第105話 S級との遭遇
―――ケルヴィン邸
一度屋敷に戻り着替えを済ませるセラとリオン。ケルヴィンが未だ地下修練場にいるのは意思疎通にて確認済み。武器も忘れずにクロトの保管に入れ、とやかく言われる前に大急ぎで屋敷を出ていく。
ただ、エフィルには一言伝えておく。今は屋敷の外で洗濯物を干しているようだ。
「エフィル、今日の夕食は気合を入れてね!」
「……? はい、承知しました」
首を傾げながら疑問を浮かべるエフィル。そんなことはお構いなしに、セラは彼方へと猛スピードで去ってしまった。
「何かあったのでしょうか?」
やがてエフィルは気合を入れた献立を考えながら作業を再開するのであった。
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―――クレイワームの通り道
ジェラールと街中で合流し、目的地であるダンジョン『クレイワームの通り道』へと向かうセラ一行。パーズより少々離れてはいるが、セラ達の足でなら十分程度で到着することができた。
「到着ね! まあまあのタイムかしら」
見たところ、ダンジョンの入り口は高さ3mはありそうな巨大な洞穴だ。このサイズのモンスターが掘り進んだ跡なのだろうか。太陽の光は届かないが、以前訪れた冒険者が置いたものなのか、所々に松明が設置されていた。不思議と炎が消える様子はない。
「あの松明、微少だけど魔力を感じるわね」
「マジックアイテムなのかもね。冒険者が通る度に魔力を補給してたのかも。これなら僕の火照の出番はないかな」
「ふむ。この周辺は今のところ異常なさそうじゃな」
セラも察知スキルで確認するが、洞穴周辺に怪しい所は見当たらない。だが、ダンジョンの中には確かに強い気配を感じる。
「んん? これ、A級どころの強さじゃないわね。ひょっとしたらS級モンスターかも……!」
「やった! 当たりだね、セラねえ!」
「俄然やる気が出てきたわ。気を引き締めて行くわよ!」
ジェラールを先頭に、セラ、アレックス、そしてリオンを殿に隊列を組む。ジェラールは警戒しながら前進し、セラがモンスターの奇襲やトラップを見抜く作戦だ。洞穴は入り口から真横に伸びていたが、ある地点で斜め下に潜るように降っていった。そこからは分かれ道がいくつも存在するようになり、さながら迷路のようだ。
「……こっちね!」
セラは気配を頼りに道を選択する。今のところは全て正解を引いているようで、気配は順調に近づいている。しかし、気掛かりなのは気配の対象が全く動こうとしない点だ。まるで何かを待ち構えているようにも思える。
「ジェラール、5歩先の地面からモンスターが出てくるわ」
「相、分かった」
セラの予測通り、指定された場所にジェラールが近づくと地中からクレイワームが襲い掛かってきた。ジェラールは息を吸うように、現れた瞬間にモンスターを真っ二つに両断する。
(ま、変に勘繰っても仕様がないか。行けば分かるでしょ)
頭上から迫り来るクレイワームを見向きもせずに裏拳を叩き込みながら、セラは楽観的に考えていた。
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―――クレイワームの通り道・新ダンジョン入口
「ちょっと予想外ね」
セラ達の先に見えるのは一直線に伸びる洞穴の通路。その半ばにはヒースが言っていた巨大土竜が掘ったと思われる大穴がある。そして、その大穴の前に立ち塞がる巨大な影が、松明の炎の光を受け揺らめいていた。
セラは死角の壁に背を当てながら、影の気配に集中する。
「……あれ、下手したら私よりも強いかも! ホントにラッキーね!」
「ほう…… 王がいたら喜んでいたじゃろうな」
「もう、セラねえにジェラじいったら、笑い事じゃないよ。まあケルにいなら喜ぶだろうけど」
と言葉では言いつつも、リオンも胸が高鳴るという意味合いでどこか嬉しげだ。彼女が尊敬する兄、ケルヴィンの戦闘狂気質がうつったのかもしれない。
ちょうどその時、影に動きが表われる。頭にあたる部分がぐるりとこちらに向いたのだ。
「気付かれた!」
「道幅が狭い、ワシが前に出る! 援護は頼んだぞ!」
ジェラールが戦艦黒盾を構え、後方を護る様に前に出る。
「待ってジェラじい! あれ、人じゃない!?」
「なぬ!?」
リオンが指差す影を目を凝らして見てみると、確かに影は人型だった。前に出たジェラールが更によくよく見てみると、はちきれんばかりの筋肉の上に全身ピンク色の女物衣類を着用した大男が見えた。背丈はジェラールほどもあり、髪は金髪の縦ロールでやたらとキューティクル。色々な意味でジェラールは目を疑う。
「人、ではあるが……」
「女装、なのかな……」
一種の化物である。
その化物が、突如クラウチングスタートの体勢を取る。
「あなた達ー……」
女口調の野太い声が静かに染み渡る。
「ここはぁ…… 危ないわよー!」
そのまま綺麗なスタートを切った筋肉の塊が全力ダッシュでこちらに向かってきたのだ。大男が地面を蹴る度に深く地が抉られ、軽く土砂を落としながらダンジョンが揺れる。あまりの迫力、あまりの変態性にジェラールも内心冷や汗が止まらない。
(危ないのはお前の格好じゃ!)
反射的に迎撃の体勢を取るジェラールであったが、筋肉はもうすぐそこまで迫っていた。
『おそらく人間だが、どうする!? 斬るか!?』
『どっちにしろ襲ってくるなら正当防衛よ! 援護するわ!』
『アレックス、影に潜って!』
意思疎通による高速念話で対抗策を決定。一寸のズレもなくセラ達は行動を開始する。セラとリオンが魔法を詠唱、アレックスがジェラールの影に潜り、次の手に備えた。
対して大男は最高速のまま体勢を地面に付くほど低くし、ジェラールの構える戦艦黒盾に衝突する数歩手前で回転する。
(見たところ素手、格闘術の使い手か! 面白い!)
回転を利用した蹴りの類がくると予測し、ジェラールは心眼を発動させる。どのような攻撃であろうと看破し、弾き返す。ジェラールが狙うはシールドバッシュだ。
だが、引き伸ばされた思考の中でジェラールが見たものは、攻撃などではなかった。
―――スガガガガッ!
大男の筋骨隆隆とした脚部によって土煙を上げながら地表に軌跡が描かれる。膝元まで埋まった状態となる大男の足。攻撃が繰り出されることもなく、大男はジェラールの前で完全に停止していた。
(自分の足をブレーキ代わりにして、直前で止まった……?)
リオンが眼前で起こった現象を整理している間に、ゆっくりと大男は立ち上がる。足は埋まったままだ。アレックスは影の中から様子を窺い、いつでも飛び出せるように待機する。
一同が凝視する中、男の分厚い唇が開く。
「んもうっ! あなた達、ここは危ないって言ってるでしょう!? 何ぼさっとしてるのよんっ!」
体をくねくねとさせながら、男は軽快に話し掛けてきた。
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結論から言えば、この男はモンスターではなかった。一応は歴とした人間らしい。
「驚かせてしまって御免なさいね。てっきり、ダンジョンに迷い込んだ冒険者かと思っちゃったのよ。A級冒険者に失礼なことしちゃったわん」
「ううん、勝手に勘違いしたのは僕たちだし。ええと……」
「あら、自己紹介がまだだったわね。私の名前はゴルディアーナ・プリティアーナ。S級冒険者『桃鬼』のゴルディアーナとは私のことよん。気軽にプリティアちゃんって呼んでね!」
自己紹介をしながらゴルディアーナが雑誌によく載るアイドルのようなポーズを決める。
(こ、濃いキャラじゃのう……)
(オカマの人って初めて見たなー。しかもS級冒険者、ケルにいの対戦相手の人かな?)
現代知識を持つリオンは割かし冷静だが、こういったものに耐性のないジェラールは若干気後れしていた。
「ファミリーネームがあるってことは、プリティアちゃんは貴族なの?」
「あら、知らないの? S級冒険者に昇格すればファミリーネームを名乗ることが許されるの。私は平民の出よ」
「ふーん、それでゴルディアーナはここで何をしていたのよ?」
セラは全く気にしていないようだ。
「ほら、もうすぐパーズで新たなS級冒険者が誕生するって話じゃない? その冒険者、ケルヴィンちゃんっていう若い男性らしいのよ! 素敵な男子のチェックを欠かさない私としては、見逃せないイベントよね!」
キャッ、と片足を上げるゴルディアーナ。ジェラールはもう色々ときついらしく、青ざめている。
「それでパーズに向かう途中だったんだけど、私の『第六感』がこのダンジョンに漂う異変を感じちゃってね。試しに来てみれば、あの穴の向こうからA級モンスターがじゃんじゃん出てくるじゃない! ダンジョンにいる可愛らしい雛鳥達を潰させるのは許せないし、ギルドの動きがあるまで私がここで見張ってた訳よん」
「良い奴じゃない、ゴルディアーナ! でもケルヴィンには手を出しちゃ駄目よ!」
「あらん? もしかしてあなた達、ケルヴィンちゃんのお知り合い?」
「ああ、僕たちの自己紹介がまだだったね」
アレックスを影から顔を出させ、順々に済ませていく。
「まあ、リオンちゃんのお兄さんがケルヴィンちゃんなの!? うふふ、これは予想以上に期待できそうね!」
「あはははは……(血は繋がってないんだけどね)」
リオンの顔をしげしげと眺めながら、ゴルディアーナはケルヴィンの妄想を膨らませる。彼の頭の中では可愛い系の美形男子と格付けされたようだ。
「だから、ケルヴィンに手を出しちゃ駄目って言ってるでしょ!」
「セラちゃんも私が嫉妬しちゃうくらい、えらい美人さんね…… ひょっとして、ケルヴィンちゃんの恋人かしら?」
「ち、違うわよ! でも、駄目!」
「……なるほどね~。うん、分かったわ。私も応援するわね、セラちゃん。頑張りなさいよ」
ゴルディアーナはセラの肩を軽く叩く。セラは動揺していたせいか、肩を叩かれるまでゴルディアーナの動きを認識できなかった。
「その代わり、私はこちらのダンディーなおじ様を頂こうかしらん」
「……えっ?」
「うふっ」
ジェラールの肩には、ゴルディアーナの逞しい腕が組まれていた。




