? 俺も前に書かされた時は微妙な心境だった」
あれはA級に昇格したときだったかな? ええと、書いた相手は誰だったか。
「ご主人様に文字を教わっていて助かりました。トラージにいた頃は辛うじて読める程度でしたから」
「そうなの? 僕は初めから読み書きできたけど」
「転生すると自動で習得するんだったかな。俺も初めから言葉が話せたし、文字も読めた」
「日常に支障が出ないようにする為のサービスみたいなものです。流石に言葉も文字も通じないと辛いでしょうから」
雑談もそこそこに、屋敷の門前に到着。む、そう言えばプリティアに半壊された門番ゴーレムの修理もまだだったな。それまでは屋敷内のゴーレムを門番として割り振っておくとしよう。
「ご主人様、皆様。お帰りなさいませ」
門を開けると屋敷の中からエリィが出迎えに来てくれた。
「リュカがご迷惑をお掛けしました。あの子、メイド長の作ったものに見境がなくて」
「次から気をつけてくれればいいよ。ジェラールも楽しんでいたみたいだしね」
「ジェラール様にはいつも良くして頂いています」
「ご主人様、湯はまだでしたよね? 入られますか?」
ああ、そう言えばまだだったな。清風で誤魔化していたんだった。うん、今なら入れそうだ。
「準備してもらおうかな。今日は気持ちよく寝たいし」
「承知しました」
さて、明日はいよいよS級への昇格式。そして待ちに待ったシルヴィアとの模擬試合だ。デラミスの巫女、コレットとも接触する必要がある。今夜は早々に寝るとしよう。




