第407話 覚悟の一矢
肉体の大部分を吹き飛ばされたケルヴィンは、当然の事ながらその回復を早期に試みた。白魔法や治癒能力による肉体の再生、血を操る事による出血防止、竜の生命力の高さによる延命措置、果ては自身をスライム化する事による破損無効など、できる事は何でもやった。しかし、やがて訪れるであろう死は遠のかず、むしろ着実に迫って来ている。自身の死を排除しようにも、如何なる手段もなぜか上手く行えない。
(これは…… 俺の死が因果レベルの何かで固定されてしまっている。クロトのボディを貫通して俺に攻撃を寄越したのもそうだが、アダムスの何らかの能力が発揮されたとみて、まず間違いないだろうな。それに……)
死へと至る刹那、高速回転する思考の中でも、ケルヴィンはアダムスをジッと見据えていた。自身がこうなる一方で、最強最悪の攻撃を受けたアダムスもまた、両断の後に破壊されて石化する事態に――― と、そんな甘い考えは最初から期待していなかったが、やはりアダムスは健在だった。袈裟斬りにする予定だった屈強なる肉体には、確かに斬撃の痕が見受けられる。これまでほぼ無傷を誇った無敵の肉体に、深く深く斬撃の痕が刻まれていたのだ。しかし、両断するには至らず、また石化している様子もない。肩で息をしてこそいるが、この状態のアダムスが死に至るとは、とても思えなかった。
(……あっちも、同じような結果か。考えられるとすれば、アダムスが纏った漆黒のゴルディアの能力。例えば現実を強制的に改変するような力があれば、こんな芸当も可能なんだろうが……)
(そこに気が付くとは、流石はただの我の無二の友。その通り、これは我が『幻想掴み取る啻人』の力である)
(……もう視線で普通に会話できちゃってるところとかは、走馬灯の亜種的なもんだと勝手に理解しておくけどさ、うん)
死へと迫る極限状態は、二人を更なる意思疎通状態へと導いたようだ。
(これまで力を成就させる側だったただの我に対し、この力はただの我自身の願いを成就させる。それが現実的に無理な事象であったとしても、理を越えて願った結果のみを導くのだ)
(つまり…… やっぱ改変能力の類じゃねぇか)
(フッ、気に食わぬか?)
(いいや、また戦い甲斐のあるもんが出て来たなと、胸がワクワクしてきたところだよ。まあ、今の俺には胸も心臓もないけど)
(クククッ、貴様らしいな。今回は貴様を倒す事、そして貴様の攻撃に耐え切る事を願わせてもらった。だから貴様の傷が治る事はなく、ただの我もこうして生き残っている訳だ。願いが叶えられた今、その運命を覆す事はできん)
(なるほどな、俺の魔法やらが全然効かない訳だ。しかし、願いが叶った割には半端に食らっているようだが?)
(まあ、この力も全能ではないという事だ。願いはこの肉体を軸として起こる事象に限られるし、恐ろしく燃費が悪い。貴様の攻撃を完全に防ぐ事ができなかったのは、ただの我の余力が不足していた故の事だ)
そう説明するアダムスの言葉を肯定するように、彼の肉体を包んでいた漆黒のオーラが消えていく。どうやら攻撃面の改変を優先して、防御面は二の次になっていたようである。
(だとしても、俺の最強がその程度の傷で済んじまうのな。やっぱ厄介な力だよ、それは。 ……っと、そろそろ時間のようだ)
巫女の秘術の発動、その前兆を察知したのか、わざわざその事をアダムスに伝えるケルヴィン。
(最後に白黒つけられて良かったよ。それでいて、本当に最高の時間だった。この殴り合い、お前の勝ちだ)
(だが、この戦いの勝利はまだ諦めていない。そう言いた気な顔と目をしておるな?)
(……そうか? 顔も目も今にも死にそうな感じだと思うんだが)
(少なくとも、死ぬ間際まで笑っている者の台詞ではないだろう。それに、最初にこう取り決めたであろう? エフィルを狙うのは貴様を倒した後だ、と。あれから一切姿を現さず、一度の不意打ちもしてこなかったのは意外だったが、貴様が唯一の勝ち筋を残すとすれば、最早奴の存在しかなかろう。可能であれば殴り合いを制し、そうでなくてもただの我を消耗させる。先の殴り合いにはそんな狙いがあったのではないか?)
(……いやー、本当に駄目だな、俺は。根っこの方が生真面目かつ正直過ぎて、誰にでも心を読まれちゃうわ)
巫女の秘術が作動し、ケルヴィンの体が光で包まれ始める。
(そうだよ、ここからはエフィルとバトンタッチだ。もうあの黒いゴルディアも使えないみたいだし、体力的にも限界っぽいし…… 意外と良い勝負ができるんじゃないかな? 外から観戦できないのが残念なくらいだよ)
(……本気で言っているのか? 権能に目覚めた貴様でさえ、手傷を負わすのに手こずったのだぞ? いくら消耗しているとはいえ、それは楽観が過ぎるのではないか?)
(そう思うか? まあ、何だ。本当にもう時間がないから、これだけしか言えないけど――― エフィルの火力を舐めない方が良いぞ? 何せ今においても、俺達の中で最強の火力の使い手はエフィルなんだ)
そう視線で伝えた直後、ケルヴィンの姿はクロトごと光に飲み込まれ、そのまま消え去ってしまった。死亡回避の秘術が発動し、フィールドの外へと飛ばされたのだろう。
「……愛されおるな。ケルヴィンがあそこまで言い切ったのだ。その信頼を裏切るなよ?」
アダムスが向けた視線の先、そこには矢をつがえるエフィルの姿があった。その矢じりには蒼と翠が入り混じった炎が激しく燃え盛っており、それを宿す弓矢自体が軋んで悲鳴を上げるほどの規模となっていた。ただそこに存在するだけで周囲の氷塊を気化し、フィールドの環境が一気に灼熱地獄へと変化し始めている。素顔を隠すほどに放出されていたアダムスの涙等々も、空気に触れた途端にその熱気にやられ、同じ末路を辿っていた。
「姿も気配もないと思えば、影の中に潜んでいたのか。ケルヴィンが転送された事で、もう影に隠れる事はできなくなった。エフィルよ、覚悟は良いか? 次の相手は貴様だ。もう時間もない、速攻で行くぞ」
「覚悟など、疾うにできています。元より、この一射に全てを賭すつもりでしたので」
制限時間まで、あと数秒。再び武の構えを取るアダムスと、標的を定めその時を待つエフィル。心構えは互角、しかし実力に大き過ぎるほどの差がある二人の勝負は、一見結果が見えているように思える。しかし、多大な消耗に加えて環境が変化し、更なる脱水症状に見舞われたアダムスと、勝負が開始されて以降ずっとこの時に備えていたエフィルとでは、それを補って余りある準備の差も存在していた。
(168回目の爆攻蒼翠火、付与完了)
エフィルの新魔法『爆攻蒼翠火』、次弾の破壊力を二倍にするS級赤魔法【爆攻火】に、固有スキル『蒼炎』と髪飾りの加護を組み合わせる事で更なる進化を遂げたこの魔法は、魔法単体の効果はそのままに、付与の重ね掛けをする事が可能となった。先のエフィルの言葉を意訳すれば、次弾の破壊力は二倍の168掛け――― つまり、336倍のダメージを叩き出す事ができる。
「―――穿ちます、極蒼翠炎の焦矢」
「―――行くぞ、畢竟」
その瞬間、フィールドは完全に崩壊した。




