第115話 酒場の決闘
―――精霊歌亭・酒場
突然の5人組の来訪に、入り口近くにいた一部の冒険者が気付く。服装から察するに、銀髪の少女剣士、ドワーフの重戦士、エルフの魔法使い、獣人の拳士だろうか。赤髪はよく分からなかった。
「あいつら、見ない顔だな。あんなべっぴんさんなら忘れるはずねぇんだが」
「どうせケルヴィンさんの昇格式目当ての口だろ? 開催に間に合わそうと急いで外から来たはいいが、どこも満員で宿と飯にありつけないっつうよくあるパターンだ。去年のガウンもそうだった。実体験した俺が言うんだから間違いねえ」
「おい、それどころじゃねぇよ! これからエフィルちゃんの魚料理が出てくるらしいぜ! 何でも、トラージ王族お抱え料理人の直伝料理って話だ!」
「マジか!? こうしちゃいられねぇ!」
「落ち着けって。ちゃんと全テーブルに並ぶってよ」
だが、冒険者達の興味は瞬く間に切り替わってしまったようだ。既に5人組のことなど忘れてしまい、すっかり料理に夢中になっている。
「ほーう、この酒場では大した料理人がいるようだな。あっしも食べてみたいものだ」
「コクドリも無茶を言わないでください。さ、次の食事処をあたりますよ」
エルフの女性が率先して精霊歌亭を出ようとする。
「直伝の料理、かぁ。きっと、凄く美味しいんだろうね……」
「シルヴィア、そんなにしゅんとしないでよ。ほら、私が残しておいた干し肉あげるから」
「うん、ありがとう」
シルヴィアと言うらしい銀髪の美しい少女は酷く気落ちしている。暫く飯を口にしていないのだろうか。耳を澄ませば腹の音が聞こえてきそうなほど元気がない。赤髪の少女から干し肉を受け取り、ちびちびと食べ始めた。
「……ッチ! しゃーねーな。シルヴィア、ちょっと待ってろ」
「ナグア、何をする気ですか」
獣人の男、ナグアが酒場の中へと歩き出すのを見て、エルフの女性がナグアを呼び止める。
「座る席がなければ作ればいいんだよ。適当な奴から奪ってくる」
「馬鹿ですか貴方は!? 余計な問題事を起こさないでくださいよ!」
グゥー。
叫ぶと同時に、エルフの女性の腹が鳴る。どうやらこちらも腹を減らしていたようだ。やせ我慢がばれてしまったせいか、女性は白い肌を真赤にしている。
「ほら、お前だってそうなんじゃねーか。アリエル」
「こ、これはっ―――」
「ナグア、暴力は駄目」
「わーてるよ。極力控える」
シルヴィアの言葉を理解しているかどうかは定かではないが、ナグアは精霊歌亭の中へと足を踏み入れ獲物を探す。
(アリエルに任せていちゃ何時まで経っても飯にありつけねぇ。ったく、これ以上シルヴィアを歩かせる気かっつの。っは、ここは俺が一肌脱ぐしかねえな!)
(―――とか考えてるんだろうな。ナグアの奴)
赤髪の少女、エマはナグアがシルヴィアにほの字であることを見抜いていた。
(まあ、どうせなら見た感じ癇に障る奴にするか。さぁて―――)
ナグアが店内を見回すと、ある一団が目に付いた。
「それでね、この前看病してもらったお礼って訳じゃないんだけど、受け取ってほしい物があるのよ。私、あの時酷いこと言っちゃったかもしれないし…… あ、空になちゃったわね。注ぐわ」
「セラねえ、程々に、程々に! もう6杯目だよ!」
「酒じゃないから大丈夫だ。これくらいは付き合うよ。それにあの時のことなら気にするな。俺が勝手にやったことだ」
「あなた様、大変です。カレーが出てきません」
そのテーブルの中央には黒い服装の男がいた。赤髪の美女に酌をさせ、その反対側では青髪の清楚な美少女が男の腕を掴んで放そうとしない。更には可愛らしい女の子が――― このあたりでナグアの視界は真赤に染まった。男の向かいに座る大鎧など最早目に入っていない。
(あいつしかいねぇよな。殺っちゃっていいよな。ああ、許されるよな)
額に青筋を立てながらナグアはズンズンと進む。腹を空かせるシルヴィアの為に、ほんの僅かな自分の腹いせの為に。
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セラにお酌をされながら、俺はこちらに向かってくる獣人の男にも意識を割く。プリティアの前情報から推測するならば、おそらくはあの銀髪の少女がシルヴィアだろう。シルヴィアという名前を耳にしたことが始まりであったが、特にこちらからアクションを起こそうとは思っていなかった。俺の状態もこんなだしな。だが穏便に済ませようとする俺の思いとは裏腹に、シルヴィアのパーティメンバーらしき獣人の男が俺達のテーブル席へと近づいてきた。元々強面の不良顔だったが俺を見つけた途端、明らかに怒りを露にしている。俺、何かしたっけ?
「えっと、これなんだけど―――」
セラは懐から何かを出そうとする。だがタイミングとは良いもので、獣人の男が俺に言葉を投げてくるのが早かった。
「よう、そこの黒髪のあんちゃん。随分と楽しんでいるみたいだな」
「……えーと、どちら様だったかな?」
「っは、初対面だよ! 悪りぃんだが、この席譲ってくんねぇか? どの店も満席でよ、俺ぁクタクタなんだ。なあ、気の優しそうなあんちゃん、譲ってくれるよなぁ?」
あからさまに挑発的な態度だな。害意を見せればどけるとでも思っているのだろうか。穏便に、とは言ったが、それは支障がなければの話だ。この宴はセラとジェラールが俺の為に開いてくれたもの、それをご破算にするような行為は許せない。
「すまない。この席は俺の予約席なんだ。他を当たってくれるかな?」
笑顔を顔に貼り付かせてやんわりと断る。これで素直に帰るなら良し、手を出すのならば相応の対応をしないとな。
「っは、女の前だからって強がるなよ! それともまだ分かってねぇのか? 俺はそこを退けって言ってんだよ!」
男の声に周囲の冒険者達も事態に気が付いたようだ。何事かと視線を向けてくる。ジェラール達も言葉こそ発しないが、各々警戒態勢に入っていた。
「だから何度も言わすなよ。断ると言ってるんだ。その耳は飾りか?」
「度胸だけは良いじゃねぇか。表に出な。後悔させてや―――」
「―――へえ、後悔ね」
聞いたこともない、セラの冷たい声。ゆっくりとした動きでセラが丸テーブルの端を掴むと、ピシピシとそこから亀裂が走り砕け散ってしまった。一応、時折力自慢の冒険者たちが腕相撲をする分厚く頑丈なテーブルなのだが。卓上の料理はリュカを膝に乗せたジェラールと周囲に気を配っていたリオンが死守している。メルフィーナも蒸し鶏の乗った大皿をきっちり手にしていた。
「表に出るまでもないわよ。ここで私が終わらせてあげるから」
あれ、予定と違うぞ? 黒い魔力を放ちながら立ち上がるセラの赤い瞳は、更に紅に染まっている。セ、セラさん!?
『悪魔が激怒した際の特徴ですね。マジ切れです』
メルフィーナの冷静な解説。ついでに蒸し鶏をパクリ。
『いや、どうしてセラがあそこまで怒っているんだよ!?』
『彼女なりに勇気を振り絞ったところに運悪くあの獣人が来てしまった、といったところでしょうか。幸運値の高い彼女にしては珍しいですね』
俺の動揺を他所に、酒場は一気に活気付いていく。
「決闘だ! 決闘が始まるぞ!」
「あの獣人、これからエフィルちゃんの料理が出てくるっつうのに……!」
「おい、テーブル寄せるぞ。割れ物に注意しろよな。俺がクレアに殺される」
「どっちに賭けるよ?」
「何秒持つかの間違いだろ。あんなセラさん初めて見たぞ」
皆酔ってるのにこの完成された連携力は何なんだろうな。冒険者達によって決闘の舞台が着々と整えられていく。壁際に丸テーブルを横に設置して柵代わりにし、簡易客席が早くも完成。賭けをする者も出始める始末だ。
「ッチ! 俺は女子供に用はねぇんだよ。そっちの黒髪を出せ」
「キャンキャン煩いわね。怖気付いたならそう言いなさいよ」
「ああん!?」
ビシビシとセラと獣人の男の間で火花が散る。そんな中、こちらに向かって来る者がいた。シルヴィアとその仲間達だ。
「そ、そこの貴方! 私たち、あの馬鹿犬のパーティの者なんです! まずは非礼を詫びます。申し訳ありませんでした!」
エルフの女性が腰を90度曲げ、物凄い勢いで頭を下げてきた。続いてシルヴィアと赤髪の少女、ドワーフの男も謝罪の言葉を口にする。
「あの馬鹿は私が責任持って連れ帰ります! どうか、決闘を取り下げさせて頂けないでしょうか? もちろん、ご迷惑をお掛けした相応のお金はお渡し致します」
「いえ、私としては騒ぎが収まればそれで良いのですが……」
再びセラを見る。先程から送っている念話もいまだ受け取ろうとしない。
「無理ですね。満足するまでやらせましょう」
「そ、そんな…… 彼女が危険です! 彼は『凶獣』のナグア、あれでも二つ名持ちの冒険者なんです!」
「二つ名持ちですか、それは大変ですね」
「なら、早く決闘を中止させて―――」
「アリエル、違う」
シルヴィアがエルフの肩に手を乗せ、フルフルと顔を横に振った。
「危ないのは、ナグアの方」




